すみません、聞き取れませんでした
雨上鴉(鳥類)
すみません、聞き取れませんでした
『人を殺したんだ』
電話越し。聞き慣れた声が、そう吐いた。
この憎たらしいほど晴れた夏の日に、震えた様子で。
「あーーーくっそ、夕立か」
クーラーをガンガンにつけて冷やした車で、何もない道を走る。人っ子一人いない田舎の道だ。先程まで蝉の鳴く音が響いていたが、夕立にかき消された。
「おーい、冬樹!起きてるか?もうちょいで着くからな」
誰もいないのをいいことに、法定速度を無視した速度で走る。後ろの座席に座る幼なじみ──冬樹に声をかけたが、返事はなかった。バックミラー越しに見た彼は、疲れた顔で眠っていた。
「ま、寝れてるならいいか。着いたら起こせばいいし」
昨晩ずっと寝られず泣き続けたのだ。移動中くらいは寝かせておこう。
夕立は酷くなっていく。雷も近い。俺が運転する車は、どんどん人気のない山奥へと進んでいく。
俺たちは、共犯者になる。雑に検索した方法で、死体を埋める、共犯者に。
俺と冬樹は、いわゆる幼なじみだ。家は隣だし、歳も一緒。大学まで一緒になるとは思ってなかったが。記憶の一番古いところでも、冬樹が隣にいないことはなかった。そのくらい、ずっと一緒にいる。そんな彼を、駅前で待っていた。新作の映画を、一緒に観に行く約束をしたのだ。
ふと感じた視線に、後ろを振り返る。そこには誰もいなかったが、やけに嫌な感じが残った。
「またか」
ここ数日、俺は粘着質なストーカー被害に遭っていた。昔から変なやつに好かれるのか、たびたび似たようなことはあったが、側に冬樹がいたから、なんとか生きてこれた。気持ち悪い手紙も、送りつけられる盗撮写真も。全部全部、冬樹がなんとかしてくれた。
──それなのに、どうして。幸運はあいつに味方をしないのだろうか。
「ん?電話だ。冬樹?」
LINEの着信音が鳴る。相手は冬樹だった。これからすぐ会うのに、一体どうしたのだろう?
「もしもし、冬樹?なんかあったのか?あ、もしかして待ち合わせ遅れそうとか?」
『まふゆ』
「……冬樹?」
電話越しの冬樹の声は、震えていた。普段の低音の穏やかな声が、このバカみたいに暑いはずの日に。
『どうしよう、真冬。おれ、どうしたらいいんだ?』
「ちょ、大丈夫か冬樹?何があったんだよ。説明、できそう?」
いつも冷静な彼が、こんなに錯乱した声を出すなんて、ただ事じゃない。俺は静かに、次の言葉を待った。
『人を。人を、殺したんだ』
駅前の雑踏がかき消えた。
「外あっつ!雨まだ降ってるけど、腐る前に埋めたいよな。おーい、冬樹、起きろってば。着いたぞ」
目的の場所に車を停めて、エンジンを切る。後部座席の幼なじみをゆり起こす。
「う……うん。あ、真冬?」
「そーそ、真冬だよ。お前の親友のな。着いたぞ。って言っても、めっちゃ雨降ってるけどな。どうする?止むの待つか?」
本心ならもっと寝かせておいてやりたい。けれど流石に、今からやることは一人では無理がある。何より、俺が一人で成し遂げてしまったら、今後彼が苦しむ。そう思った。
「いや。すぐにやろう」
目覚めた彼は、存外はっきりした声で応えた。こちらを見る意思も堅い。
「はは、そうこなくっちゃな!荷物出そうぜ」
100均のレインコートを着込んで、トランクから荷物を出す。少し離れたところに穴を掘りながら、雑談をする。少しだけ止み始めた雨は、それでも冷たかった。
「にしてもさー。まさかぐーぐる先生も、死体の埋め方ーなんてググられると思ってなかっただろうな!」
「本当にな。しかも、それなりに方法が出てくるのも驚いた」
いつものようにスマホのAIに問いを投げた。「okグーグル、死体の埋め方」と。
そのスマホももう、既に太平洋の底だ。二人で行った思い出の場所の写真も入っていたけれど、仕方ない。
「よし。こんなもんだろ」
一人分の死体を埋めるだけの穴を掘った。ブルーシートで包んだ物体を、放り込む。さっさと土を戻して、作業は終了した。
「あんまり気に病むなよ、冬樹。お前は、何も悪くない。……何も悪くなかったんだから」
「……真冬」
冬樹は、また泣きそうになっている顔のまま、笑った。
埋めた死体は、俺のストーカーだった女だった。俺の隣にいつもいる冬樹が、憎くてたまらなかったのだろう。包丁を持って、冬樹の前に現れたのだという。馬鹿なことだ。冬樹を殺したところで、俺の隣にお前は立てない。
「なぁ、冬樹。腹減らね?」
「え?」
俺はにっこりと笑う。いつも冬樹が俺にしてくれるように。
「さっきちょろっと調べたんだけど。この山越えた向こうにさ、すっごい美味いラーメン出す屋台があるんだってよ。それ食おうぜ!」
「え、えっと?」
「あ、あとさ。このまま日本海側に抜けて。天文台があるとこ行きたい!でかいプラネタリウムもあるって話だぞ、楽しそうだな」
突然関係のない話をし出した俺に、戸惑う幼なじみ。そりゃあそうだ。死体を埋めた後にする話じゃない。でも、これは。今の俺たちに必要なんだ。
「なぁ、冬樹。俺、やりたいことがいっぱいあるんだよ。もちろんお前とな!だから、それ全部やろうぜ!お前がやりたいことも、俺もしたいことも!それでさ、ぜーんぶ成し遂げたら」
真っ直ぐ冬樹を見る。俺より背の高い彼の目は、いつも藍色だ。
「きっと、その頃には冬が来るから。──その時、一緒に死のうぜ。ここじゃないどこか、遠いところで」
「真冬……」
優しいお前を、罪人にしたのは俺だ。俺が隣に居なければ、きっと今頃。温かな家で、テレビでも観ながら。ただの日常を過ごしていたはずだった、優しいやつ。
雨が止む。一番星が、空に昇っていた。藍色は、頷いた。
これは、これから始まる俺と幼馴染の、冬が来るまでの物語だ。
すみません、聞き取れませんでした 雨上鴉(鳥類) @karasu_muku14
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