第15話 妖魔討滅戦 05
バート率いる冒険者集団は開けた場所に出て、整然と妖魔集団に接近する。妖魔集団も見張りはしているから、さすがにこの規模の集団が接近するのを見逃しはしない。妖魔集団も慌ただしく迎撃態勢に入る。
ここで冒険者たちはあらかじめ想定していた事態を確認した。妖魔共は一般に粗暴で短気だ。このような状況では、数に勝る自分たちが有利と考えて我先に向かってくるものだ。それをしないということは、あの集団には指揮官がいる。
互いの位置がもうすぐで弓が届く距離まで接近する。
魔法使いたちが呪文の詠唱に入る。
『炎の嵐よ、吹き荒れよ』
最初にバートが放った精霊魔法の威力は圧倒的だった。数十もの妖魔共が炎に包まれて、断末魔の叫びすら上げられずに息絶える。バートは魔法剣士として短い詠唱で魔法の効果を発揮させることを好んだ。剣と魔法を併用できるように。だがそれは広範囲を攻撃する魔法を使えないということを意味しない。彼の魔法は、彼一人でこの場の妖魔共を殺し尽くせるのではないかと思えるほどだった。
続いてシャルリーヌたち範囲攻撃魔法を使える魔法使いたちが魔法を放つ。
『そは熱きもの。そは形なきもの。
『そは速きもの。そは光りしもの。突き進み我が敵を討て。雷光の
『火の精霊たちよ。我に力を貸せ。火炎よ、焼きつくせ!』
幾人もの魔法使いたちから放たれた魔法が妖魔共に災厄を振りまく。嵐のような炎が、一条の雷光が、爆裂する火球が妖魔たちを打ち倒していく。
冒険者たちを迎え撃とうとしていた妖魔共が
好機だ。ヘクターがホース・ゴーレムを加速させる。
「俺に続け!」
「おお――!!」
妖魔共の指揮官は陣地で防衛戦に入るつもりだったのだろう。陣地は粗末な柵で周囲を囲っていた。だがバートたちの攻撃魔法で柵の一角は完全に吹き飛んでいた。
ヘクターと馬に騎乗した冒険者たちが突撃する。妖魔共にも弓で応戦する者もいるが散発で、しかも混乱状態で矢は見当違いの方向に飛んでいく。
弓の巧みな冒険者たちは妖魔共に次々と矢を放つ。魔法使いたちも先程の範囲攻撃には巻き込まれなかった妖魔共に対して魔法を使う。もちろん味方は巻き込まないように注意しながら。
『炎の嵐よ、吹き荒れよ』
後衛部隊に同行しているバートがさらに炎の嵐の魔法を使い、数十の妖魔を黒焦げの死体にする。それは戦闘ですらない、虐殺と言うべき光景だった。
ホリーは目をつぶらずに、バートの後ろからその光景を見ていた。彼女は悲しかった。命を奪わなければならないことが。もちろん彼女も理解している。妖魔共を退治しなければ、人々が危険にさらされることを。だから彼女はバートとヘクターと冒険者たちの無事を善神ソル・ゼルムに祈っていた。自分自身の安全よりも。それでも彼女は命を奪わないといけないことが悲しかった。
「後衛隊はあたしたちで守るから、あんたたちは魔法で敵を一掃しな!」
リンジーと防御担当の冒険者たちは、後衛隊を攻撃しようと陣地から出て迫り来る妖魔共を次々と切り伏せる。その言葉通り、彼女らは後衛隊への突破を許していない。
「おおおお――――っ!!」
ヘクターが
立ち塞がる妖魔共はある者はホース・ゴーレムの
「人に
「さすが鉄騎ヘクターだね。僕たちじゃ追いつけそうにない」
騎乗した冒険者たちもヘクターに続いて突撃し、次々と妖魔共を打ち倒す。遅れて徒歩のニクラスとベネディクトたちも騎馬隊を包囲して討ち取ろうとする妖魔共を排除する。
だがヘクターのホース・ゴーレムの速度に彼らはついて行けない。ヘクターは孤立しようと意に介さずに突撃する。
その先に指揮官らしき魔族がいた。
「貴様ら、逃げるな! 戦え!」
その魔族はそう言いながらも自分自身が逃げようとしていた。周りの妖魔共を犠牲にして。ヘクターは怒りを覚える。彼はそういう
ヘクターがホース・ゴーレムを
「ひっ……」
指揮官の魔族は
妖魔はもはや最初の二割程度しか残っていなかった。指揮官も失い、妖魔共は逃げようとする。それを冒険者たちは許しはしない。魔法使いたちが魔法を放ち、弓使いたちが射かけ、戦士たちが追いすがって切り伏せる。
ほんの短時間で妖魔共は逃亡すら許されずに全滅した。一方、冒険者たちには重傷者一人と軽傷者が複数いたものの、犠牲者は一人もいなかった。冒険者たちの完全勝利であった。
「妖魔共が残っていないか、確認しろ」
「あいよ!」
冒険者たちのこの場での仕事は終わりではない。陣地に残された粗末な小屋やテントに生き残りの妖魔がいないか確認する。小屋のいくつかには周囲の小集落や村から略奪したとおぼしき食料が収められていた。隠れていた妖魔も殺され、敵の姿はこの場にはいなくなる。
ホリーは指揮を
「嬢ちゃん、怪我を治してくれてありがとうな」
「いえ。私に出来るのはこれくらいですから」
それでも彼女に傷を癒やされた冒険者が彼女に感謝の言葉をかけ、治癒された馬が彼女に顔をすり寄せたことには、彼女も少し気分を落ち着けた。感謝されるために治癒したわけではないが、それでも感謝されると気分がいい。自分にもできることがあるのがうれしいという感情もあった。
その上で彼女も理解している。自分もこの妖魔共を虐殺した一員であることを。
バートたちにはまだ大仕事がある。
「妖魔共の死体を集めて焼こう。アンデッドになられては厄介だ」
「そうね。これだけの数の死体を焼くのも大変だけど」
それもしなければならないことだった。下等な妖魔から強力なアンデッドが発生する確率は低いが、弱いアンデッドでも普通の村人たちからすれば危険だ。それに下等な妖魔共とはいえ、これだけの数の死体を放置すれば、強力なアンデッドが発生する可能性も否定できない。この数の死体を焼くのも一苦労であるが、バートたちの魔法も使えばそこまで時間はかからないだろう。
ホリーは申し出る。
「あの……私、この妖魔たちの死体を浄化の炎で
「む? これだけの数をか?」
「はい」
彼女には何故か出来るという確信があった。妖魔たちの死体もせめて弔ってやりたかった。
そして彼女は祈る。
「善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」
広く散乱する妖魔共の死体から熱を持たない炎が吹き上がる。突然吹き上がった炎に驚く冒険者たちもいるが、すぐにそれは浄化の炎と気づく。浄化の炎は他を燃やすことなく、妖魔共の死体を悪臭もなく焼いていく。
冒険者たちのみならず、バートとヘクターもその光景を
「死せる者たちよ。その魂に安息を」
ホリーが祈りの言葉を言う。彼女は憎むべき妖魔共が相手でさえ、その死後まで憎みたくはなかった。バートとヘクターもそれに続いて祈りの言葉を言う。
ほどなく妖魔共の死体は焼き尽くされた。
その光景を見届けたシャルリーヌがバートを見た。
「あなたは人間嫌いの気難しい人だと噂を聞いていたのだけれど、妖魔たちさえ
「人間も大半の者はその性根は妖魔共と大差ない。強きになびき、弱きを
「……」
「はぁ……バート。いつも言っているけど、あんたは人間不信も度が過ぎる」
「悪いな。これが私の性分だ」
ホリーは前もこんな会話を聞いた。この会話は周囲の冒険者たちも聞いている。ヘクターの言うように、これはいつものことなのだろう。バートは自分が人間全般に不信感を持っていることを隠そうともしないのだろう。バートは人間の善性を信じていない。
それをシャルリーヌも察したのか、絶句している。彼女も人間全てが信じられると思っているわけではない。だがほとんどの人間の性根は悪だとも思っていない。
「だがその人間たちも一度冥界に行き次の生では善なる者として生きる可能性がある。だから私は人間も
「……なるほど。あなたは筋金入りの人間嫌いってわけね。ということは私も嫌われているのかしら?」
「人間にも心の美しい者、立派な者もいる。そしてエルフやドワーフには、私の経験上、邪心を持たないか少ない者が多いという印象を受ける。無論個人差はあるが」
「そう……私のお婆さまも言っていたわ。人間は愚かで醜悪だと。そんな人間たちがいる場所に行かないでと」
「私も君の祖母の言葉に同意しよう。私自身人格に欠陥を抱えた人間だ」
「……」
ホリーは悲しく思う。バートにとって、人間たちも妖魔共と大差ないのだと。彼は自分自身すら信じていないのだと。彼がエルフやドワーフに対してはさして不信感を持っていないことは初耳だったが。彼はエルフのシャルリーヌに対しては今のところ悪印象はないようだった。そして自分は彼に認められているのか、不安に思った。
バートたち冒険者集団は妖魔共に脅かされていた村の前まで来ている。村人たちもあの光景を遠目に見ていた。だが本当に自分たちは救われたのかと半信半疑で、急造した柵の中で警戒していた。
バートが村の代表者の老人に話しかける。
「この村の近くに布陣した妖魔共は全滅させた。だがあの場を離れていた妖魔がいないとは限らない。臨戦態勢は解いてもいいかもしれないが、警戒は続けるように」
「感謝いたします。あなた方はこの場に留まって村を守ってくださるのでしょうか?」
「それは出来ない。この地域全体で妖魔共があのような動きを見せている。我々はそれらの撃破を任務としている」
「ならば、幾人か村に残って守ってくださいませぬか?」
「それも出来ない。村ごとに我々の人数を減らしていけば、こちらの戦力が足りなくなる」
「……わかりました」
「まあでもこの辺りの妖魔共はあらかた排除できたと思うぜ。この村が近いうちに襲われる可能性は低いと思う」
「……はい」
不安に駆られている村人の言葉を、バートはにべもなく切り捨てる。だがそれもバートたちからすれば仕方の無いことであった。彼らの任務は地域一帯で
「この村は食料などの物資の備蓄は十分だろうか?」
「は、はい。家畜と農産物がいくらか妖魔共に略奪されましたが、村の者たちが生活するには十分な蓄えがあります。周囲から逃げ込んできた者たちの分もなんとかなります」
「そうか。エルムステルの商人のマルコム氏と彼の仲間の商人たちが、妖魔共の襲撃で
「は、はい。あまり大量に売ることは出来ませぬが」
「承知した。マルコム氏に伝えておこう。あと妖魔共の陣地に村から略奪したとおぼしき食料などがあったが、あれはどうする?」
「妖魔共に一度奪われた食料を口にするのは……」
「承知した。我々で持って行ける分は持ち出していいか? 持って行けない分は焼き捨てるとして」
「はい。お願いします」
バートはマルコムに頼まれたことも聞いておいた。この村は物資に不足はないようだ。
バートが妖魔共の陣地に残された物資の始末を村人たちに任せずに自分たちで処理すると申し出たのも理由がある。そうしなければ、村人たちは回収した食料を自分たちでは食べずに商人に売るのではないかと疑っていた。それほどに彼は人間というものを疑っていた。
もちろん妖魔共が自分たちが口にするために奪った食料に何かを仕掛けているはずがない。だがそれを口にするのをためらう人間がいるのは当然だ。冒険者にもそれをためらう者たちはいるだろう。それでも彼が物資を全て焼き捨てずに回収すると申し出たのは、この先彼らが十分な物資を補給できるか不明であるためだった。冒険者たちも飢えたまま戦うことは出来ないのだから。妖魔共から回収した物資を食べるのは後回しにはなるであろうし、魔法を使って毒などが仕込まれていないかチェックもしておくことになる。穀物類はともかく、肉類は何の肉か知れたものではないから、バートも焼き捨てていくつもりではあるが。
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