第12話 妖魔討滅戦 02

 バートたちはエルムステルの街の騎士団の練兵場に来ている。その場には百人以上の冒険者たちが集まっている。その実力はまちまちだが、バートとヘクターと同等以上の実力を持つ冒険者はいそうにない。冒険者たちはバートとヘクターの二人が気になる様子を見せている。

 その中の一人、かなりの腕前を持っていそうな女戦士が彼らに声をかけてきた。彼女はバートと同じくらいの歳に見え、栗色の髪を後ろでまとめ、勝ち気な印象を受ける。彼女は他の冒険者たちに一目置かれているようで、他の冒険者たちはその様子に注目している。



「あんたたちが噂の静かなる聖者と鉄騎かい? あたしはリンジー。まあよろしく頼むよ」


「私はバート」


「俺はヘクターだ。よろしく。こっちのお嬢さんはホリーで、なかなかの神聖魔法の使い手だ」


「へぇ。お嬢ちゃん、まだ大人になってないだろうのに、立派なものだね」


「い、いえ。よろしくお願いします」



 ホリーは駆け出し軽戦士のような鎧姿のままだ。かなりの強者と言っていいリンジーに声をかけられて、この場の雰囲気もあってひるんでいるが、ただの村娘だった彼女が怯むのも無理はない。

 『静かなる聖者』とはバートの、『鉄騎』とはヘクターの異名だ。彼らは冒険者として活動するうちに、いつの間にかそのような異名で呼ばれるようになっていた。

 彼らはリンジーとは初対面だ。彼女とその仲間たちはバートたちが宿泊している冒険者の店とは別の店を拠点にして活動しているのだろう。エルムステルのような大きな街には複数の冒険者の店があることは珍しくない。


 そうして待っていると、騎士数人が練兵場に入ってきた。一際ひときわきらびやかな鎧をまとった男が一段高まった場所に上る。



「注目せよ! 私はエルムステルの騎士団長、アンドリュー・オードニーである! 諸君ら冒険者に領主様のご命令を伝えるから拝聴はいちょうせよ!」



 エルムステルは騎士団を持つ有力な貴族の領地であり、この街はその中心地だ。

 その貴族は旧王国に帝国が侵攻した時は旧王国の貴族だったが、帝国の調略ちょうりゃくに寝返り、旧王国滅亡後も領地を安堵あんどされた。旧王国領の西部はそのように寝返った貴族たちの領地で占められている。帝国は旧王国を迅速に制圧するために侵攻前に十分な準備をし、旧王都フルムへの侵攻路を確保していた。旧王国は帝国の要求を拒絶した時点で滅亡が確定していたのである。



「この地方一帯で、妖魔共の大規模な蠢動しゅんどうが見られる! この地域においては個々の街や村々に対して数百程度の妖魔共の大集団が多数組織され、攻撃準備をしている模様である! 無論我ら騎士団も妖魔共の討伐に当たるが、諸君らもそこに参加せよ! 拘束期間は一ヶ月であるが、それまでに討伐が完了しなければ追加依頼をすることになる!」



 小規模な妖魔の集団相手ならば、冒険者たちが雇われたり、小規模な軍勢が送られて対処することが多い。妖魔の対処に騎士団が全力で当たるのは滅多にないことであった。

 バートたちはあまり長期間拘束されることは好ましくはなかったが、一ヶ月程度なら容認できた。何よりこれはホリーを戦いに、そして死に慣れさせるために好都合だとも考えていた。



「我ら騎士団は五つの集団に分散し、各地の妖魔共の討伐に当たる! 諸君ら冒険者たちは騎士団とは別行動の一集団として行動し、妖魔共を討伐せよ! 何か質問はあるか!?」



 そこにバートのよく通る声が響く。



「妖魔の集団が多数あるとのことだが、我々は一つの集団のみを撃破すれば良いのか? それとも複数の集団を撃破しなければならないのか?」


「多数の街や村々に妖魔共が攻撃準備をしている模様である! 集団を複数、可能な限り多く撃破せよ! 範囲は領主様の領地のみではなく、周囲の小領主たちの領地も含む!」


「数カ所ならばともかく、それだけの範囲で可能な限り多くの集団を撃破しろと言われるならば、提示されている報酬は過少だ。少なくとも五倍は必要だろう」


「貴様ぁ……いやしい冒険者風情が、領主様のご命令を聞けぬと言うか!?」


「依頼内容に対し、提示されている報酬が過少だと言っている。帝国の法は、冒険者に依頼をする時はそれに見合った報酬を出すべきとしている。依頼者が貧しくて十分な報酬を出せない時、それを承知で依頼を受けることはある。だが領主ともあろう方が冒険者相手に十分な報酬も出せないと?」


「ぐ……」



 騎士団長は痛い所を突かれたとばかりに悔しげな顔をする。

 バートは表情を変えもしない。彼は金にこだわりすぎる男ではない。だが十分な報酬を出す財力があるのに報酬を出し渋るやからの依頼を喜んで受ける趣味はなかった。無論彼はマルコムたちが領主を告発しようとしていることもおくびにも出さない。



「……よかろう。貴様の望む通り、提示した金額の五倍を出そう」


「承知した。だが他の冒険者たちが依頼を受けるか否かは彼らが決めることだ」



 冒険者たちは報酬の増加に歓声を上げる。最初に提示された額でもそれなりのものだったのに、それを大幅に増額されたのだから。それでも適正な額からは少なめかもしれないことをバートは自覚していたが、冒険者たちの多くは気づいていなかった。彼らもここで初めて聞いた依頼内容からすると提示されていた報酬は過少だということには気づいていたが、あまりに大規模な依頼に、どれだけの報酬が適切なのかわかる者は少なかった。

 リンジーたちは騎士団長をいい気味だと言いたげに見ている。彼女らも騎士団長が自分たち冒険者を見下していることには気づいている。だが依頼を受ける価値はないと判断して最後まで聞かずにこの場を去る者は少数だった。バートが取り付けた報酬は冒険者たちにとっても魅力的だったし、何より彼らにも人々を守りたいという意思があった。


 騎士団長が即座に最初に提示した金額の五倍を出すと答えたことは、バートには推測出来ることがあった。領主も報酬自体は帝国の法に従って適切な額を用意しているのだろう。だが依頼者と冒険者が合意すれば、必ずしも適正な報酬額を払う必要はない。そして払わなくて済んだ金額の大部分は領主の懐に戻り、一部はそれに加担した騎士団長たちに入る予定だったのだろうと。百人もの冒険者を雇うことは、豊富な財力を持つ領主にとっても負担は小さくない。節約できるものなら節約したいと思う者もいるだろう。領主たちはそれで冒険者たちの自分たちに対する信頼がさらに失われるなど考えてもいないだろうが、そもそも旧王国出身の貴族たちの多くは冒険者を見下している。邪推に過ぎないし、バートは大半の人間の性根は妖魔共と大差ないと絶望しているから口に出しても無意味と、わざわざ言いはしなかった。

 だが実態はバートの邪推よりももう少し悪質だった。領主は妖魔の討伐を遂行すいこうする範囲の小領主たちから、今回の戦費の多くを徴収ちょうしゅうするつもりだった。エルムステルの騎士団を維持するだけでも膨大な予算が必要なのだから、小領主たちもその程度は支払うべきであろうと。そしてその一部を冒険者たちの報酬にてようとしていた。冒険者たちの報酬を値切れても正規の金額を小領主たちに請求して。つまり冒険者たちに正規の報酬を支払っても、利益を取り損ねるだけで領主の懐は痛まないのである。エルムステルのような大きな街の領主としてはあまりにも姑息こそくだが、領主からすれば冒険者ごときゴロツキ共に高額の報酬を支払うのは馬鹿馬鹿しく、それよりも自分の美術品コレクションを増やす方がよっぽど有意義だという、傲慢で愚かな考えがあった。



「そして依頼を受ける条件として、敵の数が多すぎて攻撃することは無謀と判断される時は、その場は離脱して他の敵集団を攻撃する許可をもらいたい」


「貴様ぁ! 妖魔ごときから逃げると言うか!?」


「数は力だ。妖魔ごときといえども、千体もいればこの人数で攻撃するのは無謀だ。そんな無謀なことをして戦力を無為に消尽しょうじんするより、勝てる相手にぶつけて敵の戦力を削り、大集団相手には味方側戦力を糾合きゅうごうして当たるのが得策だ」


「……よかろう。それも認めよう」



 さすがに騎士団長もバートの提示した言葉を理解できないほど愚かではなかった。彼の言う『いやしい冒険者風情』に正論で返されて忌々しいという感情を隠せていないが。

 冒険者たちも相手はたかが妖魔と見くびっていた者も多かったが、バートの言葉に気を引き締めている者たちもいる。たとえ下等な妖魔相手でも、一対十で正面からぶつかって勝てる者はそれほど多くはない。たとえ勝てても、味方にも多数の犠牲者が出るだろう。



「今回我々は機動性を重視するべきと考える。馬を持っていない冒険者には軍馬とまでは言わないが、せめて乗用馬の支給は求める。食料などの各種物資と、それを運ぶ荷馬車の支給も求める。依頼が終了した後、馬が健在ならば返却するという扱いで構わない。馬が失われた場合はそちらに負担を求めたい」


「……よかろう」


「我々と街の連絡をする伝令役は騎士団から派遣されるのか?」


「貴様らで任命し、我らに報告せよ」


「承知した。伝令役には軍馬の支給を求める。仮に伝令役が途中で敵に襲われても逃げられるようにすることが必要だ」


「よかろう。伝令役用に軍馬を十頭支給する」



 大抵の冒険者は、騎乗戦闘が出来るほどに乗馬に習熟しているかはともかくとして、普通に馬に乗ることくらいはできるものだ。そして徒歩で回るには担当範囲が広すぎる。バートはその馬を用意することを冒険者たちの自腹で支出するのではなく、領主に求めた。なお軍馬は戦場でもパニックにならずに使えるように特別に訓練された馬で、普通の乗用馬よりはかなり高価になる。

 一方騎士団長にもせいぜい冒険者たちを使い倒してやろうという思惑おもわくがあった。彼としても、妖魔共の数が増えすぎるのを見逃していたという失態をごまかすためにも可能な限り早く妖魔共を討伐せねばならず、そのためには少しでも多くの戦力がほしいのだ。そして冒険者たちがあげた戦果も自分たちの功績にしようという思惑があった。バートもそれを察したが、何も言わなかった。


 騎士団長の話を終わり、冒険者たちに前払いの分の報酬を渡すからこの場で待てと言って退出する。後金は冒険者の店に預けておくとも。

 そこにリンジーがバートに声をかけてきた。



「ハハハ! あんたもたいしたものだね! 見たかい、あのいけ好かない騎士団長様の悔しそうな顔!?」



 冒険者たちが一斉に笑い声を上げる。冒険者は旧王国領の特に支配層の人々からは見下されている。それには彼らも人である以上は思うことはある。

 そして彼女らはバートに一目置いた。バートは冒険者たちにとって有利な条件を勝ち取ってくれたのだから。もちろん彼らにも交渉をできる者はいる。だが理路整然と説明して騎士団長にすぐに条件を飲ませることができるかはわからなかった。

 バートはその賞賛の視線を気にも留めない。



「私たち三人はこの依頼を受けようと思う。君たちが受けるかは私にはわからない。どうする?」


「もちろん受けるさ! あんたたちは旧王国領を広く旅してるようだけど、あたしたちはこの地域で活動してるんだし、知り合いも大勢いるんだしね!」


「おう!」


「クソのような領主様のために働く気なんざねえが、気のいいおっちゃんおばちゃんたちもなついてくれるガキ共も見捨てられるかよ!」


「それに今はこれ以外の依頼は出てきそうにないんだよね。報酬も魅力的だしね」



 ホリーはうれしかった。感心できない人たちもいることは認めざるを得ないけれど、やはりいい人は大勢いるのだと。

 リンジーたちが気のいい冒険者たちであることは事実なのだろう。だが彼女たちにとっても、妖魔共が大規模に活動している今、この依頼以外によさげな依頼はそうそう出ないだろうという事情もあった。そもそも妖魔共の大侵攻を防がなければ、彼女たち自身は逃げられたとしても、拠点を失ってしまう恐れもある。



「ではこの場の者は依頼に参加するとして、伝令役を五人決めたい。軍馬は十頭支給されるのだから、半数は予備としてこの街につないでおき、街に報告に来た者が折り返し伝令に出るならば乗ってきた馬は休ませられるようにしたい。実力不足の者をその任に当てるべきと考える」


「実力不足の奴かい? 敵と遭遇そうぐうしても切り抜ける実力がある奴の方がいいんじゃないかい?」


「伝令のために移動中に敵と遭遇したとして、下手に戦って敵を退けようとする者より、全力で逃げて伝令役としての任務を優先する者の方がいい」


「強い奴は戦力として働いてほしいしな。あと伝令役も馬に乗るのが上手な奴だともっといい」


「なるほど。そこのあんたたち! こっちに来な!」


「は、はい!」



 リンジーが呼びかけた相手は、駆け出し冒険者といった様子の若い五人組だ。彼らも一対一なら妖魔とも十分に戦えそうだが、複数を相手に戦うのは厳しそうな腕前に見える。



「あんたたち、馬に乗って隊商の護衛をする依頼を何回か受けていたね?」


「は、はい」


「この地域の地理はなんとなくでも把握してるね?」


「はい!」



 冒険者たちと話していたリンジーがバートたちに振り返る。



「この子たちを伝令役にしようと思うけど、いいかい?」


「私に異存はない」


「この辺りの地理もわかってるなら、伝令役として申し分ないと思うぜ」


「が、頑張ります!」



 バートもヘクターもこの街の冒険者たちがどのような技能を持っているかは知らない。それをリンジーが適切に補ってくれるのはありがたかった。



「あとあんたたち。街に伝令に戻ったら、騎士団の所に行く前に冒険者の店に報告しな。あの領主様と騎士団のことだから、あたしたちの功績も自分たちのものにして、都合の悪いことは握りつぶしそうだからね」


「は、はい!」



 冒険者たちも気づいていた。この街の領主と騎士団長は人格的に信頼は出来ないと。

 そうして彼らは待っている時間、それぞれの役目を決めていく。冒険者たちを指揮する役割は、この場の全員の意見が一致してバートが推挙された。冒険者たちも先程の会話と彼の名声から、彼なら頼れそうだという印象を受けていた。そしてその補佐をヘクターとリンジーが行うことになり、リンジーとその仲間にはバートたちと冒険者たちの意思疎通役としての役割も期待された。

 バートたちはエルムステルの冒険者たちからすればよそ者だ。それで文句が出なかったのは、冒険者たちは基本的に実力主義の者が多いからだ。そして何より百人もの集団を指揮したことがある冒険者はいなかった。しかし彼らはバートが騎士団長と冷静に交渉した姿を見て、そして無謀な戦いは避ける許可を得たのを見て思った。彼ならば自分たちを生き残らせてくれるかもしれないと。冒険者である以上は彼らも死は覚悟している。それでも彼らも無駄に死にたくはなかった。

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