血濡れ亡者の夏休み~若者たちの戦慄

龍丼

暗愚の山道にて

 「地努例ヶ浜に海水浴と肝試しに行こうぜ」

 それは大学生の夏休みもまもなく終わる時期。

青春に食い残しは厳禁だと息巻く髪を多彩に染めた若人たちは、夏の熱気に浮ついたような行楽を計画していた。

海水と怪談で暑さと退屈をしのごうという算段である。


 件の浜は、その条件の良さのわりにトップシーズンでもさほど人が寄り付かない。理由は二つで、一つに「海水浴場なら、都心部からより近くて便利なところがある」こと。

そしてもう一つは、浜にまつわる怨霊がでるという怪談話を恐れ、現地の人々が遊泳客をあまり入れたがらないことだ。


 しかし、ここで企みをするような好奇心はあっても警戒心はないような手合いにとっては、こういう話はむしろ好都合であった。

怨霊さえ気にしなければ、いい波と綺麗なビーチを邪魔もの少なく堪能できるというわけだから。


 そして当日。4人の大学生は前日に先輩から借りたボックス車に遊び道具を積み込み出発する。

無論その前に酒盛りを忘れない。

「テッちゃん運転できんの?朝から瓶で生ビール入れちゃって……」

「ま、だいじょーぶ!おれ、酒は強いからさ!」

テッちゃんと呼ばれた運転手は顔を赤くして、気を大きくしてこの返事。こんな調子で大丈夫かとため息をつくのは、問うた紫色の髪の女子。


 かくして、その不安は現実のものとなる。

「ちぬれ……はこっちだよな」

「地努例はそっちであってる……はずなんだけど……」

カーナビの表記は狂い始める。何度も何度もいびつな道にルートの改変を繰り返す。昼には着くはずの算段だったはずなのに、空の端にはもう紫と橙が侵食する。

「いくら何でもこんな山道聞いてないって!」

車は標識も目印もない、暗い山道に進んでいる。

海を楽しむどころの騒ぎではない。

「もー適当な人里にさっさと出ようよ!」

「それができたら苦労しねえよ!」

外が暗くなる様子に合わせ、社内までもが暗く険悪になっていく。

昨日から今朝、怖い話など平気の平左と思いあがった彼らに今やその様子はなかった。


 「おい!なんだあいつら!」

 不意に車の前に見えたものは、不気味な光とともにおぼつかない足取りで歩いてきた女性の群れである。

そういえば地努例の怪談でも、浜の怨霊とはちょうどこんな女の亡霊の話であった。

車のライトに気が付いたそれらは、車にまとわりついてくる。

「乗せてくれよ……」「乗せてってよ……」「乗せて頂戴……」

普段の彼らなら、こんな得体のしれぬ女の群れなど構わず勢い任せに車で跳ね飛ばし、具合のいい武勇伝、酒の肴にするところである。

しかし今や恐れに染まった彼らにそんな発想はない。拒めば呪われる。殺される。

「トランクの隙間でいいならいいよ、乗んなよ」


 「ここ直進、次のキャンプ場看板を見ながら左。」

 乗せた女の一人、黒服の女の指示に従い、テッちゃんはハンドルを切る。

山道に入って数時間。すでに空に星々が見えている。

しかしこの不気味な女達を乗せたら嘘のように奇妙な道は終わりを告げた。

「白里村駅前通り……助かったんだ!俺たち!」

程度のいい宿と飲食店が並ぶ、人里の大通り。往来に行きかう人々と車、人工の灯り。

安寧への帰還を確信した彼らは、ようやく怨霊の正体を見る。なんということはない。ただの人間であった。


 そんなことで、助かった実感から一転腹の減った彼らは、酒盛りにうってつけの鉄板焼きの店を見つけて一杯やることにした。無論、山中で拾った面々も一緒である。

「見たとこ大学生でタメだとおもうけど、どこ大?」

「聖レルモンド大だよ!」

「うわー、もう響きがお嬢様だ!」

「それなりに偏差値高いけど、一応男女共学だぞ。あ、店員さん、スナック麺もんじゃと海老玉お好み、追加で」

「ちっこいお嬢様も、ほら、あーん」

「こっちはビール!そこハイボール二つ!」

さっきまで呪われるだの祟られるだのとビビり調子で青ざめていた連中は、今や上機嫌だった。酒と粉ものですっかり膨れた胃袋を抱いて彼らは、いよいよ本来の行き先がどこであったかも忘れる具合である。


 空の月にも似たようなお好み焼きを若人が囲むそのころ、山を二つ三つと隔てて向こうの旅館の縁側。月明りの海を遠く眺めるその場所に、黒い袖なしの引きずる衣に白い牙を持つうつろな少女がたたずんでいた。

「せっかく若い血肉が来るというなら取って食ってやろうと思ったのに。その中に可愛いのがいたら、死者の世界、吸血鬼の国に連れてってやる予定だったのに」

不満に満ちた声に、女将はなだめつつ、丁寧に切り分けたスイカを差し入れる。

「残念でしたねえ。まあ、大方地名を間違えたのでしょう。地努例ヶ浜はこちらでも、知濡高原は都心から見てずっと遠い別のところになってしまいますからね」

「ま、いいわ。今日はこのスイカをあいつらの生き血の代わりと思うことにする」

不気味なこの少女はわざとらしく血色の裏地を持つ衣を妖艶に翻し、吸血鬼が魅了した獲物にするように牙を立ててずるずるとやる。その艶姿に魅せられたとでもいうつもりか、蝉が一斉に騒ぎ出す。

「蝉も若者も、騒がしい生き物だけど……短命ゆえに喚くのかしら?」

「蝉は七日ですが、若者はそうとは限りませんよ」

そんなやり取りを経て、何を思ったか怨霊の正体たる少女は立ち上がり、

「行先くらい覚えとけ、バカヤロー!」

と叫ぶ。

「騒ぎたがる若人の気持ちはわかりましたか」

女将の呼びかけに、少女は鼻で一つ笑う。

「試してみたけど、やっぱりわからないものよね」

そんなやり取りののち、スイカを平らげた少女。

「スイカ、ご馳走様、また来るわ。」

そういって暗がりに消える少女。

「心だけなら、あの子も若い子たちも変わらないんですけどねえ」

女将はそうつぶやくと、風鈴を一つチリンと鳴らし月へと飛び去る蝙蝠を見送る。


 夜空に秋口の星座は並べども、暑さいまだ去らぬ。そんな時期の話であった。

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