228.もしかして。おっさん冒険者の知らないところで、『正義の冒険者』爆誕――でしたか?(※当人は否定しています)


 シドはぽかんと言葉を失い、呆気に取られて二人を見ていた。

 フィオレやサティア、ティーナといった少女達も目を丸くしていて、果てはクロやユーグですら、思わぬ流れに驚きの気配を漂わせていたようだった。


「ロキオム……きみ、彼と知り合いだったのかい?」


「は!?」


 シドが訊ねると。

 途端、ロキオムは遺憾だとばかりに頓狂な声を上げ、激しく首を横に振った。


「いっ、いやいやいや、ちげぇし!? 知らねぇよこんなガキ!!」


「だがな、ロキオムよ」


 えっ――と呻いたレミールが、ショックを受けているその間に。


 肉の薄い顎を撫でながら、ユーグが口の端を薄く吊り上げる。


「クレフェスの色町といえば、確かここ何日かにお前が通い詰めてたとこじゃなかったかね――中流上流向けのお上品なところだと、毎晩楽しそうによ」


「そ……そいつは、たしかにそぉだけどよ……」


 弱々しく呻くロキオム。やりとりを傍観していたフィオレの視線が、「へぇ」と唸るのと同時に、いくぶんかその温度を下げたようだった。


「ひ、ひひ人違いなんじゃねえのか? オレぁ、覚えがねぇなあ……!?」


「人違いだなんて!」


 今度はレミールが。

 色白のかんばせに血の朱を散らしながら、声高に訴える。


「そんなこと、ぜったいにないです! お顔もお名前も、今もこの胸の奥にしっかりと刻まれて――忘れられるはずがありません!!」


「……一体、何があったんだい?」


 噛み合わない話に困惑しながら、シドが訊ねる。

 その呼びかけではたと我に返ったレミールは、最前までの勢いをなくし、真っ赤になって縮こまってしまう。


「お……おとといの、夜のこと、でした……」


 それでも、黙りこくってしまうことだけはなく。

 少年はたどたどしく、しかし熱を込めて、語り始めた。


「……その。きっと、ぼくがこんな顔だから……なんですけど。色町の女のひとと間違われて、腕を、引っ張られたんです。路地の奥に」


 恥じ入るように俯いて――その時のことを思い出してか、白目の美しい目じりには、うっすらと涙が浮いていたようだった。


「『いくらだ』とか、『つまらない演技するな』とか、怒鳴られて……やめて、ってお願いしても、聞いてくれなくて……ほんとに、怖かったんです」


 その光景を想像してか。少年の話を聞くうち、フィオレの表情がじわじわと険しくなっていく。カウンターに頬杖を突きながら目を細めているサティアも、さすがに不快を表す体でその眉をしかめていた。


 剣呑な空気を増していく少女二人を、怯えたように一瞥して――それからレミールは、あらためてロキオムを見上げた。


「そんなときに、ロキオムさんが助けてくれたんです……男のひとの腕をつかんで、『やめとけよ』、って。邪魔だからどっか行けって言われても、『どっか行くのはお前だ』って……こわい男のひとを、ひとひねりでやっつけちゃって」


 ほぅ――と。

 静かに目を伏せ、熱っぽい息をつく。


「とっても……かっこよくて……」


「ほぉ?」


 憧憬に潤んだ少年の瞳が禿頭の巨漢を見上げ、さらには面白がるように細めたユーグの視線が横合いから刺さる。

 ロキオムはあらぬ方へと顔を背け、冷たい汗が滲むいかつい相貌を引き攣らせていた。


「最初はぼくも、ロキオムさんのこと、怖くって……それでも、せめてお礼をって思ったんですけど……なのに、礼なんかいらないって、仰って」


「……そうなんだ」


 レミールの話を聞き終えたシドの口からは、我知らず、感嘆の吐息が零れていた。

 ロキオムはユーグと同様、どちらかと言わずともアウトローの類ではあったはずなのだが――何というか、すごく真っ当に人助けなんじゃないのか。それは。


 内心シドが感心している間に、ユーグが盛大なため息をついた。実にわざとらしく、聞こえよがしに。


「つまりだ、ロキオムよ。お前はつい二日前の夜にあったことを、カケラも覚えてねえって訳か?」


 ロキオムの肩が、びくりと震える。


「ミッドレイのいざこざで、おまえのお調子乗りもちっとは懲りたものと思ってたんだがな。なんだお前、記憶がまるごと飛ぶほど酒かっくらってたってハナシなのかい? その夜はよ――」


「ち、ちちち違っ――ううぅ嘘うそうそだって! ちゃんと覚えてたぜぇ、オレもよぉ!」


 ユーグがわざとらしく声を低めたのに気づくなり、真っ青になって狼狽して。ロキオムは必死にかぶりを振って訴えた。


「だが、そのぉ……何て言うかよぉ……!」


「もしかして、自分の柄じゃないとでも思ったの?」


 ――と。

 ぽつりと、そう口を挟んでから。得心いった風のフィオレが、クスリと笑みを含んだ声で続けた。


「なぁんだ、いいじゃないべつに。そんな照れなくても。こうしてレミールくんだって感謝してくれてるんだから――むしろ、胸を張って誇るべきだわ。人助けだったんでしょ?」


 素直な賞賛を述べ、好意的に声を弾ませるフィオレ。内心うんうんと頷くシド。


「そうですねぇ」


「……………………」


「…………人助けねぇ?」


 そんなフィオレの後ろで、「ふふふ」と――ぱっと見ではそうと分からない程度の――意地の悪い笑みを浮かべているクロ。

 特段口を挟むでもなく、沈黙を保つセルマ。

 カウンター越しに若干距離を置いて状況を見守っていたサティアは、何かしら胡散臭いにおいを嗅ぎ取ったように鼻をしかめていたが――ともあれ、それ以上を口に出して何かを言うようなことはしなかった。


「あー……まあ……その」


 そんな中。ぎこちなく呻いたロキオムは、その短い時間の間に表情を目まぐるしく変化させていたのだが。

 やがて、胸の内で何かしらの踏ん切りをつけたのか――わざとらしい咳払いなどしつつ、横目にレミールを見遣った。


「まあ、なんだ……わ、悪かったな、忘れたふりしてよ」


「あ。いいえ、そんな……覚えていてくださったなら、ぼくはそれだけで」


「だがよ、そういう甘ったりぃのはオレの柄じゃねえんでな! あー、つまり……これ以上、余計な話をふれまわるんじゃねぇぞ。いいな?」


「はい、わかりました――他ならぬあなたがそうおっしゃるなら、ぼく、もう誰にもいいません。秘密にします!」


 少女のような可憐さで、ニコリと微笑むレミール。

 ロキオムは盛大に溜息をつき、がっくりと――その反応は、安堵のそれのようでもあった――肩を落としたようだった。


 ――そんな、一連の光景を。

 シドは眦を細めて、温かく見守っていた。


「まあ――ロキオムの人助けとやらは、それとして、だ」


 そんなシドを、ちらと一瞥してから。

 ユーグが率先して、場の空気を仕切り直した。


「シド・バレンス。この二人があんたの『当て』だってハナシなら、俺から確かめておきたいことがある。構わないか?」


「確かめたいこと……って、もしかして、この子達の技量を気にしてるのかい?」


 怪訝に首を傾げるシドへ、ユーグは「いや」とかぶりを振った。


「そちらもまずまず気がかりだが、当座の問題はそこじゃない。そっちのお前さん――レミールとか言ったな」


「えっ。ぼ、ぼく……ですか……?」


 明らかに、剣呑なアウトローの空気をまとったユーグから見据えられ、少年は目に見えてたじろいだ。

 もっとも――その時のユーグは、シドの目から見れば明らかに『友好的』な部類の対応ではあったのだが。しかし初対面の子供、しかも気が弱い少年の目からでは、到底そんな風には見えなかったのだろう。


「ああ、そうだ。お前さん、おとついの夜に危ないところを助けられたと言っていたが。しかし、何だってお前さんみたいなのが、なんてとこに紛れ込んでたんだ?」


「え……?」


 その問いに。

 レミールは、明らかにどきりとして、竦んだ。


「俺の記憶に間違いがなければ、サン=ティカ街ってのはクレメンティア川の東岸――東の中流市街だったはずだ。

 そんなお上品な街の、お前さんみたいな年頃の子供、しかもエリート冒険者で聖堂の神官見習いサマとあろう御方が、だ。一体どんな用向きで、なんて後ろ暗いところへ転がり込んだのか」


 あ――と、誰かが呻く声がした。

 ユーグは薄く笑った。


「すまないが、そういう些細なことが気にかかっちまう性質たちなもんでね。ひとつそこんとこを、お前さんの口からじかに聞かせてもらう訳にはいかないか――ちいさな神官見習いサマよ?」

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