ふしぎな家

yasunariosamu

第1話 取材

「不思議な家って知ってますか?」

同僚のライターYに聞かれた。

「ああ、でも中途半端には、関わらないほうがいい。あそこへ行って帰れなくなったものは多い。」デスクのパソコンから目も離さずに答えた。

「加藤さんは、あそこへ行ってきたことがあるんでしょ。」

「まあ、そうだな。その時も、一緒に行った佐久間君は帰ってこなかった。」佐久間君の顔を思い出そうとしたが、肝心なパーツが曖昧なままだ。ただ、少し猫背の後ろ姿は、はっきりと思い出せる。

「今でも、あの家の中をうろうろしているんだろう。」

「加藤さんは、あの家のことは書かないんですか?」書く?あの家のことを?

「別に存在が否定されてるわけじゃないですよね。あの家。どこにあるかもみんな知ってるし。あそこに行った人、帰ってきた人もそうでない人もみんな知ってる。行きたい人が行けばいいし、帰りたくない人が帰ってこない。でも、みんなあの家がなんなのかよくわかってない。知りたいと思ってる人多いと思うんですよ。」

「あそこに残った連中が、何か書けば読みたいやつもいるんだろうけど。」

「そうなんですよ。私、あそこに残った方々の手記みたいなものをまとめたいんですよ。でも、一人で行くの怖いじゃないですか。」そう言って、こちらをチラリと見た。

「うー〜ん。連れて行くのは、構わないんだけど。あそこにいる連中とは、あんまり関わり合いにならないほうがいい。佐久間君も、そうやってあの家から抜けられなくなった。あの家にいる連中と自分を重ねてしまったんだろうな。」目の前の仕事の手を止めて、水筒のコーヒーを啜りながら答える。

「でも、政府も世間もあの家に行くことそのもをとめないし、あの家を閉鎖したりもしない。それほど危険じゃないんでしょ。」

「家に行った連中は、自分で出てこないだけだからな。連中が、家から出てこないことで、こっちの世界の誰かが困ることもない。それに、社会問題になる程、あそこに残る連中も多くない。」俺の周りでは、佐久間君くらいだ。

「あそこに残る人達に対する興味っていうかな、関心が薄れて行くだけじゃないかと思ってるんですよ。私。実は、かなりの人数が、あそこへ行ったまま帰ってきていない。」完全におしゃべりモードだ。仕事の手は止まっている。

「わかった。わかった。今度の休みにつれてってやるから。いまは、仕事しろ。その締切今日までだろ。」

「了解です。お願いしますね。」そう言って、彼女は仕事を再開した。

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