第13話 妖魔討滅戦 03

 一通りのことは決まり、妖魔討伐の前金も受け取って、バートたちはひとまず冒険者の店に戻った。出立は明後日。それまでに準備を終わらせよとのことだ。

 冒険者の店に戻ると、商人マルコムの使用人ニックが待っていた。至急マルコムの邸宅に来てほしいと。

 そしてバートたち三人はマルコムと対面している。



「やあやあ。君たちも領主様の招集に応えて妖魔の討伐におもむくのかい? バート君が冒険者たちを率いるそうだね」


「ああ」



 マルコムがもうここまでのことを知っているのは、冒険者か役人か騎士に彼と懇意こんいの者がいて、彼に情報を渡したのかもしれない。



「君たちが行ってくれるのは私も街の住人としてありがたいんだけど、妖魔の討伐が領主様の功績と帝国に認められたら、領主様を告発しようとしている私たちとしては困ったことになる。領主様を罪に問えなくなる恐れがあるからね」


「妖魔共の跳梁ちょうりょうはこの地方の領主たちが妖魔の討伐をおこたっていたからだろう? それを討伐したからって、功績扱いされるかな?」


「少なくとも領主たちは自分たちの失態を隠すためにも功を喧伝けんでんするだろう」


「そうだね。君たち冒険者の功績も横取りしようとするだろうね。率直に言って、この街の騎士団は頼りない」



 マルコムの危惧も起こり得ることだった。今回の事態はこの地方の領主たちの失態であることは事実なのだろう。だからこそ、領主たちは本気で妖魔たちを討伐しようとするだろう。それが功績扱いされて、この街の領主の罪を問えなくなる恐れがある。そうなれば領主の罪を告発しようとしたマルコムたちの立場が悪くなる恐れもある。告発状に追記したバートとヘクターについては、その目で確認したことしか書いていないからおとがめを受けることはないだろうが。



「それでバート君にはこれを持って行ってもらいたい」



 マルコムが差し出したのは、小鳥の形をしたマジックアイテムだ。バートとヘクターに荷物の奪還を依頼した時にも持たせていた、遠距離通話出来るものだ。



「我々の作戦進行状況をあなたに伝えろと?」


「伝えるのは、どの村や街の妖魔の集団を討伐したという程度でいいよ。次にどこに向かうかは、君たちとしては秘密にしないといけないだろうからね。君から連絡が入ったら、ちょっと時間をおいてから街に君たちの戦果を噂として流したい。君たちの功績まで領主様の功績にされないようにね」


「この街の冒険者の発案で、伝令役が騎士団に報告する前に冒険者の店に報告していくことになったから、そちらで対処してもらえると思うが」


「ああ、そっちでも対処してくれるのか。まあでも出来れば君と私で連絡する手段も用意したい」


「わかった。いいだろう」



 マルコムも理解を示したが、バートは自分たちの次の進軍目標は外に知られたくなかった。魔族たちは時として人間に化けて街に侵入する。この街にもそんな魔族が侵入して外に連絡しているという危惧があった。マルコムに次の進軍目標を知らせ、彼が街に噂を流せば、それが魔族たちに筒抜けになる恐れがある。待ち伏せを受ける恐れも。もちろん冒険者軍団の移動経路から行き先を推測されることはあり得るが、それは妖魔側も伝令くらいは出すであろうから、街で彼らの戦果が噂として流れようと流れまいと大差ない。

 下等な妖魔共は普通は大規模に組織だった動きはせず、刹那せつな的な行動をするものだ。それが突如同時多発的に大規模な活動を開始したのは、それを命令した者がいると考えるのが自然だ。バートは敵側にいるであろう指揮官をあなどるつもりはなかった。



「そして街や村々は避難するにも出来ず、解放しても物資が窮乏きゅうぼうしている恐れがある。あなた方で解放後の街や村々に食料などを供給する手はずをお願いしたい。妖魔共に壊滅させられた村もあるだろうが、生き残りくらいはいるだろう」


「あと、村の人たちも急のことに色々と物入りになって金に余裕はないだろうから、代金は考えてくれねえか?」


「わかったよ。領主様が人々に救いの手を差し伸べるとは考えにくいからね。仲間の商人たちと協力して隊商を組織する準備をしよう。隊商が襲われても切り抜けられるように、騎士団から護衛の兵士も付けてもらうように頼もう。代金も利益度外視の割引価格で売るよ」


「お願いする」


「あと私が渡したアイテムは、どの村や街に迅速に物資を輸送すればいいかを知るために渡したということにしてもらおうか。そうすれば領主様も文句を付けにくいだろう」


「承知した」


「急いで物資を運ぶ必要がない所は、そのむねも伝えてもらいたいね。十分な備蓄があって食料の仕入れが出来そうな所も、よそに売りに行くために適正価格で仕入れに行くかもしれないことを先方に伝えておいてくれ」


「承知した」



 ホリーは感動する。街や村々を解放するだけではなく、解放した人々の窮乏を救うことも考えているバートとヘクターに。そしてそれを承諾したマルコムに。

 同時に彼女は悲しかった。善神ソル・ゼルムは言っていた。こんな善行をしようとしているバートが人間に絶望し、全てに不信感を抱いていると。彼が義務感だけで善行をしようとしていると。彼女はバートの力になりたいと思った。彼の心を救いたかった。

 一方マルコムには思惑おもわくもあった。民衆に恩を売れば、人々は今後も自分たちを贔屓ひいきにしてくれるだろうと。今回は利益にならなくても、今後の利益をもたらしてくれるだろうと。この実利と、そして善なる神々の信徒としての道徳心が合わさって、彼に迷いはなかった。

 善良で割合単純なヘクターはともかくとして、バートはそのマルコムの心の動きを察していた。だがそれを口にする必要は感じなかった。マルコムにも思惑はあれど、善を成そうとしているのだから。

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