第6話 死神ーグリム・リーパー

 金色の宝箱を見つけたグリムは苦労が報われたと思いホッとする。

 それにしても初日から金宝箱を見つけられたのは運が良い。

 そこまでパラメータは上げていないが、これもリアルラックだろうか?

 などと、グリムは呑気に構える。


「いや、待て」


 しかしすぐに冷静な思考を取り戻す。

 何かおかしい。さっき感じた寒気は何かと自問自答する。


 いくら洞窟だとしても、急に寒気を感じるのはおかしくないか?

 ましてや視線も感じる。キョロキョロ辺りを見回す。

 何もいない。見えない何かに睨まれているようで、気味が悪かった。


「誰かいるのかな?」


 グリムは視線を移動させ続けた。

 だけど目立った影もないので、少し怖いが恐る恐る慎重になって金宝箱に近付いてみる。


 何かあれば向こうから手を出してくる。

 それが例えば宝箱を守るボスなら尚更だ。

 逃げられる保証はない。しかしここから逃げられる見込みも薄い。ならば行くしかないと、グリムの思考が突き動かした。


「まさか私が餌になるなんて」


 自分自身を敵を引き摺り出すための餌に使う。こんな表現を使う日が来るなんて思わなかった。

 ジリジリと一歩ずつ、慎重に歩みを進めると、金宝箱は目の前残り五メートルの距離に入った。


(行ける!)


 グリムは目の色を変えた。

 手を伸ばして、金宝箱に近付いた。

 しかしその時だった。突然グリムの目の前に、明らかにヤバそうなもやが形を成して現れた。


「!?」


 グリムは咄嗟に後ろに飛んだ。

 見事なまでのバックステップをしてみせたが、頬を何か得体の知れないものが掠めた。


「嘘っ」


 言葉を失い唾を飲む。

 頬から血は出てないが、掠められた痕が痛々しく残る。

 赤黒い亀裂が入り、グリムはゾッとした。

 ジワジワと痛みのようなものが走る。


「一体何が起きて……はっ!?」


 顔を上げると、鋭い刃が弧を描いて空を咲く。

 グリムはやられる! と思った直後、間一髪の所で左足を引き、体勢をわざと崩して攻撃を避ける。

 危うく即死する所だったと、ホッとすることもできないまま、冷や汗を掻きつつ息を整える。


 脈がやけに速い。

 それだけ切羽詰まっている証拠で、如何やら宝箱を守るボスのお出ましだと、何も表示はされないが直感で伝わる。


「コレが金宝箱を守るボス。何だか死神みたいだけど……げっ」


 ボスモンスターの頭上に目を凝らすと、何やら緑色のバーと名前が表示された。

 如何やら緑色のバーはHPを表している様子で、流石に一撃も与えていないので満タン。

 レベルも描いてあるようだが、スキルを持っていないせいか、相手のレベルまでは分からない。

 ただし名前だけは分かる。そこにはあろうことか、直訳で表示されていた。


「グリム・リーパー。死神ってことだね」


 それもそのはず、見た目も本当に死神だった。

 顔は骸骨、黒ではなく赤黒いローブを身に纏い、マントのように全身を覆い隠していた。

 両手には長くて鋭い大鎌を装備している。

 足のようなものは残念なことに無く、靄のように揺ら揺らしていた。

 死神と言うには幽霊のようだけど、そんなことこの際如何でも良い。


「グリムって、私と被ってるね」


 まさかこんな所で被りが出てくるなんて思わなかった。

 グリムは何だか絶妙に地味なショックを受けたものの、だからと言って臆したりはしない。

 鞘から剣を引き抜くと、堂々とした態度でグリム・リーパーを睨んだ。


「よくもやってくれたね。今度は私から行くよ!」


 グリムは素早く移動して、剣を叩き込む。

 左肩から袈裟斬りを繰り出した。

 しかしグリム・リーパーにはダメージと呼べるダメージは与えられておらず、グリム自身もまるで剣がすり抜けたような感触に襲われた。


「嘘だ。ダメージが無い!?」


 驚愕するグリムだったが、グリム・リーパーはそんなグリムのことを嘲笑うかのように、大鎌を振り上げる。

 真っ直ぐ頭からかち割るみたいに、素早く振り下ろした。


「そうはさせない!」


 グリムも負けていなかった。

 得意のDEXを活かしつつ、左足を一歩後ろに引くと、倒れ込むようにして剣の腹の部分(平らな面)を使って広く守ったが、その分武器の耐久値が減ってしまう。


「そこだ!」


 だけど払った分だけの足掻きは見せる。

 グリムは体を捻らせながら、剣の切っ先をグリム・リーパーに叩き込む。

 心臓の部分を貫くみたいに、思いっきり足を前に出して、全身を使って攻撃する。


 グサリ!


 グリム・リーパーに確実に入った。

 このゲーム、プレシャスコード・オンラインでは即死判定と呼ばれるものがある。

 生物として絶対に失ってはいけないライン。

 その一線を越えると、幾らHPが残っていたとはいえ、確実に即死する。

 もちろんHPが無かったとしても、即死する。

 故に、絶対に倒せない相手はいないのだ。


「入った……はずだよね?」


 だけどグリムは違和感を覚える。

 確実に心臓部分を貫いた。

 にもかかわらず、イマイチヒットしていない。

 見てみれば、グリム・リーパーのHPは健在で、まるで倒れる様子を見せず、うつろな魂が形なく蠢いていた。


 グギキ!


 骨の頭が動いた。

 大鎌を振り上げると、近距離にいたグリムのことを狙って振り下ろす。


「ヤバっ!」


 当然グリムも逃げようとした。

 急いで剣を引き抜いて、後ろに飛ぼうとする。

 しかしそれよりも断然速く大鎌のスピードが上手うわてで、抗うままなく大鎌に切り裂かれた。


「ぐはっ!」


 声が出なかった。

 喉の奥が焼けそうになり、痛みが全身を駆ける。

 立っていられない。まるで肉体と精神を切り離され、心だけをバラバラにされたみたいで、神経を通じることもなく、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。


(し、死ぬ……)


 グリムは何も考えられなくなる。

 走馬灯のように時間の流れがゆっくりになっていき、気が付けば視界も虚に歪み出しては、グリムのことを置き去りにしていた。

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