第22話 不法侵入者・玉琳
いまは深夜。ふつうに考えれば、部屋の主は寝ているはずだ。
奥に置かれた天蓋付きの寝台にそっと足音を忍ばせて近づく。そのとき、背後でバタンと大きな音がしたので庸介はびくっと足を止めた。
後ろ振り向けば、いま入ってきた窓の片方が閉じている。強い風が吹いて窓が閉じたようだ。
(ふぅ……驚かすなよ)
気を取り直して再び歩き出そうとするも、天蓋の中から絹連れの音が聞こえた。
いまの音で玲蘭が目を覚ましたのかもしれない。
そのまま動かず様子を伺っていたら、閉じていた天蓋がさっと開いて白い寝巻姿の玲蘭が出てきた。
まだ、こちらに気づいた様子はないが、時間の問題だ。目を覚ましてくれたなら、話が早い。
庸介は床を蹴ると、ほとんど音を立てることもなく玲蘭に肉薄した。
「……きゃっ!?」
玲蘭が玉琳の姿に気づいたときには既に目の前にいた。叫ばれる前に彼女の口に右手を当てて封じ、逃げられないように左手で肩を抱く。
彼女は逃げようとしたが、庸介ががっちりと両手で背中から抱え込むようにして抑え込んでいるので逃げられない。
庸介は部屋の外にいる警備の女官に聞こえないよう、玲蘭の耳に口を近づけ、声を潜めて話しかける。
「声を出さないでね。怪しい者じゃないから。こんばんは、玲蘭様。玉琳です」
こんな侵入方法をしておいて、おもいっきり怪しいし不法侵入に違いないのだが、すぐに玉琳であることを伝えたことで玲蘭は暴れるのをやめた。
というか、驚きのあまり固まっているのかもしれない。
玲蘭は、目を見開きもぐもぐと口を動かしたが、庸介に口を封じられているため何を言っているかはわからない。
おそらく、『玉琳様!? なぜここに!?』とかそんなことを言っているのだろう。
「手荒な真似をしてごめんなさい。こうでもしないと、いまのあなたと話すことができないでしょ? あなたを傷つけたりはしない。でも、暴れるならその限りじゃないから」
いつもより低い声で、しっかり脅しもかける。玲蘭が落ち着いたのを見計らって庸介は彼女から手を離した。
彼女は、はぁと一息つくと、きっと睨んでくる。
「玉琳様、どうしてこんなことを? ご自分がなにをなさっているのか、わかっているんですかっ?」
一応、玲蘭も声を潜めて話してくる。
彼女の剣幕はもっともだったので、庸介は軽く肩をすくめた。
「言ったでしょ? 危険を冒して侵入してでも、あなたと二人で話したかったの。長居はできないから、単刀直入に尋ねるね。あなた、本当に私を殺そうとしたの?」
暗くてよく見えなかったけれど、あまりに直球な質問に、玲蘭はぐっと唇をかみ、顔をこわばらせたようだった。玲蘭は庸介と向かい合うと、必死に訴え始める。
「そんなことしてないわっ。私は、決してそんなことしてないっ」
「本当に? 誓える?」
庸介は冷静な声で返した。真意を確かめるようにまっすぐに玲蘭を見つめる。
玲蘭は背筋を伸ばすと、まるで宣誓でもするかのように胸に右手をあてた。
「当たり前でしょう。私は楊玲蘭。いずれ国母になる女よ。正々堂々、正妃の座を獲得してみせるわ。もし力が足りず、龍明様があなたや他の姫を選ぶというのなら潔く諦めるわよ」
「この前のお茶会で、私が酒に弱いこと知っててこっそり飲ませたくせに?」
庸介の容赦ない斬り返しに、玲蘭は言葉を詰まらせる。
「ぐっ……。あ、あれは悪かったと思ってるわよ。でも、お酒を飲ませれば素の玉琳様が見れると思ったのも、たしかなの……」
おかげで玉琳の心が身体の中に残っていることが判明して、庸介としては怪我の功名ではあるのだが、意地悪されたのはたしかだ。
だが、いまはそんなことを追求しにきたわけではない。侵入がバレれば、玉琳とてただでは済まないのだ。聞きたかったことに話を戻す。
「いまのところ、状況はあなたが私の暗殺未遂の首謀者として濃厚なことを示してる。このままだと正妃候補暗殺未遂の首謀者として正妃どころか、投獄されるかもしれない。死罪だってありえるわよ」
庸介が言うと、先程までの強気な態度が一転して、玲蘭は俯きがちになる。
「……わかってるわ。わかってるわよ。私だってずっと何もしてないって訴えてるっ。でも、どれだけ伝えても、私が弁を信じてもらえないの……」
謹慎が始まって早一か月。玲蘭自身も何度も聴取を受けたことだろう。そこでの感触は玲蘭にとって芳しくないようだ。
(そうだろうな。やったことを立証するのはそれほど難しくない。だけど、その逆で、やってないことを立証するのは遥かに難しい。真犯人でも出てこない限りは不可能ともいえる)
「だから、いざとなったら投獄される前に私は命を絶つつもりよ。これ以上、お父様や家族に迷惑もかけられないし、うちの家紋に泥も濡れない」
玲蘭の言葉には決意が滲んでいた。もう、それしか残されていないという悲壮感が漂う。
(シロと証明できずクロだと嫌疑をかけられて処刑されるくらいなら、白とも黒とも結論づけられる前にうやむやにして命を絶つってことか)
実際、それしか道はないのだろう。そこまでの覚悟があるのならと、庸介は胸元から一本の小瓶を取り出して玲蘭に手渡した。
「なら、やってみれば? 今日か明日にでも鳳凰殿は結論を下して、貴女を投獄するかもしれない。無実だというなら、ここで証明してみなさいよ。それを飲むなら、私の方からもあなたは無実だと鳳凰殿に訴えてあげる」
玲蘭は手のひらの上の小瓶を眺めて『これは?』と目で尋ねてくる。
庸介は、穏やかに微笑んで見せた。
「それは私を殺しかけたのと同じ毒。証拠としてもっていたの。一口飲めば、死ぬことができる」
玲蘭の表情が明らかに強張る。しかし、一瞬迷ったあと、きっと決意に満ちた目をして、木栓を抜くと小瓶の中身を一気に煽った。
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