第1話 裏切り、そして出会い

「はあ……っ、ぁ……っ……」

僕は逃げていた。


 実は僕は隣国から送られたスパイだった。それも別に死んでも構わない捨て駒の。

「くそ……っ、今まで上手くやってきたのにな……っ」

これまで僕は王宮で近衛騎士団に所属していた。僕自身の実力もあったから、疑われることも無かった。

だのに、どうやら僕は用無しになったらしく、祖国が僕を謀反者だと偽りの密告をしたらしい。それでこの始末だ。

もうこうなってしまえば、僕の言葉はどんなに真実でもただの妄言だ。だから僕に残された道は大人しく捕まって処刑されるか、醜く抗って逃げるかの究極の二択しかなかった。

勿論、僕に死ぬという選択肢は無かった。

 祖国に裏切られた悲しみと怒りの中、ただひたすらに走り続ける。

ふと後ろを振り返ると、僕を追いかけてきている騎士の姿が見えた。

「こんな何の価値も無い僕のために……っ、わざわざご苦労様……っ!」

イライラする。

思わず吐き捨てる。

 そうして走って隠れてを繰り返して、三日が経過していた。

でも、休むことを許されない地獄の鬼ごっこだ。体力には自信があるとはいえ、流石に限界が近づいていた。

 そして逃げ始めて四日経過した今、遂に追い詰められた。


 「……お前が敵だったなんてな。今お前に剣を向けているのも未だに信じられないよ」

「僕も、君に剣を向けられる日が来るとは思ってなかったな」

 背中には壁。逃げ場など無かった。

僕は壁にもたれかかりながら座って、目の前の親友は立って僕に剣を向けていた。

つい先日まで、剣を交えて訓練をしていた相棒に剣を向けられているこの状況は、妙に気持ちが悪かった。

「……何してんだよ、早く殺せよ」

それを振るう素振りを見せない彼に僕はそう問う。

「……俺は……、」

と、何かを呟く彼の背後の存在に僕は気付いた。

ただ、疲れ切っていた僕の反応速度はそれに追いつかず、声を発そうと口を開いた時にはもう遅かった。

 「……っ……、な、に……」

刹那、親友が血を吐いた。

彼は後ろの騎士の剣に貫かれていた。

そうして後ろの男は剣を抜き、親友は僕の胸に倒れ込んだ。

「おい、なんで……、返事しろよ……っ」

狼狽する僕の声に反応するように親友はゆっくりと目を開き、「ごめん……、俺にはお前を殺すことなんて出来ないや」と言って微笑み、また目を閉じてしまった。

僕は目の前で剣を向けているそいつを睨む。

「仲間を犠牲にしてまで、僕を殺したい?」

「生憎、お前には死んでもらわないといけないのでな。我が主のご意向だ」

「そう、それはご苦労様。国王の命令に従うことしか能のないお馬鹿な忠犬さん」

「……、貴様……いい度胸だな」

彼は怒りを隠す気が無いようだった。でも僕だって今すごく怒っている。

人間は捨て駒なんかじゃない。

彼を刺さなきゃいけなかった理由は何だろう。彼は何も悪くなかった。

怒りのままに振り下ろされた剣を、横に落ちていた親友の剣で弾く。

「!、お前……!」

「僕としても、大切な仲間を犠牲にしてまで剣を向けてくるような奴に、大人しく殺される訳にはいかないかな」

「ふん、裏切り者のくせに」

「僕は、例え偽りだったとしても、仲間のことはそれなりに大切に思ってたよ。少なくとも、相手を想って殺すことを躊躇っている仲間を切り捨てて、仲間ごと殺そうとするような馬鹿な真似はしない」

「……っ、お前、どの分際で…………もういい、さっさと死んでくれ」

相当怒り心頭の様子だ。

こうなれば、怒りのままに剣を振るうだろう。そうすれば、手元が狂う。それなら流石の僕も避けられると思―

ガキンッッッ!!!!!

「……え」

 弾き飛ばされる僕の剣。思わず咄嗟に伸ばしてしまった僕の手首を、男の剣が貫く。

「いっ……!!……ぐ…ぁ…っ!」

あまりの痛さに呻く。

こいつ、只者じゃない……何者だ……?

剣が土にめり込んでいる。

腕が地面に固定されたまま、男の顔を見やる。

……こいつ、まさか……

さっきまでの無表情とは違い、狂気的な笑みを浮かべている男。この顔には見覚えがある……。

 僕の配属されていた部隊からは遠い部隊に配属されていたから噂程度にしか聞いたことがなかったが、こいつは確か……

「お前、エドアルドか……?」

何とか痛みを堪えて息を整えながら奴に問う。

「そうだ。お前の様な謀叛者にも知られているとは俺も名が通ったものだな」

やっぱりか……

感情が高ぶると狂人になるから扱いに困るんだ、といつだか彼と同じ部隊の奴が言っていた。

「ああ、今思い出したよ。そうそう、確か『狂剣』なんて呼ばれていたっけな」

「ははは、誰が呼び始めたのかは知らないがな。狂剣など、不名誉な渾名だ」

エドアルドは笑いながら僕の横に落ちている親友の剣を拾う。僕の腕は出血を続けていて、多分このままでもそのうち死ぬ。

「さて……談笑はその程度にしておくか」

「……そうだね……はぁ、僕は喧嘩を売る相手を間違えたみたいだよ」

 意識が朦朧としてきた。まぁ、最期にこんな狂人と話が出来たのはある意味喜ばしいことなのかもしれない。

なんて、そんなのただの言い聞かせだけど。

「さあ、早く殺しなよ」

「ああ、そうする」

大人しく首を差し出す僕。それを見て満足げに剣を構えるエドアルド。

その構え方に違和感を感じる。

その構え方だと、まるで突くみたいな……

 「おい、何をする気だよ。早く僕の首を切ればいいだろ」

「何って、こいつごとお前を串刺しにするんだよ」

そう言って目の前の息も絶え絶えの親友を指さす戦闘狂。

「そうじゃないとな、俺の過失がバレちまう。こいつには犠牲になってもらうことにする。名誉の死だ。喜ぶといい」

「……は……?」

「じゃあな」

チャキ、と剣を改めて構え直すエドアルド。

嘘だ。

僕のせいで、一人の命が犠牲になる……?

それが分かっても、今更何もできなかった。

今ここで急所を外させても、ただただ苦しい思いをさせてしまうだけだ。

僕は、僕が物凄く恨めしかった。

君は優しかったから、僕を殺せなかった。

僕が君を傷付けてしまった。

ごめん。

恨んでいい。憎んでいい。

裏切り者の僕は、君と同じところに行けるかは分からないけど、強引にでも、君に会いに行く。それで、恨み言はたっぷり聞くから。

使える右手で親友を抱きしめる。

「本当にごめん」

来たる痛みに備えて目を閉じる。

 その時。

目を閉じていてもわかる程の眩い光が辺り一面を覆い、温かい風が吹いた。

「な、お前は……」

動揺したエドアルドの声を聞いて恐る恐る目を開けると、目の前には僕に背を向けた、つまりエドアルドと対立する形で立っている一人の少女がいた。

「彼らは私が預かります。貴方達はお引き取りください」

「だ、だが……」

引き下がらないエドアルドに少女は軽く手を一振りした。するとどこからかビュウッと風が吹いて、木々が軽く揺れた。

「ぐ……」

「聞こえなかったのですか、お引き取り願いますと言ったのですよ」

「……わかった」

渋々と言った様子で、退散していくエドアルド達。

助かった、のか……?

 男達が見えなくなってから、少女はくるりと振り返った。

そしてこう言ったのだった。


「はじめまして、私の名前はアナスタシア」

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