選択。

うさだるま

 ある夜。僕は夢を見ていた。そこはよく火曜サスペンスや特撮のヒーロー番組なんかで見る崖の上で、それこそ、大波が崖に当たり飛沫をあげちゃったりしていた。風は強く、天気も悪い。

 何でこんなとこにいるのだろう。ずいぶん久しぶりに外に出た気がする。

 そんな事を考えていると、僕の眼前、崖の先の方から声が聞こえる。

「おい!誰かいるのか?!助けてくれ!!」

 崖を覗くと確かに、今にも折れてしまいそうな枯れ枝に掴まった小汚い中年の男がいた。枯れ枝には男の他に白く重そうなビニール袋が引っかかっていて、更にそれが枯れ枝を痛めつけるようで、ギシギシと袋がかかっているところから嫌な音が聞こえてくる。

 男は僕を目視すると直ぐに目に涙を浮かべ、「助けてくれ。助けてくれ。」と叫んできた。その様子といったら、枝を掴んでいる手を離して、手を合わせて懇願しそうなほどだ。

 僕は可哀想にと思い、崖に手をついて、男に向かって必死に手を伸ばす。あと少しで手が届きそうだ。男の表情も安堵の色が見える。

 しかし、僕が崖を深く覗きこむ事で見えてしまったのだ。枯れ枝にかかっている袋の中身がである。

 そこには、驚くべきことに一万円札をまとめた束が袋が膨れるほど入っていた。いったいいくらなのだろうか見当もつかないが僕がどう頑張っても、1日では得られないような大金である事は瞬時に分かった。

 そして、その袋は手が届きそうな位置にある。

 僕の袋をみる表情を見たのか、男は焦り、声を上げる。

「嘘だよな、なあ!助けろよ!なあ!」

 僕は枯れ枝を見る。ギシギシと音を上げる枝はいつ折れてもおかしくないだろう。

「なあ!おい!なんとか言えよ!なあ!家族がいるんだ!息子が一人!まだ小学生だ!なあ…お願いだ、頼む………お願いします、助けてください…」

 男の消え入るような願いは僕にはもう届かなかった。

 僕は迷わず、大金の入った袋をとり、崖の上に持ち上げた。

 次の瞬間、ベキベキベキと音が鳴り、枯れ枝が根本から折れる。

 崖の先の方から悲鳴が聞こえた気がするが、もうどうでも良かった。


 そこで僕は夢が覚めた。白い天井と白い壁。フワフワなベッドと自分の身体に繋がれた様々な色をした管。

 僕は見慣れた病室のベッドで目が覚めたのだ。

 目を擦ろうにも、手が動かない。夢とは違うのだ。

 そばには、医院長先生と父さんがいるのだろう。二人の話声が聞こえる。

 しかし、何だかいつもと声色が違う。

「先生!本当なんですか?!そんな!」

「お父さん。慌てるのも分かりますが落ち着いて下さい。息子さんを助けるには一億円必要である。これは紛れもない本当なのですから。」

 僕を助けるのに一億円?一体なにを言っているんだ?

「どうしますか。お父さん。こちらとしても植物状態と診断された患者をずっとベッドで寝かしておくわけにもいかないのです。最新の技術で治療ができる可能性もありますが、もちろん保険は適応外。莫大な費用がかかってしまいます。さあ。選択を。」

「…一億なんて大金、うちに支払えるだけの余裕はない…でも…どうすれば!」

 ああ、待ってよ父さん。ダメだ。それだけはいけない!

 僕と血が繋がった父の考えは手に取るようにわかった。

「さあ、お父さん。選択を。」

「………払えません。」

「という事は、治療は終わらせて頂きますがよろしいですね?」

「はい。」


 医院長の手が生命維持装置に触れる。

 お願いします!助けて!僕は叫ぼうとするが、声はでない。暴れようとするが、身体は動かない。

 ピ───────。

「ごめんなぁ…せめてお前が行きたがってた中学には、行かせてやりたかった…」

 ああ、あの夢は僕を試していたのかもしれない。

 そう思う僕の視界に映ったのは、小汚い格好をした父さんの姿だった。

 

 

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選択。 うさだるま @usagi3hop2step1janp

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