第3話 ~可愛いとは?~
黒い大きな瞳を、更に大きく開きながら見上げられる。この瞳は……苦手だ。目を逸らし礼をする。
こちらにやっては来たものの、皇女は特に自分に話しかける様子もなく、ただにこにことしている。
何なんだ?
その内そっと、小さな口が開く。
「あの……私のスピーチ、いかがでしたか?」
ああ、あれの評価が聞きたかったのか。
「皇女としては模範的な内容でした。修正すべき箇所は幾つかありましたが……まあ新入生という立場と貴女の年齢を考慮すれば、ギリギリ合格点なのではないでしょうか」
皇女は暫くぽかんと自分を見上げると、哀しげに目を伏せ、「……そう」と呟いた。
何故かその顔に胸の奥がチリっとするも、理由はよく分からない。
「御用はそれだけですか? 私はこれから研究室に行かなければなりませんので」
「……引き留めてしまってごめんなさい。では……また」
皇女の顔を見ずに再度礼をすると、俺はその場を後にした。
研究室に向かう途中で、同じ魔術科三年のウィルに話し掛けられる。俺と首席を争う学力の持ち主で、更に空気を読む能力にも長けており、一緒に居て害のない数少ない人間だ。
「ギル……さっき皇女様と話していたか?」
「ああ、だから?」
「何を話したんだ?」
許嫁であることは正式に婚約するまで極秘だ。
「……別に、道を訊かれただけだよ。それが?」
「いや……」
ウィルの顔が微かに赤くなる。
「皇女様、可愛いよな」
……可愛い?
その言葉の意味を考え、首を傾げる。
小柄だからか? 人間は自分より小さいものや弱いものに保護欲を掻き立てられるものだ。
一つの結論に落ち着くと、俺はぼんやりするウィルをその場に置いて、すたすたと研究室に歩いて行った。
◇
「なんだアイツは! 祝いの言葉すら言えないのか」
ギルバートの背を睨み付けながら、セノヴァが憤慨する。
「あなた……落ち着いて」
夫の肩に手を添えながら、ユニも込み上げる怒りにくわっと目を吊り上げていた。
「こんなに綺麗なうちの姫様を前にしてあの態度……! いつか剣で切り裂いてやる」
セノヴァの怒りは収まらない。
「……お父様、今度私にも剣を教えて」
とモニカまで。
「でも……ギル様の仰ることはきっと間違っていないわ。合格点てだけでも上出来よ! ……いつか本当に、心から認めて貰えたら良いのだけど」
「ユリナ……」
モニカはユリナを優しく抱き寄せる。
「お腹空いちゃったから、馬車でお弁当食べよ?」
「それが良いですね! 今日はユリナ様のお好きなフルーツサンドも沢山お持ちしましたよ」
ユニもユリナの背を優しく撫でながら言う。
「……ありがとう」
皆の温かさに、心がほっこりと和らいでいった。
屋敷に戻ると、シェリナが門で待ち構えていた。
「お母様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
馬車を降りる娘の頬を撫でると、ふと朝より元気がないことに気付く。
「シェリナ様、ただいま戻りました」
「ユニ、セノヴァ、ご苦労様でした。何も問題はなかった?」
「あったと言えばありましたけどね。ギルバートの奴が」
セノヴァが憎々しげに言う。
「ギルが?」
ユニも同意する様に頷く。
やっぱり何かあったのね……
「ユリナ様のご挨拶は大変ご立派でございました」
「ありがとう。夕食の時、聞かせてもらうのを楽しみにしているわ。準備が出来るまでゆっくり休んでね」
長い食卓には、料理長やシェリナ妃自ら腕を振るった豪華な夕食がずらっと並ぶ。
「ユリナ、モニカ、入学おめでとう」
席には皇太子一家をはじめ、主だった使用人が座りグラスを掲げる。
皇太子妃シェリナの命で、昔から祝い事の時は、こうして身分の上下に囚われず、皆でテーブルを囲むことが恒例となっていた。
「本当にユリナ様はご立派だったのですよ。皇太子殿下があの学園を創立なさった意味をきちんと考えられ、御自身の御言葉で述べられていらっしゃいました」
ユニやモニカの手放しの称賛に、父オーレンは満足そうにユリナを見つめる。
「それをアイツが……あーだこーだケチつけやがって」
酒の進んだセノヴァがくだを巻く。
「アイツ?」
オーレンが眉をしかめる。
「ギルバートですよ。ユリナ様のスピーチにギリギリ合格だのなんだの……言いたい放題抜かした挙句、用はそれだけか、さよなら、ですよ?」
オーレンから滲み出た怒りのオーラがその場を包んでいく。ギルバートの大伯父である側近ボイは、あまりの居心地の悪さに、酔ってしまえとばかりにぐいぐいグラスを呷った。
「ギル様は頭が良いから仕方がないの。指摘されたことは正しいと思うわ」
「全くユリナ様は……あんな思いやりの欠片もない男のどこが好きなんです?」
セノヴァの問いに、ユリナは頬を赤らめて答える。
「……綺麗なの。初めて会った時からずっと綺麗で」
「じゃあもし不細工だったら?」
モニカの更なる問いに、ユリナは少し考えると言った。
「……優しいの」
「どこが!?」
「本をね、取ってくれたの。背伸びしても本棚の高い所に届かなくて。そうしたら……私の為に取ってくれたの」
「そんなの……それだけ!?」
皇太子夫妻の前だというのに、つい敬語を忘れてモニカは叫んだ。
「まあ……ギルも本当は悪い子ではないのよ。ちょっと不器用なだけ、ね?」
シェリナが言うと、ユリナはホッとした様に頷いた。
重くなった空気を明るくしようと、ユニは数枚の絵を取り出しシェリナに見せる。
「今日は学園に沢山絵師が来ていまして、記念に二人の絵を描いてもらったんですよ」
「まあ素敵! この二人並んでる絵を広間に飾りましょう」
「はい!」
わいわい盛り上がる横で、オーレンは静かにユリナへ言った。
「食事が終わったら執務室に来なさい。少し話をしよう」
「……はい、お父様」
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