突然押しかけてきた王子さまの妃になって、気づいたら溺愛されていました〜なお、城の一角で料理屋を開いていいそうです〜
空岡
第1話 妃に命じられました
「ソナタをわたしの妃とする」
「なんで!?」
唐突に告げられたそれに、街の料理屋を営むアリアは大いに困惑した。目の前にいるのはこの国の跡取り、第一王子のトイである。
銀色の髪に金色の瞳、誰もが振り向く美貌の王子は、隣国の姫やこの国の大臣の娘、はたまた国一番の美女まで、様々な女性からの婚姻の申し出があるというのに、そのすべてを断ってきたいわくつきの王子なのである。一部では、トイ王子は女に興味がないのではとささやかれたものだが、どうやらそれは単なるうわさだったらしい。
だとしても、だ。なぜ街の料理屋を営むアリアを嫁に欲しがるのか、アリアにはまるで分らなかった。寝耳に水である。
そもそも、アリアは貴族でもなければ、おおよそ魔力や魔法なんてものもうまく使えない。いや、一応魔法は授かってはいるのだが、それらはトイにとってなんら役に立つスキルではないとアリアは思っている。
「明日迎えのものをよこす」
「いや、だから王子さま。私がなぜ王子さまの妃に?」
「……理由が必要か?」
トイは冷徹な王子だと常々噂されていた。舞踏会では相手の女性を泣かし、好意を伝えてきた女性を冷たくあしらい。
おおよそアリアの知る王子とは、そんな恐怖の対象であった。
「ソナタの料理の腕が欲しい」
「え。だって、王子さまのお城には、私なんかよりもっと腕の立つ料理人がいるでしょう」
「そうか?」
冷たい目がアリアを貫いた。
ことの発端は、この王子がお忍びでここ、アリアの料理屋である『小料理屋 磯』を訪れたことに始まる。
やたら不審な客が来たとはアリアも気づいていた。体躯を隠すようなマントと、フードを深くかぶった男。さらにその男を警護するように、何人かの屈強な男たちが腰に剣を携えてこの小料理屋に入ってきた。
職業柄、そういう客はたくさん見てきた。そのあしらい方だって心得ていた。
料理がまずいと文句を言われたら、お代を断りかえってもらうことだってあったし、見たことない料理を出して「国家の反逆罪だ」と言われたことだってあった。しかし、アリアの料理を口にすれば、誰もがなにも言えなくなる。見たことのない料理は、だが舌が馬鹿になるほど美味いのだ。
アリアには魔法の力がある。しかしそれはいわゆる外れスキルだった。
食べたものを分析する力。
すなわち、アリアは食べたものの材料や調理法を瞬時に分析し、再現することができるのだ。
しかし、最初からそうだったわけではない。アリアは確かに食べたものの分析はできる。だが、再現できるようになるまでに、料理の腕を磨く必要があったのだ。
アリアは齢二十歳にして、二十の国を旅してきた。アリアの両親は幼いころに死別し、アリアは親戚の家をたらいまわしにされてきた。
いっそ、ひとところにいるよりは、旅をしたほうが気が楽だった。
だからアリアは、十二の時、この国を訪れた旅人とともに、世界中の食道楽の旅へと繰り出したのだった。
翌日。
馬車がアリアの料理屋兼自宅の前によこされて、アリアはとうとうあきらめた。
なにがあの王子の琴線に触れたのかはわからないが、どうやら自分の人生はここで終わるらしい。
「お迎えに上がりました。アリアさま」
「あの、さまとかつけなくていいです、し」
「そうは行きません。さあ、お乗りください」
馬車なんて、乗ったことがなかった。
ガタゴトと馬車に揺られながら、アリアは自分の人生を回顧した。こんなことになるのなら、もっとたくさんの国の料理を食べて回るんだった。
城について、風呂に入れられて、コルセットをきつく回された。そして、窮屈なドレス。
「王子さま……」
身支度を済ませたアリアは、召し使いに促されて渋々王子に挨拶に行く。かっちりとした服を身にまとい、王子は書斎で政務に励んでいるようだった。なにかの書類を読んでいる。
「ソナタは下がっておれ」
「かしこまりました」
召使を下がらせて、さて、アリアは覚悟した。人払いをしたということは、ここでようやく王子の『本当の姿』が見られるに違いない。本当は偽装結婚の相手にアリアを選んだとか、本当はアリアの料理の腕なんてどうでもいい、だとか。
そっとトイが立ち上がる。
書類をテーブルに置いたまま、足音もなくアリアのそばまで歩いてきた。
どっどっどっど。アリアの心臓がわなないた。
「……え?」
「ようやく、ようやくソナタを傍に迎えることができた」
しかし、アリアの予想に反して、トイは予想だにしない行動に出た。抱きしめられたのだ。そして、あの冷徹非情とうたわれる王子に似つかわしくない、甘い声。
「え。えええええ!? 王子さま、なにか勘違いを」
ぎゅう、と押し返しても、トイはアリアから離れない。より一層強い力で抱きしめられて、トイはアリアをいとおし気に見下ろしている。
「ええ、王子さま、あの」
「良い。ソナタを囲うのは、わたしの単なる一目ぼれ故。不便があったらなんでも申すがよい」
「え。一目ぼれ?」
それは、アリアに対してか、アリアの料理に対してか、アリアは怖くて聞き返せなかった。
「すまぬが、今日は政務が残っている故。また晩餐で会おう」
「あ、はい」
なにがなんだかわからなかった。アリアはトイに会ったことなんてないし、ならば、トイはアリアの料理に惚れた、と考えるのが自然だった。
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