救荒の果てに

救荒の果てに

 閉鎖的で虚ろな空を照らすように花火が続々と打ちあがる。

 次第に色彩が生まれだす花火を眺めている隣の彼女に問う。

 「ねえ、私ってほんとに生きてるの?」

 我ながら突飛な質問だと思う。でも、なんだか聞きたくなった。

 彼女とここにいる実感が欲しかった。無性に生が怖かった。

 「もう、何言ってるの?生きてるにきまってるじゃない。ほら、私の心臓の音、聞こえるでしょ?」

 『貴女、実は幽霊だったの?』と微笑みながら彼女は私の手を取り、鼓動を感じさせる。

 酷く落ち着いた彼女の鼓動は何も感じさせない程だった。

 形骸化した例年通りの花火から感じるものは何もないのは確かだが。

 ましてや、囚われの私たちにとって映る世界はただの背景だ。

 花火の残響すら感じないのは、彼女という存在を無理矢理意識させられているからだろうか。

 彼女を感じている時だけが私の存在が確立されるようで、嬉しくも悲しくもある。

 それはまるで浮遊霊のようでいつか霧散してしまう。

 でも、きっとそれは彼女も同じで、だからこそ互いを補い私たちは共存できている。

 「どう、生きてる?」

 心配するような、揶揄うような笑みを浮かべながら聞いてくる。

 「わかった、わかったよ。生きてるよ!」

 彼女はいつもこうだ。私を揶揄ってくるのだ。それが鬱陶しくも愛おしい。

 「貴女の鼓動も聞かせてよ。」

 耳元で彼女が囁き、闇夜でも艶やかな彼女の髪が耳を掠める。

 今鼓動を聞かれるのはかなりまずいが、浴衣が邪魔で上手く動けない。

 逃げることは叶わず、迫る彼女の手を甘んじて受け入れた。

 しばらくして、彼女は以外にも何をするでもなく引いていった。

 少々驚いたが、一息吐き呼吸を整える。

 「貴女って、意外とビビりよね。」

 不敵な笑みを浮かべ、またしても私を揶揄う。

 「え、まあ、そうかも。ここちょっと危ないし。」

 我ながら無様な誤魔化し様だと思う。

 でも、彼女が私を揶揄うとき、いつも逃げ道が設けられているように感じる。

 誤魔化す癖を利用して誘導させられているような感じだが、それもまたいい。

 消え入りそうな声で何かを呟く彼女は儚く寂しげで、繋ぎ止めないと何処かへと行ってしまいそうで。

 「どうしたの、いきなり手をつなできて…」

 気づけば彼女に手を伸ばしていた。決して手放さないように手と手を絡めて。

 言い逃れができない状況で思考が彼女で埋め尽くされる。

 止まる思考とは裏腹に加速する花火はもうラストスパートを迎える。

 彼女から目を離せない、離してはいけない。

 それでも、これはきっと親愛の言葉。

 「貴女が好き。」

 花火の鼓動ですらかき消すこの言葉を彼女に伝える。

 静寂が場を包むどれだけ時間が経ったのだろうか。

 夜空に光は無く、ただ硝煙が空を覆っていた。

 突如として、彼女がベンチから離れ崖際にむかう。

 必然的に私も彼女に着いて行く。依然として、手は繋がったまま。

 「貴女、花火は好き?」

 「うん。色鮮やかで、大きくて、綺麗。」

 粋な返事はできなくて、虚飾の言葉を並べた。

 「そう。ごめんなさい。私はそうは思えない。花火はまるで私みたいに虚栄に満ちている。それがとても醜くて、気持ち悪い。」

 空を見上げながら語る彼女の表情は掴みどころが無く、弱弱しい灯だった。

 「私も貴女も虚栄ばっかり。薄ら寒むくて、それでもあったかくて。」

 「始まりがわからないほどに、私は貴女に溺れていた。それでいて、骸のような私を好いてくれた。いっそ溺れ切ってしまえば楽なのかな。そうしたら、貴女も私も救われるのかな。」

 今にでも崩れ去りそうな彼女を繋ぎ止め、抱き寄せる。

 一寸先の彼女に掛ける言葉が見つからない。

 私も彼女もここが現世かも彼の世かもわからない。

 日々希薄となる世界を共に歩んできた。

 私も彼女も世界が霞んで見えていない。

 きっともう何かをする必要はないのかもしれない。

 虚ろが二人、往生していると、空が揺れた。

 それはサプライズの花火が打ち上がったためか、はたまた彼女が投身したせいか。

 私は驚きを表すでもなく、ただ彼女を見つめ、接吻をした。

 彼女もそれに応じ返した。

 永遠にも感じるそれは刹那の時で、未だ、花火は咲いていない。

 「ねえ、目を閉じて、これから言うことをよく聞いて。」

 諭すような声に逆らえないまま瞳を閉じる。

 「私と貴女は好き合ってしまった。引き剝がされど、また繋がり直した。でも、それは間違いで、許されなかった。」

 「私たちは赤い糸で繋がってる。それは誰に何度切られても、何度でも紡がれる。でも、貴女が手放したらそれまで。だから、私の手をいつかは離してね。これは忠告よ。」

 死の淵ではにかむ彼女が何を言っているかわからない。それでも言葉が出ない。

 「そしてこれは私の願い。どうか、私を忘れて、糧に喰らって生きて。」

 「これは、貴女への贖い。いつか、目を覚ましてね。」

 空には一面の彼岸花。地上に星の瞬く冠菊が咲いていた。

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救荒の果てに @jankv

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