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「ほら、おっさん! 足動かさないと転ぶよっ!

 ああ、床は波打ってるけど壁は大丈夫だから壁を走って移動し続けて!足動かしてっ!」

「いや、岳っ、それ人間ができる事じゃないから!」

「大丈夫っ!ここはダンジョンだから猫でもできるから!

 人間が猫以下ではない事を証明しましょう!」

「にゃっ!!!」

「あああ、分かりました!軍曹分かりましたから!

壁を走りますから足を噛まないでください!」

ついに緒方が泣き出した。

「くっ、我々はあの魔象と戦っているのに背後から味方からも襲われるのかっ……!」

 壁から落ちて波打つ床で倒れていた加藤が猫の尻尾にはたかれて壁に張り付いたのを見てしまった。

「伴さん頑張ってー。

 せっかく手に入れたマゾシューズとか貸したマゾ牙の剣とか有効に使ってー」

 全く応援をする気のない抑揚のない声の人物の相沢は壁に剣を突き立ててその上にしゃがんで俺達を見下ろしていた。

「剣をそのように使っておいてなにを使って戦えとおぉお?!」

 視線には剣の刃と靴の底。

 一瞬脳がバグるもそれ以上に言葉が飛び出したものの

「最後は肉弾戦? 実力行使は得意でしょ? 足りない部分は千賀さんの足技見て勉強して?」

 とことん温度のない声。もうちょっと優しくしてほしい以前に優しいという温度が欲しい。

 そんなものは一切くれてやらないと言えばそれを合図に片腕を失ったダンジョン対策課元隊長千賀が駆けだして、巨大な魔象を相手に顎を蹴り上げた一瞬浮いた体。

いつの間にか天井に足をついていた千賀はそのまま首を狙って踵を振り降とし、最後にいつの間にか手にした剣を痛めただろう首に突き刺して、もう一度天井に足をつけてからの膝や足首と言った全身のバネを使って思いっきり壊れる事のない天井を蹴った勢いのまま剣を深くその場所に埋め込ませていたと同時に反転させて動脈と気道を寸断させていた。


 見事……


 鮮やかなまでの一瞬の間をおいて苦しそうに悶えだした魔象もやがて身動きが出来なくなり

「早々に真似出来そうにないな」

「千賀さんの努力が早々真似出来てたまるか」

 素晴らしいと言えばどこか嬉しそうな声で言いながら魔象を収納した所で悪魔は言った。


「もう一度やるぞ!

 マゾを一人で余裕に倒せるようになればこの先想定外以外なら問題なく対処できるからな!」

「「「「「おうっ!!!」」」」」

 まさかの努力の集団。

 見た目だ判断してすみませんと言うしかなかった。


「雪、壁走りを教えてやれ!

 千賀さんと工藤は対マゾの肉弾戦の方法を。それとは別に伴さんは武器の扱いを花梨頼む!」


 まだやるのか!!!


 声には出さなかったけど加藤と緒方と心の声の悲鳴が一致したような錯覚。

 いや、確実に一致した。

 その証拠に少しの恐怖の色を交えながらお互いを確認。

 こんな奴らと一緒に戦うのか、そんな恐怖を覚える合間にも


「にゃ、にゃ、にゃーん♪」


 俺よりはるかに小さな猫によって強制的にダンジョンの階段を引きずられるように連れていかれてからのダンジョンのリセット。ひょっとして練習より実践で覚えろと言う派閥なのか?!

 命は一人一つしかないのだぞ?!なんて言う間の許されないまま


「お疲れ様です。今回は5分持ちましたよ」


 さわやかな笑顔を作って見せてくれた橘が俺達の言葉を許さない。

 だけどその瞳は情けないという所。

 たぶん俺達が5分で倒した、ではなく5分でリタイアしたという遠回しな嫌味を持っての事。

「マゾシューズばかり1ダースそろえても意味はありませんからね。美味しくないし。

 皆様が強くなるためにいくらでも付き合いますが、そろそろ帰還後のお土産集めはほどほどにしましょう」

 なんて聞いている方が情けなくなる嫌味……

 穴があったら入りたいとはこういう時の言葉だと思い知る。


「完全に根にもたれている」

「一番敵に回してはいけない相手を回してしまった……」

 

 偏差値なんて意味のないレベルが物を言う地上とは違うこの世界のヒエラルキーの頂点に立つ男は我々の背後に立ち、白い悪魔に命令をくだした。


「雪、やれ」

「にゃ!」

「「「うわあああぁぁぁっっっ!!!」」」

 

 これ以上とないくらいの楽しそうな返事で開かれた扉に俺達を容赦なくつき落し、両手両足の指では足りないくらいリピらされる訓練。

 誰もが雪軍曹と崇め奉る猫の存在に俺達もいつの間にか両手両足をついて崇めるようになるとは……

 

 人生何が起こるかわからないというものだろう。

 身に染みて理解した。




「って言ってもさー、15階に時間取られすぎー」


 意味わからないというような相沢の声。

 反射的にはムカつくが、魔象相手に半日を費やしたのは反省するところだろう。

 戦闘時間に対して俺達の心が置いて行かれないようにしっかり休憩時間と栄養補給、いわゆるご飯をしっかりと食べさせてくれたのだ。

 味気ない携帯食ではなく暖かな彩溢れた結婚と同時に、いや、子供の頃にお母さんが用意してくれたご飯を思い出すそんな安らぎ。

 涙ながらに食べたご飯のおいしさとメンタル的に疲れて倒れそうになった瞬間自分の匂いある布団と枕。

 休憩するにはそれ以上とない癒しの空間での安心を用意してもらった所での現実。

 ここまでしてもらって未知の敵への恐怖はやがて薄らいでいき……


 


 やっと許されて足を踏み込むことになった未開の世界。

 襲い来る敵は魔象よりたやすく屠る事は出来て……



 一瞬姿をくらませた雪軍曹に案内されるままついて行った道のりで見た世界は何処か見覚えのある様な、でも現実に見た事のない知っているような知らない世界に少しだけ恐怖を覚えるのだった。




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