第4話 世界を超えた邂逅と共闘

 どれだけ歩いていただろうか。

 遠くにぼんやりと見えた光が大きくなるにつれて、私の手首を掴んで先を進む男の横顔が照らされていく。


 その姿を見て、思わず息を呑んだ。


 炭化して焼けこげた肌、熱で縮れた金髪、前を見据える金色の瞳は、怪我をしていることすら忘れてしまいそうになるほどに鋭い。


 彼は振り返ると、口を開いた。


「貴様、名をなんだ」


 馴染みのある日本語だった。

 面食らったが、名前を聞かれて答えないわけにもいかない。


「湯浅奏っていいます。湯浅が苗字で、奏が名前です」

「種族は?」

「種族? えと、国籍の話かな。日本人です」


 金髪の男は、無言で私を上から下まで眺めた。


「新種か」

「歴史は古かったはずです」

「なるほど」


 ボロボロの体だというのに、彼は顎に手を当てて『学会に持って帰れば論文が書けそうだな』と呑気な事を言っていた。


「それより、お怪我は大丈夫なんですか」

「魔力が戻り次第、魔法で治療するから問題はない」

「魔力に魔法? ファンタジーやメルヘンじゃないんですから、もうちょい現実的な手段を探しましょう。私の精神力が回復したら、またスキルで治してあげますね」


 リュックの中身を漁ってみるが、残念ながら回復系のスキルオーブはない。

 また見つかるのを待って探すより、私のスキルで治療する方が早そうだ。


 なんて考えていると、彼は酷く面食らった顔で呟いた。


「いや、何を言ってるんだ。すきる? なんだそれは。貴様が俺を治療したのは、神聖魔法だろう? 聞いたこともない宗派のようだったが……」

「いやいやいや、神聖魔法って……」


 何言ってるんだ、コイツと思いながら見上げる。

 その瞬間に、私は気がついてしまった。


 金髪の男から生えている耳が、普通よりも長く尖っていることに。


 こぉれが国際社会の多様性ですか。

 肌はうっすら白金、髪は蜂蜜、瞳は金色。


「独創性あふれる外見ですね」

「いきなり他者の外見に言及するとは、貴様、配慮に欠けているな。俺でなければ殴られていたぞ」

「配慮に欠けた発言をしてごめんなさい」

「分かればよろしい。いや、よろしくない。貴様のせいで話が逸れているではないか」


 金髪の男は振り返……


「名前聞いてもいいですか」

「だめだ」

「じゃあ金髪さんって呼びますね」

「他者の外見的特徴をあだ名にして呼ぶのは品性を疑う行為だというのは知ってるか?」

「言われてみればたしかに。じゃあなんて呼べばいいんですか」


 彼は深く息を吐いた。


「エルドラ・フォン・バウミシュラン」

「えるえる、ふぉん、ばうばうらん?」

「……エルドラでいい」

「エルドラさん」

「様をつけろ」

「エルドラ様」

「……いや、先ほどの方に戻せ」

「エルちゃん」

「やめろ」


 割とマジなトーンで凄まれた。

 どうやらちゃん付けは嫌らしい。


「それで、なんの話でしたっけ」

「……すきる、とはなんだ」

「スキルはスキルオーブとか覚醒したりすると身につく能力みたいなもので、私がエルドラさんを治したのも『小治癒』というスキルを使ったからですよ」


 実際に使って見せる。

 さすがに二度目の気絶をするわけにはいかないので、軽めに切り上げた。


「言われてみれば、たしかに魔力を使用していないな」


 エルドラがぶつぶつと呪文を呟く。

 私には意味も理解できない言葉だった。


 エルドラの手に、淡い色が灯る。

 幾何学的な模様、魔法陣がぽわっと浮かび、治りかけの傷をどんどんと癒していく。


「あ、その魔法陣、見覚えある」

「……いつ、どこで?」

「えっとね、別のダンジョンにいたんですけど、そこでそんな感じの魔法陣を踏んじゃって気がつけばここにいたんですよね」

「転移罠を踏むとは、馬鹿だな」


 それは否定できない。

 ただ、踏むまで気が付かなかったんだ。

 なので、私は悪くない。


「このダンジョンの異変は、転移罠が原因か?」

「エルドラさんも探索者なんですか?」

「たんさくしゃ? いや、俺は聖セドラニリ帝国の魔術師だが……」


 シン、と静寂が場を支配する。

 お互いにジッと目を見つめ合う。

 出会ったばかりだけど、なんとなくお互いに何を考えているのか理解できた。


「ま、まさか……」

「もしかしてだけど……」


「「異世界」」


 異なる法則で引き起こす超常現象。

 およそ人間とは思えない姿。

 聞き覚えのない国と、言葉。

 そう考えるとめちゃんこ辻褄ガッチリ合う。


 これが、未知との遭遇ですか。


 ひとまず、休憩を取る事になった。

 歩き通しなのもあったけど、衝撃の事実に精神が追いつかなかったのもある。


 ここは、エルドラが見つけた場所で、無機質な遺跡の通路がぼんやりと光っている。

 なんでも、タイルそのものが発光しているらしい。


「エルドラさん、このダンジョンに詳しいんですか」

「いや、調査する為にここへ来た」

「じゃあ出口は……」

「竜との戦闘中、転移魔法をかけられた。現在位置が分からん以上、出口まで案内する事はできない」


 なんてこった。

 まあ、一人じゃないだけマシかもしれない。


「探索者、というのは貴様の世界でどんな仕事をしている?」

「ダンジョンで魔物を倒したり、こういうスキルオーブとかを持ち帰る事をお仕事にしてます」


 スキルオーブをエルドラに渡してみる。


「いきなり声がしたんだが、これは?」

「理屈はわからないんですけど、色々と教えてくれる謎の存在です。みんなはシステムさんとかナビさんとか、好きな風に呼んでるみたいで」

「これは貰ってもいいか?」


 エルドラに渡したのは、『気配遮断』のスキルオーブだ。

 他にもスキルオーブはたくさんあるので、一つぐらいなら別に渡しても問題はない。


「どうぞどうぞ」


 リュックを漁るフリをして、エルドラから視線を逸らす。

 怪我をしている時は気が付かなかったけど、彼はかなり顔が整ってる。おまけに服はボロボロで、筋肉質な胸板とか腹筋がチラチラ見えてる。

 なんか、見ていると邪な気持ちが生えてきそうだ。


「災難だったな、初めてのダンジョンで異世界に迷い込むなんてな」

「……あの、エルドラさんの世界にはスキルなんてないんですよね? 私、転移してからもスキルオーブを拾ってるんですけど」


 エルドラは胡座をかいていた体勢を、僅かに動かした。


「つまり、ここは異世界のダンジョンだと?」

「た、たぶん……?」

「貴様の世界には、魔力も魔法もないんだったな。ここのダンジョンには魔力が満ちているんだが、何も感じないのか?」


 感じるってなんだよ。

 ここに転移してから、変化があったこと……。


「なんか空気が重たい? 高山にいる感じ?」

「内包する空気の量によって、生体への影響は変動する。これだけの魔力に満ちた中で、その程度の違和感で済んでいるのは珍しいぞ」


 ポツポツと会話をしているうちに、なんとなくエルドラへの苦手意識が薄れていくような気がした。

 ちょっと見下してくる時はあるけど、聞けば教えてくれる。


「エルドラさんはこれからどうするんですか?」

「このダンジョンの最深部を目指す事には変わらない。これだけの濃度だ、そろそろダンジョンコアが近いはずだ」

「あの……私もついていっていいですか?」


 エルドラは無言で私を見た。


「出口わかんないし、戦闘も未経験なので、エルドラさんについて行った方が安全というか、外に出られるかもっていうか……」

「予め言っておくが、俺は何かを守りながら戦うというのが苦手だ。不可能と言ってもいい」


 これ、断られてる……?


「怪我や命を落とすリスクを覚悟した上でついてくるというのなら止めはしない」

「あ、はい。大丈夫です。後ろに隠れてますんで」


 エルドラはそれ以上、何も言わなかった。

 少し寝るとだけ呟いて、壁を背にもたれかかっていた。


 私も目を瞑る。

 寝るのに時間はかかると思ったけれど、疲労のおかげですぐに眠りに落ちた。

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ダンジョン大国ニッポン 変態ドラゴン @stomachache

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