第41話 PCO公式配信3

 アイは白い空間の中でキーボードをカタカタ打ち込んでいた。

 目の前のディスプレイには大量の文字列が浮かぶ。

 普通に現代社会で使われるプログラムコードなのだが、何処となくオリジナルも混ざっていた。これも独自エンジンのおかげで、アイ達にしかできない作業になっていた。


「ふぅ。やっぱり四人だけじゃ大変。ドライとイサマシも早く戻ってきて欲しいよ」


 アイは疲労を吐露した。

 ここの所修正作業が忙しすぎて、全然プレイヤーの相手ができていない。

 コミュニケーション能力の高いアイには少しだけ苦痛だけど、それでも頑張ろうとギュッと拳に力を入れた。

 もうひと頑張り。そう思って作業を続けようとすると、誰かやって来た。


「あはは、こんちは。ってアイだけ?」


 そこにやって来たのは黄色い髪をした少女。

 イエローネオンに輝くヘッドホンを首に掛け、カジュアルな格好をしていた。

 アンドロイドと言うか、アンドロイド風のコスプレをしているプレイヤーのようだった。


「あっ、ユカイ。やっと来たね。もう配信始まるよ?」

「分かってるって。だからバイト終わって超高速でやって来たんでしょ?」

「バイトも良いけど課題は終わったの?」

「あっ……あの教授の授業眠いんだよね。ってなわけでアイさん……」

「ダメだよ。自分でやらないと」

「は、はい」


 ユカイは早速落ち込んだ。

 ガックシ肩を落としたのも束の間。それすら吹っ切れたかの如く、配信席に移る。


「やれやれ。ユカイはいっつもこうだ」


 こうして定期配信を逃したアイとユカイは気を取り直してゲリラ配信を始めた。

 何処のSNSにもお詫びはなく、待機してくれていた視聴者も少なめ。

 だけどその方が今のテンションには丁度良いので、アイは気にせず配信を開始した。




信号機は黄色が好き:やっと始まった!


アワアワ:今日は遅めですね


名無しの7時:この感じはあの人だな


拍手魔人:SNSで何の告知もなしwww


サラダ油三助:ゲリラ配信……始まった……あっ?」



「あはは、あはは、みんなこんちは! 久しぶりにやって来たよ!」

「ユカイ。まずは自己紹介。こんにちは今日はPCO公式配信をご視聴の皆様。ナビゲーターのアイです。それとこっちが……」

「ユカイだよ! イェーイ」



 ユカイはニコニコ笑顔で笑みを浮かべていた。

 そのあまりのテンションの高さが深夜を回っているせいで誰も付いてこれない。

 もう少ししっとりした配信を期待していたのに、急なモーニングコール並みのテンションの高さに呆れてしまっていた。



名無しの7時:テンション高いな


深夜25時の人:マジかー


メンチカツ:ってことはイベント情報かな?


信号機は黄色が好き:確定演出キタァ!



 勘の良い視聴者が何人か居た。

 ニコニコ笑顔もユカイは愉悦を漏らし「そうとも!」と高らかに宣言した。

 親指を天高く突き挙げ、目を大きく見開いた。


「今回はPCOの新イベントだよ。それじゃあ、アイよろしく!」

「私がするんだね。こほん、今回はモンスター討伐系のイベントです」



 アイがそう答えると、一斉に湧いた。

 ここまでモンスター討伐系のイベントは数が少なく、新モンスター追加にワクワクが止まらない。たくさんの視聴者がコメントを投下する。



信号機は黄色が好き:マジかよ!


エタノール:面白過ぎるだろwww


あみちゃ:新モンスターなんだろ


火竜ハンター:ドラゴン一択


メンチカツ:イベント専用モンスターとか?


サラダ油三助:どっちにしろ燃えて来た!



 これ以外にも有象無象。数えきれない量だった。

 一つ一つを見ている余裕は無く、想像は個人に任せることにした。

 その方が面白いと感じ、アイとユカイはアイコンタクトで伝え合う。


「想像してくれてありがとうございます。だけど今回は新モンスターの追加以外もあるんです」

「そうだよ! 今回は二人一組のペアイベントってことでよろしくね」


 コメントが沈黙した。

 固まってしまったのか、動かなくなる。

 アイとユカイは瞬きを何度もすると、「どうしたのかな?」と投げかけた。



nawanawa:ちょっとそれは……


名無しの7時:二人一組か


孤独の轍:フレンド居ないんですけど


祭囃子:ペアって、限定的なイベントすぎる


カシワギ:ソロの方が面白いって


サボテン:期待してたの違う



 大量のコメントの嵐。

 こうなることは予想していた。

 とは言え想像の遥か右斜め上を行くコメントの数に、流石に相手はできない。

 ここは全部素通りして、押し通すことにした。第一プログラムはもう書き換え不可なのだ。


「とにかく今回はこのイベントをやるよ!」

「うん。まだ詳しくは言えないけど、あくまでペアっているのは形式上にする予定だから、一人一人で戦っても良いし、二人一組でより強いモンスターを倒してもいいんだよ。それじゃあ詳細は追ってゲーム内で確認してください。それでは今日この辺りで」

「まったねー!」


 二人は無理にでも配信を切り上げた。

 ノータイムで短い配信が終わり、そのままアーカイブだけが残っていた。

 視聴者たちは置いてけぼりになってしまった。

 けれど運営がそうするのなら仕方ないと従うしかないだから。




 配信も終わって待ったりしていた。

 今日は切り上げて帰ろうとする中、アイにユカイは話かけた。

 やけにテンションが低くてびっくりした。


「ねえアイ。大変じゃない?」

「大変ってなにがかな?」

「コメント捌くの。結構アンチもいるでしょ。ああいう人、ブロックした方が良いと思うんだけど?」

「うーん、でも意見は等しく取り入れた方が良いと思うけどね」


 アイの言い分は最もだった。

 けれどユカイはあまり喜ばしくない。

 一つ一つの意見に目を通す時間はないし、文句を言われてもそれを聴き入れる暇は無いのだ。


「私はプログラミングできないけどさ、アレって結構大変なんだよね?」

「うん、時間は掛かるよ。デバッグもしないといけないから、修正も大変だってナミダやフシギが言ってたね」

「それじゃあ尚更だよ。ねー、せめて名前ぐらい隠したら如何かな?」

「名前を隠すの?」

「うん。そうしたら誰の意見か分からないでしょ? 気になる人だけ名前を確認できるようにしておけばいいとおもうんだよね。ドライとフシギの力を合わせればできるでしょ?」


 なかなかに良いアイデアだった。

 だけど二人が大変そうに見えて仕方がない。

 アイはちょっとだけ悩んでしまったけれど、一つのアイデアとして汲み取ることにした。


「うん。一回相談してみよう。ありがとうユカイ」

「いいってことだよ。それに私にはこれくらいしかできないからね」


 二人のやり取りはそれから一時間近く行われた。

 白い空間の中だけには留まらない。スマホでのやり取りを交えながら、着々とアイデアをまとめ上げる日々を送るのだった。

 それが形になるかは時間と労力の問題。

 後は二人の頑張りに期待するしかないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る