ある日俺の知らない間にトイレがダンジョンにリフォームされていたんだけど

雪那由多

さて、現実逃避をしよう

 その日も一日のルーティーンは恙無く始まる。

 朝と言うには昼にも近い時間に目の覚めた相沢遥はごく自然な生理現象の為にトイレへと向かう。

 職業はいわゆる自宅警備隊。

 言わずとも立派なニートだ。


 高校は卒業。

 そこからの履歴は綺麗になし。

 生活上必要最低限な車の免許は取った。

 車校卒が最終履歴。

 そしてここは誰がどう見ても山奥のド田舎のぽつんと一軒家。

 車がないと命に係わるので、それだけは必ず取るようにと交通機関すら近くにない場所の宿命として取る事になったのだが、最低限必要な資格は取った今となれば悠々自適なニート生活を満喫しているクズでダメ男だ。


 ニートになった理由はよくある奴。

 ある日突然親父が

「看病の必要になったばあちゃんと同居暮らしをするために戻るぞ!」

 なんて何の前触れもなく言い出したのが事の始まりだった。

 もともと母さんもこの村の隣町出身だったために何も疑問を持たずに、寧ろ

「実家に近くになって助かるわぁ」

 なんてのんきに戻って来たのだが……


 都会で生まれた俺は格好のいじめの対象になりました。


 まず理解不能の方言、そしてここの流行にのれず、都会生まれの俺の話しに興味のある女子に囲まれてからの男共の嫉妬。

 いつかは前に住んでいた東京に帰ろうと進学科に編入してクラスの平均点を一人であげてしまった為からの嫌がらせが発生して孤独に耐えたのちに今の俺に仕上がった。


 いくらばあちゃんの為とはいえどもこの結果に父さんも母さんも俺に何も言えなく、そして暫くして亡くなったばあちゃんの残した遺産の一部をお詫びとして俺も受け取る事になった。


 この目の前に広がる山林と農地を。


 いらねー……


 何を考えて俺の未来をこんな風に台無しにした土地を誰が喜んでもらうんだと本気で考えてみるが、誰がどうして知恵をつけさせたのかばあちゃんは弁護士に公正証書を作らせての内容に裁判を起こしてまでの価値を見いだせない資産価値に誰も反論する事はなく、どうぞどうぞとこの土地付き古民家と言ってもいい古い家も俺の物になってしまった。

 借金こそこさえなかったばあちゃんだけど、傷みの激しい古い家と手入れのされていない山林と農地はもはや負の遺産と言っても間違いじゃない。

 ただ、駅前の商店の土地代と言う収入源が俺の生活費となっている事を知らない親族は会いにも来ない所か仏壇にも手を合わせに来ないが……

 高校を卒業して4年。

 同世代が就職活動に励んでいる頃、俺は未だ自堕落な生活を堪能していた。


 ネットの海に飛び込んだ俺はもう何年も手を入れてない大草原の畑を眺める事の出来るトイレのドアを開けて…… 閉めた。






 こんなものなのか?






 再びそーっとトイレの扉を開ければ、引っ越してきた折りにリフォームしてくれた白く輝く洋式トイレがあったはずなのに、今目の前に在るのは昔懐かしのぼっとん便所ではなく


 地下に続く階段が出来ていた……


 寝る前は確かに田舎仕様の簡易水洗トイレだったと記憶していた。

 記憶の限りではウォシュレット付のあったか便座だったはずなのに、なぜかいつの間にか家主の知らぬ間に年季の入った西洋風の煉瓦造りの地下に続く階段にリフォームされていたのか誰か教えてほしい。

 簡易水洗トイレとは言え汲み取り式ゆえにこの階段の先に繋がる場所への興味はないとは言えないが、それよりも重大な問題がある。


 いい加減にピンチなんだけど……


 とりあえずドアは閉めて土間に置かれた踵の潰れたスニーカーをひっかけて離れに今の時代も存在する古式ゆかしき歴史もある精神的にもキツイぼっとん便所へと駆けこむのだった。

 さすがに20才を過ぎてぼっとん怖いなんては言わないが、視覚的にも臭い的にもダメージは軽くない。

 最も長い事誰も使ってないから臭いなんてないし、鼻を挑発するのは埃と建屋のカビっぽい匂いしかしない。たまに雨水が沁み込むので使わなくても半年に一度は定期的にバキュームをお願いしているので問題はない。

 そこらへんでしても問題はないのだが、この山に住む獣達との縄張り争いがもれなく発生するためにしない方が賢明というか、自分の大が風化するまで眺めるのはいささか根性が必要になる。

 もともとこの離れのトイレはばあさんが農作業していた時にいちいち長靴を履きかえるのが面倒臭いからと言って作ったらしいが、せめて今時のトイレを用意してほしかったと恨んでしまう。


 用を済ませ水道が通って無い為に引き込んだ沢の水の手洗い場で手と顔を洗っていれば次は私の番と言わんばかりにイチゴとチョコと大福がやって来た。

 秋田犬系雑種の三匹のワンコが紐に繋がれながらもやって来た。


 父の弟、いわゆる叔父の所の三人娘が拾ってきたこいつらを仕方がなく代わりに飼う事になってからの付き合い。

 住んでいるアパートでは飼う事が出来ないあげくに同じアパートの住民によって管理会社に電話を入れられた為に次の飼い主が決まるまで預かってほしいと懇願された。

 そりゃ当時子犬とは言え大型犬三匹の足音はもちろん鳴き声は階下や周囲の住人には迷惑でしかない。

 三匹を連れてやってきた叔父に俺は保健所に連れて行けよと言ったが、この言葉に叔父の三人娘が大泣きした為に仕方がなく食費と予防接種代含む病院代を出せと月当たり一頭に付き5千円を要求した所で叔父夫婦から非難が殺到する意味不明な展開に発展した。

 だけどネットで調べた予防接種代や、ペットフード代を書き認めた予算をばあちゃんの目の前でタブレットにてプレゼンテーションをすれば沈黙。

 うん。

 大型犬だからこれでも足が出るのは理解したよね?

 正月に年払いで払ってもらう約束をして、滞ったら保健所行と三人娘にも言ってある。

 生き物を飼うのにはそれなりの責任がいるのだよと、当時5才、4才、3才の子供でも抱きかかえる事の出来る犬っころは今ではすっかり俺を主人とした順位付けを決めて、7年経った今では三人娘に見向きもしないし三人娘も自分が拾って来た事さえ忘れた始末。

 辛うじて正月に会うたびに話題にしている為に記憶にとどめて責任感を持っているようだが、それもばあちゃんが儚くなって以来全く来なくなってからは興味どころかこのばあちゃんの家自体を忘れてしまったかのように音信不通になっていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る