中秋影
窓際の箪笥
本編
静かに流れる夜風が、一面に広がる植物を揺らしています。
金木犀の甘い薫も、それに運ばれやってきました。
大空に輝きを悠々と羽ばたかせる円く、大きな月。
水面はその輝きを真っ直ぐに受け止め、歓を返しています。
そんな水面の中に、黒く落ちている影が2つありました。
これは、その影の最後の一頁です。
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花柄の鮮やかな浴衣と、手元から派手に散る美しい色彩の火花。
「花火って、儚いね。」
そして、そうつぶやく君。
細長い四肢、束ねられた長い髪、整った顔立ち。
一歩先に佇む芸術品の彼女、朝比奈玲衣は、妙に大人びていて、妙に切ない。
何処か、寂しげなのだ。
顔だけではない、一挙手一投足全てに隠れているのだ。
例え、その動きが愉悦をあらわすものであったとしても、決して中心に出ては来ないが端にある。
おそらく、心の底から喜ぶことさえままならないのだと思う。
ふとまた手元を見ると、先程まで音を出して飛んでいた色は、仄かな薄黒い灰となって落ちた。
「ねぇ健介、突然なんだけどさ。
私達、今何歳だっけ。」
そう、頬杖をつきながら聞いてくる玲衣。
一瞬、玲衣の瞳が光ったが、その光を二度見ることは許されなかった。
「17歳だけど、一応これで82回目だから、実質99歳だな。」
82。
僕らはそれだけの秋、いや、年を過ごしてきた。
身体には、響かないけれど。
でも、心には消えない水紋が残っている。
ずっと、水は垂れてきている。
「そっか…。」
ため息をつくように、そう言う玲衣。
はじまりは、確か2023年の納涼祭の日だった。
あの晩、盆踊りも終わり、露天も店仕舞を始めていた時。
僕らは見てしまった、満天の星空の下で空を仰ぐ黒い人影を。
僕らは聴いてしまった、その言葉を。
僕らは行ってしまった、居てはいけない、その場に。
深い沼に入るのを止めるように、玲衣は話を続ける。
「もう、99歳か…。
身体こそ若いけどさ、中身は実質ヨボヨボのおばあちゃん何だよね。」
吐き捨てるようにそう言って、いつのまにかハイライトの消えた瞳を暗い地に落とす。
昼飯はいつまだかのう、玲衣ばあちゃん、もう食べましたよ、健おじいちゃん。
なんて言って馬鹿みたいに腹を抱えて笑い合っていたのはとっくの昔。
「いつになったら、終わるんだろうね。」
終わらないかもしれない、そう思っても決して口には出せない。
だって、希望を捨てるわけにはいかないから。
何故なのかなんてことはわからない。
でも、何故か捨ててはいけないと感じたのだ。
刹那、秋の草花達を枯らすような強い風。
そんな強い風に吹かれて、その言葉は瑠璃茉莉の花と共に静かに秋の夜長へと散っていった。
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そして、影は消えていきました。
100回目の水面の揺らぎを合図に。
ここまで愉しげに騒いでいた秋虫達も、唐突な天泣に、家へ帰っていきました。
その天泣で出来た水たまりは酷く濁っていましたが、地を穿つ雨粒はとても優しいものでした。
そして残ったのは、揺れる水面と、その上を濡れながら泳ぐアメンボだけでした。
ー後書きー
なろうにも投稿しております、窓際の箪笥です。
何分、初めての投稿ですので、正直何処をどうすれば良いのか分かりませんでした。
なので、色々変かもしれませんが、どうかご容赦下さい。
なろうで読んだ方はご存知かもしれませんが、これで完結という短いものです。
中秋影 窓際の箪笥 @sobietosume
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