第8話 エルムステルの街にて 01

 ホリーたちはエルムステルの街の西門の前に来ている。門を通ろうとする者は少額の通行税を徴収ちょうしゅうされると同時に、危険人物が街に侵入しないように見張る意味もある。門と言っても堅固な城塞都市という印象はなく、街を囲む城壁はまだ建設途上で完成しているのは全体の数割くらいに見えた。半分以上は本格的な攻撃には耐えられそうにない、狭く人の背丈ほどもない深さの空堀と、それを掘った土を盛り上げた低い土塁どるいと柵がある程度だ。



「この地域の街はどこも防備が貧弱だな」


「前線から離れていることで、領主たちには危機意識がないのだろう」


「前線に近い地方はこことは違うんですか?」


「ああ。いつ魔王軍に攻められても街にもって籠城ろうじょう出来るように、強固な守りが張り巡らされている」



 この貧弱な防備にはヘクターもバートも感心出来ないようだ。ホリーにはこれでも十分強固な守りに見えるのであるが。

 荷馬車はニックとその同僚が操作し、ホリーはバートが乗る馬の形をした動く金属像、ホース・ゴーレムにバートにつかまるように乗っている。ヘクターも別のホース・ゴーレムに乗っている。ホリーがヘクターではなくバートの後ろなのは、戦士としてはヘクターの方が上だから彼の動きが制限されるのは好ましくなく、自分は動きが制限されても魔法が使えるからというのはバートの言葉だ。バートたちが何かアイテムを操作したと思ったらこれが出てきた時はホリーも驚いた。



「でも、このゴーレムって疲れたりはしないんでしょうか?」


「これは魔法の産物だから、疲れたりはしない」



 ホース・ゴーレムの存在は珍しい。一応現在の魔法技術でも作ることは出来るが、相当に高価だ。普通の冒険者が使うのはせいぜいが生きている馬だ。ホース・ゴーレムは生きている馬のように餌を必要とはせず、疲れもせず、頑強だというメリットがある。さらにバートたちのものは必要ない時は小さな馬の彫像にしておけるという機能まであった。このホース・ゴーレムがあるからこそ、バートたちは街から野盗たちがいた場所に迅速に向かえ、ホリーの危機に間に合った。


 門の前には街に入ろうと人々が並んでいる。ニックが荷馬車の操作を同僚に任せ、御者台から降りる。



「バートさん、ヘクターさん、お嬢さん。少々お待ちください」



 ニックは検問をしている兵士たちの元に向かい、懐から小さな袋を取り出して兵士に渡す。賄賂わいろだ。賄賂は帝国の法で禁止されているのだが、多少のことは厳密には取り締まられていない。特にこの地のような旧王国の貴族たちが治める土地では賄賂が横行していた。



「じゃあ行きましょうか」



 ニックが戻ってきてバートたちに声をかけ、門に入るために並ぶ列を無視して門に向かう。ホリーは何故並ばなくていいのかわからなかった。



「そこの冒険者! 止まれ!」



 バートのホース・ゴーレムが門前に来た時、呼び止める声があった。バートがホース・ゴーレムの足を止める。

 声の方には兵士数人に囲まれた役人風の男がいた。その男の視線はバートの後ろのホリーに向けられている。



「その少女に領主様にお仕えする栄誉をやろう。その少女は我々で預かる」



 領主の威を借り、自分が偉いと思いきっている言葉だった。優しすぎるホリーでもどうかと思うほど、それは居丈高いたけだかだった。

 バートがホリーを抱えてホース・ゴーレムを降り、会話する姿勢に入る。ヘクターも自分のホース・ゴーレムから降りてバートに並ぶ。兵士たちは重厚な鎧を身にまと偉丈夫いじょうぶのヘクターに気圧けおされている。

 ホリーはおびえている。役人の粘り着くような視線が野盗たちの下劣な表情を思い出させた。自分をかばうように立つバートとヘクターの背中が頼もしかった。

 ニックはトラブルの発生を察して、事を穏便に治めるために懐から賄賂わいろを出そうとしているようだ。



「この少女は我々の同行者だ。領主相手であっても渡すわけにはいかない」


「冒険者風情が領主様のご意向に逆らう気か!?」



 バートは表情も変えず口調も淡々としている。

 旧王国では冒険者の地位は低く、ならず者同然の扱いを受けることも珍しくなかった。帝国に併呑へいどんされた後も、地域によってはその状況はさして変わっていない。一般民衆レベルではトラブルの解決役として一目置かれているのが一般的ではあるが、特に支配層の側の人々からは見下されていた。

 バートが何かを取り出し、役人に示す。



「て……帝国公認冒険者のエンブレム……」



 役人の表情があからさまに引きつる。


 旧王国と違い、ヴィクトリアス帝国は冒険者たちを重要視していた。帝国や各地の領主の軍事力では対応しきれない問題に対する重要な戦力として。もちろん軍団同士の戦いに冒険者が参戦しても、騎士や兵士と同じような働きしか出来ないであろう。それどころか規律で縛られない分統一された行動が出来ずに戦力としては劣るかもしれない。だが冒険者にしか出来ない働きもある。敵の後方を攪乱かくらんしたり隠密行動おんみつこうどうして偵察したり、敵の指揮官を急襲したり。

 戦争以外にも冒険者たちの働きは帝国にとって大きい。国内を荒らす妖魔たちを討伐したり、国内で活動する魔族を討伐することもある。人間同士のトラブルを冒険者が解決することも多く、帝国の治安に寄与する役割は大きい。そういった働きは騎士団所属の騎士や兵士には必ずしも向いていなく、冒険者たちの独壇場だった。

 しかし、ならず者同然の冒険者たちがいるのも事実。だから信頼できる冒険者であることを証明する仕組みがあった。それがエンブレム。地域の領主が発行することもあるし、冒険者の店が発行することもある。信頼を裏切る行いをした冒険者は発行元からエンブレムを没収されて処罰される。エンブレムを所有する冒険者は信頼できるという証だった。

 そして冒険者として最も信頼できる者という証が、帝国公認冒険者のエンブレムだった。簡略化した帝国の紋章と剣を組み合わせたそのエンブレムの持ち主は、帝国騎士団の騎士隊長と同等の地位を持つ扱いを受ける。かといってエンブレムの所持者も普段から帝国からのメリットを享受きょうじゅするわけではない。定期的に給与を支給されるわけではないし、断りづらい依頼が帝国から入ることもあると、自由な気風の冒険者たちの側からすればわずらわしいこともある。だがいざという時は身分証明など帝国からの支援を受けることも出来た。



「に、偽物に決まっている! こいつらを捕らえろ!」



 役人の言葉に、兵士たちがひるみながらも槍をバートとヘクターに突きつけようとする。

 バートは無感情に告げる。



「このエンブレムの真偽を確かめてもらっても構わない。だがこのエンブレムが本物だと証明された時、君たちがどうなるか考える方がいい」


「お、お前たち、や、やめろ! 通っていい! さっさと行け!」



 役人の表情がさらに引きつる。兵士たちの表情も強ばっている。帝国公認冒険者に難癖を付けて捕らえたとなれば、彼らの方が牢に入れられかねない。もし領主の責任問題にでもなれば、彼らはより重い罰を受けるだろう。

 帝国公認冒険者のエンブレムには偽造防止のために魔法が付与されている。そして偽造した者と偽造品を身につけた者は重罪となる。帝国公認冒険者のエンブレムを偽造することはメリットが少ない割にリスクが大きすぎ、そんなことをする愚か者はいないというのが常識だった。

 バートはホリーを抱えてホース・ゴーレムに乗せてやり、自分もその前に乗る。彼にとってはこの役人についてはもう終わったことだ。人間など妖魔共と大差ない者がほとんどだ。この役人もその一人であるに過ぎない。

 ホリーは思った。バートが人々に対して強い不信感を持っているのは、こんなことが何度もあったからなのではないかと。だからといって、この人が人間全般を悪と考えるのは悲しかった。

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