常識改変アプリを妹がダウンロードしたが、エロいことに使えない(俺視点)

あれい

 俺、高宮香月は自宅のリビングでテレビを見ていた。


『――遠坂市ではここ一年の間に行方不明になった被害者が多数いて、警察は現在捜査中とのことですが事件解決の糸口さえ見つかってない状況です。中継は一連の事件の最初の被害者と思われる「島田家」の前に来ています。「島田家」は一家三人が行方不明となっており――』


 またこのニュースか。

 俺の住む遠坂市で起こっている連続行方不明事件。

 犯人がまったく分からないことから一部では神隠しではないかと噂されている。

 俺も戸締まりとか気をつけないとな。

 なぜなら、今、両親は海外出張中でいない。俺と妹の二人だけしかいないからだ。


 噂をすれば何とやら。階段を降りる音が廊下からする。

 顔を出したのは妹の高宮愛理だ。

 その後ろには愛理の友人の新藤夏海がいた。

 彼女は今日、ウチに遊びに来ていた。

 新藤さんは大人びた美少女で、いつ見ても無表情なのが少し不気味だが、肉づきのいい体に立派なものを二つ持っている。

 思わずそこへ目が引き寄せられ――いかんいかん、妹の友人だぞ。


「お兄ちゃん、夏海ちゃん帰るねー」

「お、おう」


 二人は玄関へと消えていった。


 ///


 その日の夕食のことである。


「お兄ちゃん!セロリ、残さず食べて!」

「……セロリだけはどうしてもな」

「むぅ!」


 ふくれっ面で可愛く怒る愛理から俺は目をそらす。

 毎日、食事を作ってくれているから罪悪感がハンパないが。だが、セロリは調理してあってもダメなのに、まして生のサラダで出されても食べられるわけがない。

 俺が諦めてくれるのをひたすら待っていると、


「こうなったら最終手段を使うからね」

「最終手段?」

「じゃーん、これです!」


 愛理の手にはスマホがあった。

 画面をこちらに向けてくる。

 何かのアプリが開かれているらしい。

 怪しい色合いの背景にタイトルがあって――、


「……常識改変アプリ?」

「そう!これを使ってお兄ちゃんの常識を改変してセロリ大好きにするんだから」

「見るからに地雷アプリじゃねえか。お前、これ正規のアプリストアのやつか?」

「んーん。ネットサーフィンで見つけた」

「ダメじゃん。なんかヤバいウィルスが仕込まれてるって、絶対」

「大丈夫だよ」


 その自信はどこからくる?

 個人情報とか引っこ抜かれてないといいが。

 俺の心配をよそに、愛理はこちらへカメラを向けるとパシャリとする。


「こうやってお兄ちゃんの写真を撮って、選択状態にして、改変内容を書いて……はい、今からお兄ちゃんの常識を改変します。内容はお兄ちゃんはセロリが大好物になる、です。お兄ちゃん、心の準備はいい?」

「はいはい、もう好きにしろ」

「じゅあ、いっくよー、――常識改変」


 急に意識が遠のいていって――。


 …………

 ……


「お兄ちゃん、セロリ残ってるよ」

「はっ」


 どうやら俺は夕食中にぼーっとしていたらしい。

 皿には生のセロリが残っていた。珍しいことがあるものだ。俺は「好きな物から食べる派」で、大好物のセロリはいつも真っ先に食べるのに。

 俺はセロリをフォークで刺し口に頬張る。


「セロリ、うめえ」

「ふふ、本当に?お兄ちゃん?」

「ああ。なんでそんな当たり前のこと聞くんだ」

「――セロリ、苦いよね?」

「苦い?」

「お兄ちゃんは苦いセロリが大嫌いなんだよ」

「大嫌い……?っ!水っ!」


 くそったれ。

 なんでセロリなんて口に入れてんだ、俺は。

 水を一気飲みして口の中のものを押し流す。だが、何杯飲んでも苦味が一向に消えない。


「ふふん、すごいでしょ、これ」


 俺は涙目になりながら愛理の手にあるスマホを睨みつける。

 常識改変なんてデマカセだ――。

 自分が体験してなかったらそう言うだろう。

 だが、たった今、俺の身に起こったことは常識改変以外のなにものでもなかった。

 さっきの俺はセロリが大好物なのが常識だったし。何より恐ろしいのは、常識改変中は愛理に常識を改変されたという認識が俺自身になかったことだ。

 催眠状態に近いのかもしれない。

 

 俺はごくりと喉を鳴らす。

 これがあれば犯罪を犯し放題じゃあないか。

 いや、だいそれたことを仕出かすつもりはないが。でも、ちょっとエロいことに使うくらい許されるんじゃないか?

 俺は脳裏に妹の友人の新藤夏海の姿を思い浮かべる。

 常識改変アプリを使って、一時的にでも彼女を俺のことを大好きにして、そしたら、あのデカい二つの山を好き放題に――。


「な、なあ、愛理」

「ん?なあに、お兄ちゃん」

「そのアプリなんだけどさ、ちょっと俺に貸してくれないかな~って」

「どうして?」

「いや、それは……」

「もしかしてお兄ちゃん……」


 愛理の純粋な目が俺にグサグサと突き刺さる。


「ち、ちちちがうぞ!俺はエロいことなんて1ミリも――」

「そんなにセロリを大好きになりたいんだね!」

「え?」

「私も好き嫌いのないお兄ちゃんの方が素敵だと思う。常識改変してあげるね」

「いや、ちょっと待って――」


 俺の意識が遠のく直前、妹の笑みが見えた。

 純粋なはずなのに。どこか歪んでるようにも見えた――。


 …………

 ……


「セロリ、うめえ」

「――セロリ、苦いよね?」

「っ!水っ!」

 

 …………

 ……


「セロリ、うめえ」

「――セロリ、苦いよね?」

「っ!水っ!」


 …………

 ……


「クヒッ、クヒヒヒヒヒヒヒ」


 ……

 …………


「セロリ、うめえ」

「――セロリ、苦いよね?」

「苦いは苦いが、この苦さがクセになるんじゃないか」

「あはは、お兄ちゃん、セロリ大好きだね」

「当たり前だろ」


 何でそんな当然のことを聞くのか訝しむが、愛理はニコリとするだけだ。

 まあ、いいか。

 俺はセロリを平らげると食器をキッチンの流しに持っていく。

 愛理が洗ってくれるので、俺はその間風呂掃除する。


「お兄ちゃん、一緒に入ろうー」

「ああ、もちろんだ。兄妹で一緒に風呂に入るのは常識だからな」

「うん!常識だよ、常識」


 俺はリビングを出て風呂場へ向かった。

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