たとえば、才能に振り回される世界の話
牛寺光
前編の海
俺は公務員になると幸せになれるらしい。
生まれて、三十秒で生き方が決まる。
俺は同い年の大森絆って人と結婚すると幸せになるらしい。
生まれて、三十秒で婚約者が決まる。
人生に関わる大きな決断を生まれて三十秒で決まってしまっている。
―――十数年前に開発されて、今では世界の当たり前となった技術、『才能と運命を探す』機械、TGWS。
遺伝、その後の経験、その後の健康状態etc…………。
これらを調べる技術を発展させた人類は確かに文明を発展させた。
それらの代償に数十年前までに存在した『夢』や『恋』という単語は死語になってしまった。
機械の決めた恋人と高校に登校し、機械の決めた進路のために勉強する。
そして今日の帰りもどうせ絆と一緒に帰って、公務員になるための勉強の追い込みをするんだろう。
分かり切った刺激のない毎日。
反抗期なんてものはなかった。
公務員になってしまえばもう俺にTGWSに抵抗する機会は訪れない。
だから本当に少しの抵抗として学校をさぼる計画を立てている。
一組の俺とは少し離れた五組の教室にいる絆に声をかける。
「絆、帰ろ。」
「ちょっと待ってて。すぐ行くから」
「分かった。」
絆の職業は栄養士。
ほのぼのとしている絆にぴったりな職業。
学校をさぼるのは明日。
明日の朝、親の起きる前に書置きだけ残して鎌倉に行く。
所持金は生まれてからコツコツと貯金してきたお金、8万5千円。
親に内緒で始発の新幹線の予約はしている。
向こうに着いたら海を見たい。
シラスも食べよう。
多分親も心配するから謝るときに使うお土産も買おう。
絆も心配してくれるかな、してくれたなら嬉しいな。
機械が決めた相手とは言え、ずっと一緒に過ごしているから。
「お待たせ~。準備できたよ~」
絆の心癒される声が聞えてくる。
――――そうして迎えたサボり決行の日。
まだ朝日も昇らないうちに書置きを残して家を抜け出して新幹線に乗る駅に向かう。
最寄りの駅からでは予定の時間に間に合わないから。
自転車で車もめったにすれ違わない程の時間を走っていると特別なことをしている実感が湧いてきてドキドキする。
そしてようやく駅に着いた。
親も起きたみたいで鬼のように電話がかかってきていた。
チャットで「心配しないで下さい、今日の夜中頃帰ります」とだけ送って通知をオフにした。
これでもう俺を止めらるものはないという全能感とこれでもう引き返せないっていうしまった気持ちが同時に起こる。
新横浜駅で降りるからそれまでゆっくりしてようとしても学校をさぼっているって罪悪感で落ち着けなかった。
二時間くらい新幹線の中でそわそわして新横浜駅に着いた。
人の流れに身を任せて改札に流れ着く。
時計を見るとこの時間でようやく、俺が起きる時間。
絆は一人で登校できるだろうか……。
普段から時間に遅れたら容赦なくおいていくという約束をしてるおれたちだから今日、絆に何の連絡もしていない。
本当に今朝になるまでこの計画を知っていたのは俺だけだった。
トラブルもなく、順調にトントン拍子にことが進んで今、海を見ている。
平日で、早朝で、シーズン外で、そんな中海にいるのは俺だけだった。
砂浜に直接腰を下ろしてぼっけーって海を眺める。
絆と会わないひがあるのなんて何時ぶりだろう。
ここ五、六年は会わない日はなかったかもしれない。
家族ぐるみの付き合いでどこか旅行に行くとなれば高確率で一緒に行ったし、なんなら向こうの里帰りに俺一人だけついていったこともあるし、その逆もある。
機械に決められた運命の相手だからこんなに仲良くできてるのかな……。
公務員になったらこんな無茶が出来なくなっちゃうんだな。
そういえば今日英語の確認小テストがあったな。
時間的に普段なら家をでて集合場所に向かってるところかな。
そして一時間くらいただ、ぼっーとしてから動き始める。
どこかモーニングをやっているお店はないかと探し、パンのモーニングをやっているお店を見つけそこでパンを購入して、浜辺でパンを食べる。
今、心を占めるのはすぐそばの公務員試験じゃなくて、学校のことじゃなくて、怒っているであろう親のことじゃなくて、何よりも絆のこと。
機械が決めた恋人だけど絆のことを愛しているのかもしれない。
そんな当たり前のことに気づいた、朝。
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