第3話 再会

 空燕が荷造りをしていると、鎮魔司の門が叩かれた。ここの門を叩くのは決まった役人だけだ。

 だから、空燕は何の警戒心も持たず、門を開いた。


「はい、はい。どなたかな?」


 まず、目に入ったのはきらびやかではないが、仕立てのいい衣だ。そして、いかにも由緒ありそうな剣。立派な体躯たいくに、どこかで見た顔。

 どこかで見た顔!?さっき、見た顔だ!妓楼荒しがそこには居た!!妓楼荒しは空燕を見て、そして大声で叫んだ。


「ぁ、あぁー!!」


「私は湊国しんこく鎮北将軍ちんほくしょうぐんの任に着いております、盛子豪シャン ズーハオと申します。まさか、貴殿が鎮魔師の房殿だったとは。……鎮魔式の時とは随分と印象が違いますね」


 盛将軍と名乗った男が、どことなく残念だという風に言う。


「これはご丁寧に。鎮魔師の房空燕と申します。蔡国の鎮魔司は昨日解体され、私は任を解かれました。まさか貴殿がかの有名な湊国将軍盛殿とは。貴殿は貴賓きひんとして鎮魔式にいらしたことがあるのですね。今回はなぜ、はるばる蔡国に?妓楼巡りですか?」


 空燕は笑顔で拱手して、嫌味っぽく返した。


「……実はお願いがありさんじました。是非、私と共に湊国にお越しいただけないでしょうか?」


 分が悪いと思ったのか、盛将軍がへりくだった態度を取る。


「どうして私などが、貴殿と湊国に?」


 小国の一官吏だった男に、新興国とは言え大国の将軍が何の用で湊国に連れて行きたいと言うのだ。空燕は身構えた。

 盛将軍はそれに気がついたのか空燕にすがるような眼差しを向けた。


「湊国では一昨年新王が即位して以来、怪異が続いているのです。王も重臣もこの怪異が魔によるものだと恐れています。房殿、どうか湊国に忍び寄る魔を共に鎮めてはくださいませんか?」


 空燕は厳つい男の縋るような眼差しを無視して言った。


「……残念ですが、私は確かに蔡国の鎮魔師ではありましたが、鎮魔の力はないのです。蔡国において鎮魔式は儀式のようなものでして……。とにかく、私には魔を見ることも聞くことも出来ないし、ましてや魔を鎮めることなど出来ないのです」


 これは、本当のことだ。俺が湊国に行ったところで出来ることはないぞ!空燕は胸を張った。しかし、盛将軍は信じない。


「いや、貴方の剣舞には魔を鎮める力がある」


 力強く断言した。いやあんた、本人が出来ないと言っているのに。空燕は焦った。


「いや、私にはそのような力は……」


 否定しても、否定し返される。


「いえ、貴方には鎮魔の力が……」


「いや、申し訳ないが……」


 もう、きっぱり断ろう。そう断りの言葉を口にしようとすれば、その声は空燕の耳に大きく響いた。


「……ならば、いくらならば湊国に来ていただけますか?」


「!?」


金二百両約2000万円ならばいかがですか?」


 飛びつきたくなるのを必死に堪える。


「…湊国で鎮魔をするには何か掟はありますか?例えば、肉食を禁じたり」


 これは、重要なことだ。一度、その味を味わってしまえばもう元には戻れない。


「湊国にはそもそも鎮魔という考えがなかったので、掟もありませんが……」


 盛将軍が不思議そうに首を傾げた。


「よし!金二百両で湊国に行きましょう!鎮魔の腕が鳴りますね〜!」


 空燕は己に鎮魔の力がないことを見ないふりして、盛将軍の話に飛びついた。

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