十二.ウサギのウェネト
年が明けてすぐ、ウッズ先生から
これで準備は万端。後は回り灯籠を完成させるだけだ。
つー訳で、全部の作業が終わったのは、年が明けて間もねえ頃のこと。あの子に頼まれてからおよそ三ヶ月近くかかった計算になる。
果たして
修復中にも確認のために何度か
「ぅわっ」
思わず声が出ちまった。光る魔晶石を中心に、工作台から小さな影絵が生えてた。上へ真っ直ぐシュッと伸びた線の、先端部がもじゃもじゃした影――たぶんニンジンの葉っぱ――は立体的で、童話の挿絵のように一本ずつ等間隔で並んでて、まるで影絵で出来た
影なのに立体的に見えて不思議だなと思ってると、何処からか空の籠を背負った人影が現れた。
試しに動かしたときは、灯篭の枠の部分がなかったからか、単にウサギや人の影絵が見えるだけだった。でもその影絵がここまで動くとか、確かにそこら辺の回り灯籠とは比べ物にならんくらい、凝った代物だ。こんな御伽噺が十一種類――そして失くしたもう一種類。あの子が気に入って何度も見たがる気持ちも、ちょっと分かる。
御伽噺を再生させたまま見る角度を変えると、上下はある程度視点が変わって、上から見ると
それか両者を併用して、光の屈折で動かん映像を作って、催眠で数を増やしたり動いてるように錯覚させてるか。光の屈折は立体を厳密に作らんと映像が破綻しやすいけど、この
もっとも幻像を見せるだけならともかく、それを動かすような高度な魔技は、少なくとも俺の時代の中等部じゃ習わんかった。何しろ見てる人間の精神に干渉する魔技だ、例え錯覚でも動いてると思い込ませんのは簡単じゃねえんだよな……
こんなんを七十年以上昔の高等学生が作ったってマジ。
俺は中卒だから、この
「ヨーちゃん、どうk……あっ!?」
様子を見に来たらしいダグ小父さんも、驚きが勝って言葉が続かんようだ。まさか素人の手作り回り灯籠で、んな仕掛けがあるとは想定外だよな。俺だって思わんかったわ。やっぱベル先生、他人を驚かせんの大好きだろ。
「これ、あの回り灯籠かい? ヨーちゃん
「まだ動くかどうか確認してるだけだけど……」
「いやいや、本当凄いよ、こんな回り灯籠を
凄えのは俺じゃねえ、この
それでも正確に形を再現すりゃ、効果を発揮するのが魔技ってモンだ。駅馬車の
元の
全部、俺じゃねえ誰かの手柄だ。俺の手柄と言える部分は
「でも本当、運が良かったよ。あのときヨーちゃんが
そう、全ては偶然得た幸運の積み重ね。それこそ、奇跡とも言っていいくらいだ。もしかしたら、あの子がそう言う幸運の持ち主で、俺はその幸運にあやかっただけかも知れん。
でも、んな物語の主人公みたいな幸運もこれで終わりだ。こんな仕事さっさと終わらせて、名も無き
例の母親に修復が終わったと連絡すると、工房まで取りに来てくれることになった。ついでに聞いた話じゃ、回り灯籠の元の持ち主だったお祖母ちゃんは、正月前に無事退院して、今は実家で
そんときあの子がお祖母ちゃんに、回り灯籠が
ただ、俺はまだベル先生が言ってた「御伽噺の円盤を二枚ずつ、順番通りに交換しながら入れてみろ」をまだ試しとらん。動作確認のため一枚ずつは試して――十二枚目も――完全に動くことを確認したから、円盤二枚重ねでも動くはず。でもその仕掛けを最初に見るべきは俺じゃねえ、持ち主の母娘だと思ったんだ。
そして引き渡し当日。
「おじちゃん、来たよー!」
「この度は、本当にありがとうございます……」
元気な女の子の声が工房に響いて、母親は真っ先に頭を下げた。
「否、運が良かっただけっすよ。作ったご本人がまだご存命で、しかも恩師の知り合いだったとか、話が出来過ぎっす。でもお陰で、思ったよかずっと早く、回り灯籠を修復することが出来ました」
修復の終わった新品同様の回り灯籠を見せると、女の子が大声を上げた。
「わあーーーっ、これ本当にお祖母ちゃんの回り灯籠!? ぴっかぴかで綺麗になってる! これおじちゃんがやったの? おじちゃん凄いね、まるで魔法使いみたい!」
魔法使い。今じゃ子供向けの童話や御伽噺でしか聞かん言葉だけど、それは魔技手を示す古来からの呼び名でもある。魔技って“技術”が、かつて魔法って“不可思議”だった頃の言葉。
だったら俺も、魔法使いの端くれになるんかな。御伽噺みたいに杖を振って呪文を唱えても、何も起こせんけど。
「そうそうクロエちゃん、これを最初に作ったお爺ちゃんがね、クロエちゃんにお礼を言いたいって
「本当!?」
「どうぞ、奥へ」
工房の隅にある机の、邪魔にならん辺りに二人を招くと、まずは俺の光画板に保存した動画を再生する。ベル先生からの伝言動画だ。
『初めまして、クロエちゃん』
「ウサギさん……?」
画面に映るウサギと人間の合いの子のような姿に、女の子は目を丸めた。そりゃ驚くよな。こんくらいの歳で
『お祖母ちゃんからもらった回り灯籠を、凄く大事にしているそうだね。ありがとう、その回り灯籠は昔お爺ちゃんが作ったものなんだよ。驚いただろう? お爺ちゃんの名前はシルヴァン・ベルって言うんだよ』
「すっごーい、ウサギさんが喋ってる! そっか、あれウサギさんが作ったんだ。だからウサギのお話ばっかりなんだ!」
光画板に食い入る女の子の邪魔にならんよう、俺は母親に小声で言った。
「動画は後で差し上げますんで、良かったらご自宅でまたご覧になってください。あの子がお友達に嘘つきって言われんように」
お気遣いありがとうございます、と母親がまた軽く頭を下げる。俺としちゃ当然だけどな。壊れるまで放置したのは元々、あの子が友達の回り灯籠を羨んだのが切っ掛けみたいだし、新品みたいに綺麗になった、他にゃねえ回り灯籠をきっと友達に見せたくなるはず。そんとき証拠がなくて嘘つき呼ばわりされちゃ、あの子が可哀そうだもんな。
ベル先生が獣人の滅亡に備えて、その存在を後世に伝えようとしたって、こう言うことだよな。俺や持ち主の母娘だけの秘密にせんで、もっと沢山の人に知らせていいんだよな。
そうこうしてるうちに伝言動画の再生も終わったみたいだ。
「それじゃ、秘密の使い方を教えてあげるね。俺も教えてもらったけど、実はまだ何が起きるか知らんのよ」
言いながら円盤を番号通りに並べ直し、魔晶石を入れて回り灯籠を灯す。
「この円盤の、まずは一番を入れてね」
『ニンジンころりん』の円盤を土台の
「それでね、このまま一緒に二番を入れると」
差込口の円盤を取り出さず、そのまま上に『編み笠ウサギ』の円盤を重ねて差し込む。すると、
「わあっ」
影絵に色が付いた。否、それだけじゃねえ。影絵じゃ映せん青空や入道雲、森の木々に土の色まで分かる。そして何処からともなく流れる、
「凄いすごーい!」
驚いて呆然と見てる間に『ニンジンころりん』の御伽噺は終わり、いつの間にか入道雲が消えて黄や赤の葉っぱが散り始め、やがて葉っぱが白くなった。空は灰色で地面も白く染まる。確か次の『編み笠ウサギ』は冬の話……
ちょっと待ってよこれ滅茶苦茶凝ってんじゃん。だってこれを十二種類の円盤全部でやるんでしょ? 何食ったらんなモン作れんのベル先生。
「おじちゃん、次見せて早く!」
そうだった驚いてる場合じゃねえ。
「あ、ごめんごめん。でね、下の一番を抜いて、次の三番を上に入れるんだ」
『ウサギとハリネズミ』の円盤を入れると、今度は『編み笠ウサギ』の影絵に色が付いた。
「こんな感じで円盤を一番から十二番まで順に入れ替えるんだって、あのウサギのお爺ちゃんが言ってたよ」
「十二番?」
あれ、十二番の御伽噺の円盤があるって、俺話さんかったっけ?
「そうだよ。あのウサギのお爺ちゃんがね、クロエちゃんが持ってる御伽噺の円盤が一枚足りんって言って、十二番目の円盤のこと、教えてくれたんだ」
「本当!? 見たい見たい!!」
ってことで、持ち主の
現れたのは一匹のウサギ。包みを肩に担いで、どうやら旅をしているらしい。と、道端で人間の女性が苦しんでる。ウサギが包みからミカンを取り出し女性に与えると、元気になったみたいだ。そこへ子供と医者がやってきて、頭を下げる。医者は帰り、残った子供は頭を下げながら棒状の何かをウサギに渡した。
……何の御伽噺だこれ?
女性と子供と別れたウサギが旅を続けると、立派な屋敷が現れた。屋敷の前にゃ顎髭の人物とさっきの女性と子供。ウサギは招かれて屋敷に入り、ウサギと女性の結婚式……ってこれ、途中が飛ばされてるけど、わらしべ長者か。
そう言やベル先生、後半の七つの御伽噺は
十二の御伽噺がひと続きの物語なら、ウェネトはアドナの王子の東征を導き、『めらめらヶ原』で炎に囲まれた王子が逃れるのを助け、飢えた旅人のために自分の身を焼いて――否、王子を炎から逃がすとき焼け死んだのかも知れん――、ミカンを差し出したお礼に――王子のため自分を犠牲にしたのを神様とかに認められて?――人間の女性を
現実的に考えりゃウサギと人間の間に子供が生まれるとは思えんけど、御伽噺で動物と人間が結婚して子供が生まれるのは、よくある
確実に言えるのは、ウェネトの血脈は現代まで続いてるってことだけだ。例え遠かねえ将来に滅びるとしても。
ただ、夢も希望もねえ冷てえ現実を、今のこの子にわざわざ教えることもねえよな。滅びゆく兎獣人の存在と伝承を次世代に伝えてくれ、っつー重責も。
この子はたぶん忘れんよ。なんたって大事な回り灯籠の作り主と縁が繋がったんだから。この回り灯籠に込められた意味を知るのは、もっと大きくなって、ベル先生や兎獣人のことをもっと知りたいと思ったときでもきっと遅かねえはず。
今はただ、無邪気に影絵で描かれたウサギの御伽噺に夢中になるだけでいい。そうだよね、ベル先生?
……俺も、この子の歳くらいの頃はそうだったな。ただただ、魔技が見せてくれるいろんな不可思議に夢中になって、もっと不可思議を見てえ、やってみてえ、そして誰かに喜んでほしい、そう思ってた。忘れたつもりゃなかったけど、随分と長い間、思い返すこともなかった気がする。
そう言う意味じゃ、この歳になって俺もやっと、子供の頃からの夢をちょっとだけ叶えることが出来たんかな。結局成りてえモンにゃ成れとらんし、自分で考えた
だから、今の俺がこの子に教えるのは、この子の夢を、ちょっとだけ大きくすること。
「クロエちゃん、この御伽噺ね、一から十二まで順番に合わせると、それが大きなひとつのお話になるって、ウサギのお爺ちゃんが言ってたよ」
「へえー、それってどんなお話なの?」
「それがね、俺も教えてもらえんかったんよ。だから、十二のお話を全部合わせたらどんなお話になるか、クロエちゃんが考えて、教えてくれんかな? 俺だけじゃねえ、お母さんや皆にも教えてあげて」
「うん、分かった! アタシお話考えてみる! 出来たらおじちゃんにも教えてあげるね!」
こうして回り灯籠を引き渡し、仕事が終わったかって言や、実はそうでもなかった。
その後、母娘はしばらくしてお見舞いも兼ねて再び実家に行き、お祖母ちゃんに綺麗になった回り灯籠と十二番目の御伽噺や例の仕掛けを見せたそうで、これがお祖母ちゃんの何に良かったのか、体はまだ完全じゃねえけど、頭の方はかなり元に戻ってきたらしい。
ベル先生の伝言動画も見せたそうで、お祖母ちゃんは昔近所に仲良くしてた
あの子、獣人にかなり興味持ったみたいだな。でもあの子、下手したらその話聞くためだけに一人でお祖母ちゃん
それから間もなくあの女の子が「お祖母ちゃんが元気になったし、ウサギさんにお礼言いたい!」と言いだしたとかで、母親が撮影した動画をウッズ先生経由で送ると、ベル先生と遠話することになって、二月に入って魔技手学校に連れてって。
何ヶ月か振りのベル先生は、あのときは使っとらんかった背もたれで体を支えてて、もう来年を迎えるのは無理だろうな、と何となく分かった。
でも、そこで前触れなしに女の子が「十二の御伽噺を全部合わせた一つの話」を披露して、俺たち皆驚いた。その話が
「だって、あのおじちゃんがね、十二のお話をひとつにしたら、どんなお話になるか考えてって言ったの。だからアタシ、一生懸命考えたんだ!」
ええ、そこで俺に振る!?
『成程……ジョーくん、君の仕業だったのか……ありがとう』
うわぁ、嬉しくねぇ……俺は曖昧な笑顔で誤魔化した。これはどう言う「ありがとう」なんだろ。もう魔技にゃ関わりたかねえのに、こんなんで変に評価されたかねえぞ。
そして三月。俺宛に一通の手紙が来た。全国魔技手学校協会……? アリエから来んならまだ分かるけど、んな全国規模の協会から手紙貰う心当たりなんか全然ねえぞ。
とは言え詐欺って訳でもなさそうし。封を開けて手紙を読むと、そこに書かれてたのは、教本の担当者から、今年度分の
教本で
何とかベル先生の封筒を探し出して問題の書類を確認すると、
正直、金は欲しい。喉から手が出る程欲しい。今年度だけでこの金額が、教本の円盤を作るたびに……つまり毎年懐に入ってくるのは、
あの女の子の出会ったのも、回り灯籠の修復を頼まれたのも、
折角の大金をふいにするとか馬鹿だと思うだろ。でも俺はこんなん受け取る方が怖いよ。受け取っちまったらもう一生、魔技から逃れられらんなくなっちまう。頼むから俺をあの世界に引き戻さないでくれ。
でも、この権利や金のこと親父やお袋にゃ絶対言えねえ。そしたらお袋に全額取り上げられて、親父が誰彼なく金のこと自慢するに決まってる。それで変に使い込まれたり、話を聞きつけた誰かに金や権利を巻き上げられたら目も当てられん。大金持ってる奴にゃ、金目当ての糞野郎が寄って来んのが世の常ってモンだ。
だいたい親父は、小卒なのが
糞親父のことはともかく、俺はこの資料ごとアリエに権利を寄付してえってウッズ先生に相談して、その結果、アリエじゃなくて王都にある全国の魔技手学校の頂点、ブヨウ魔技手学校に寄付することにした。
前に魔技手学校は地域の魔技手を統括する組合みたいなモンだって言ったけど、ブヨウ魔技手学校はその総本部に当たる国立校だ。その規模も国内最大で、魔技に関するあらゆる資料を収集保存する総合図書館を擁するから、こう言う資料も永久に保管されるし、将来的にゃ
権利譲渡の面倒な手続きにゃ一ヶ月程かかったけど、これで肩の荷が下りたってモンだ。お袋や親父に知られる前に手放せて、本当に良かった。あの大金は正直凄え惜しかったけど、どんなに金が欲しくても、身の程に合わん
こうして漸く平穏な生活に戻った――相変わらずお袋が働け働け煩いけど――四月の半ば、桜の花も散り始めた頃。呼び出されてダグ小父さんの工房に行ってみると、十歳くらいの女の子を連れた女性が店の奥に待っていた。
「あの……ベルモントさんから、ウサギの御伽噺の回り灯籠、ここで作っていただいたと聞いたんですけど」
そう言や人生は物語とか言った奴が昔いたらしいけど、俺の人生なんぞ、物語にしても全然面白かねえぞ。
小さい頃からあれも駄目これも駄目言われてやりたいこと思いっきりやれんかったし、もう完済したけど親父が商売を思い立って失敗して借金こさえるし、俺の言いたいことは聞かん癖に親父やお袋から愚痴聞かされるばっかで
あ、でも今回のダグ小父さんに押し付けられた回り灯籠の仕事は、ちょっとは面白い物語のうちに入るかもな。忘れんうちにどっかに
『何かキッカケがあったのかは覚えとらん。でも物心付いた頃にゃもう、魔技手になりてえと思ってた。』
(終)
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