辺境の魔女はその瞳に星を映す
星乃
第1話 辺境の魔女
開け放った窓に腰掛け、湯気がたっているであろう温かいマグカップに口をつける。甘さと渋みの合わさったその味を感じながら、空を見上げた。
私は二十年前、視力を失った。魔力のおかげで空間は把握できる。色がなく、映像のように明瞭とまではいかないけれど、自分の周りがもやのかかった状態で頭の中に広がっているのだ。そのおかげで、どこにどんな形状のものがあるのかは分かる。
けれど、人の表情や細かいものは把握できない。私の頭の中には、それらが灰色で塗りつぶされたように霧がかかっている。
使い魔の猫がいたけれど、そんな状態では異常があっても気づくことができないから手放した。信頼できる人に託したから、今頃はここにいるより幸せに暮らしているはずだ。
夜の生暖かい風に吹かれながら空に手を伸ばす。
何も見えない濃い霧に手を伸ばしているようだった。……そこには目映い光を放つ星空が広がっているはずなのに。
あの光をまた見たい。幼い頃ずっと私を励ましてくれた、あの温かい光を。
しばらくずっとそうしていて、気が済むと窓から降り、背を向け寝室に向かいながら魔法で戸締まりをした。
見えないと分かっていても未練がましく、毎夜こうして空を見上げている。
翌朝、足りない食料を買い込むため近くの村へと赴いた。買い込むというよりは、分け与えてもらうの方が正しいかもしれない。
私の住まいは辺境にあるため、自家栽培をしていても足りないものが出てくる。そういう時に昔から懇意にしている店で、人の手では出来ない作業をする代わりに余ったものを分けてもらっているのだ。
客には出せないものをもらっているはずなのだが、調理するといつも新鮮な味がする。こちらがそこまで見えないのを良いことに、厚意で新鮮な物を持たしてくれているのかもしれない。
何日かかけて身体が覚えている道のりを歩き、派手な飾りと思しき形の物を確認すると扉を開ける。カランコロンと鳴って、客のざわざわした話し声が聞こえてくる。
今日も相変わらず盛況のようだ。
「あっ、魔女さん!ちょっと待ってね、アルちゃんに頼んで用意してもらうから」
「いや、客の入りが落ち着いてからで構わないよ」
店長の言葉に首を振れば、後ろから快活な声で呼ばれる。
「魔女さん!」
振り返った途端、勢いよく抱きつかれた。彼女はリース。何故かいつも私の訪問を心待ちにしてくれている、この店の常連客だ。
「今回は会えて良かったー。魔女さんったら、いっつもすぐに帰っちゃうんだもん」
「……用が済んでもここに長居したら迷惑だろう」
事実を言っているだけなのにまるで言い訳をするように目を逸らしてしまった。
「そんなことあるわけないよ!もういっそのこと、あんな寂しいところに一人でいないで、ここに引っ越してこれば良いのに」
駄々をこねる子供のように私の衣服をぎゅっと掴んでゆらゆらさせるリースに、私は黙って苦笑することしか出来ない。
リースからは会う度に言われているが、店長や給仕のアル、他の常連客まで時々そのようなことを口にする。そのどれもに、私は肯定も否定もせず、ただ黙っていることしか出来なかった。
私はあの辺境から離れるつもりはない。けれど、はっきり否定することは臆病な私には出来なかった。
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