次期女王の令嬢だったけど異世界から来たぐう聖に体を乗っ取られました

@salad86

第1話 異世界からの使者

国の為に最善を尽くしながらも血も涙もない決断を眉一つ動かさず下す

それが周りの家臣たちが私に下す評価

しかしそれは過去のこと、氷の女と呼ばれた私はもういない


そこにいるのは柔らかな笑みで民に奉仕する女王だ


権力闘争に負けもはやこれまでかというところで

私は私の体からはじきとばされた

これが伝説でしか聞いたことのない

「異世界人に体を乗っ取られる」か…

狐憑きの亜種みたいなもので百年に一度くらいそういうことが起きる

昨日まで血も涙もなかった人間が急に人格者になったり

処刑を娯楽にしていた人間が奉仕活動を始めたりする

教会でたまに語られる子供向けの寓話で

悪いことをしていると怒った神様が異世界で死んだ善人の魂と入れ替える

いわゆるしつけの為の脅しのような童話だ

幼い子供のうちは効き目十分だが大人になれば誰も信じない


まさかそれが本当に起こるとは

でもご愁傷様

こんな大ピンチの時に入れ替わるなんて哀れでしかない

ここから下される仕打ちは良くてこの城の最低カースト悪くて追放

この後の屈辱を思えば罰でもなんでもないむしろラッキーだ

せいぜいこの背後霊の立場からどうあがくのかお手並み拝見と行こう


と思っていた あの時は

私の体に入った魂は本当に異世界から来た人間らしく

庶民だとかそういうレベルでないくらい常識を知らない

そのくせ科学や計算においては妙に賢い

新しい薬草を発見したり不正しづらい帳簿の仕組みを作ったり

実用的な利を示すことで最低限の居場所をすぐに確保した

まあそこまでは異世界人だからそういうこともあるかもしれない

ある意味予想の範囲内だった

面食らったのはその性格だ

彼女はとにかく他者に共感し、全く自分の利にならない人間にも施しをする

最初は次期女王たるものがそんな庶民と関わるなと憤慨したものの

あまりにその頻度が多いので怒る気にもなれなくなった

いっそ何か企みがあるのか、シスターなのか理由を探っても

なんらそういったものは見えない

全く理解できない

王宮は常に政治の力が働いている

どんな行動にも利害や思惑がある

彼女はそれを全く意に介さず行動する

バカバカしい そんな振る舞いではすぐに蹴落とされる

しかし彼女は私の予想とは逆に一度失脚したとは思えないほど人に囲まれ

かつて私と一生分かり合えないと思っていた人間とも親交を深めていった


「ねぇ、殿下 ここにも花を植えましょう」

女王とは思えない服を着て孤児院の前の花壇と格闘している

認めざるを得ない

この女はただの「いいひと」なのだ

悲しむ人に寄り添い貧しきものを助けようとする

そして

「はは、君は本当に変わってるな」

かつての婚約者のこんな顔は見たことがなかった

この女がどれだけ聖人でも国の為という点では私が正しいと思っていた

母国に利のある関係を結び和を乱すものは過失を問わず処分する

しかしもはやそうではない

最初は政治をわからずやみくもに優しさを振りまいて失敗していた彼女も

今は女王としてすべきことをしやむを得ず冷遇する者にも慈悲を忘れない

氷の女として生きた私の人生はなんだったのか

国はあの頃よりもいっそう豊かで平和になった


私の存在意義はなんだったのか

あの女いるのが敵国なら良かった

一番嫌だったのは彼女のやっていること成したこと

そして目指す未来が私と同じなのだ

近隣の大国からの脅威に怯え常に不安定なこの国を

文化外交共に安定した国へと導くこと

私がどんな評判を犠牲にしてでも成したかったことを彼女は犠牲なしに叶えていく

そして嫌な気持ちよりほっとしている自分がいる

もういい

私はきっと彼女への悔しさよりも願いが叶った安堵を感じてしまった

いまや母国は貧困にも支配にも脅かされない争いのない国へと育っている

「そろそろ潮時ね…」

ゆっくりと目を閉じ柔らかい闇に身を任せる

体を奪われた時とは違う暖かな感覚

私はもう幽霊の立場から解放されるのだろう


目を開けるといつもの自室だった

白い天井、小学校の時から使っている学習机

お気に入りのうさぎのぬいぐるみ、春から入った高校のブレザー

長い夢を見ていた気がする

”おはよ!あれクリアした??もうすぐDLC出るから今日持ってきてくれる?”

友人からのメッセージにゲーム機からソフトを取り出す

借りた乙女ゲームが予想外に面白くてここ数日夜更かししてクリアした

そのパッケージに妙な安らぎを感じる

最近ハマったばかりなのに


「でしょでしょ??あんた乙女ゲーとか興味ないって言うけどさー

これ名作だから絶対ハマるって思ったんだよねー!」

「だったらもっとゆっくりプレイさせてよ…」

「しょうがないじゃん!ずっと追加コンテンツ発売延期だったんだから!

多分3,4日でクリアするしそしたら貸したげる!」

「別にそこまで急いでないって」

数日で情報を接種した私に更に新作の話を畳みかけてくる

「でね!本編では辺境の地に追いやられた元女王候補視点があるの!

ヒロインは魔王と結ばれて魔界に行っちゃったでしょ?

だから次はあのライバルちゃんがヒロインになるの!」

どこかで聞いた話のような気がする

ぼんやり頭にもやがかかってるような

友人が見せたビジュアルを見た瞬間全てを思い出しそしてまた記憶は夢の中に沈む

そっか…あの子が私になったから私は背後霊からあの子になったのか

「何?なんか今日目つき悪くない?夜更かししすぎた?」

「…なんでもない、それよりさ、早くまた貸してよねそれ」

「おお!やっぱハマったんじゃーん!うんうん布教成功!後でもっと詳しく予習させてあげる!」


きっと彼女はあの世界で今もうまくやっている

私だけ彼女の世界を観測できるのはちょっとずるいかもしれない

でも許してくれるだろう

先に体を乗っ取ったのはそっちなんだから

それにあの子が見せてくれた

どこに行ったって好きに生きればいい

「私さ、生徒会長立候補しようと思うの」

「え?あの話受けるの?だるいからって断ってたじゃん」

「気が変わったこの学校を徹底的に良くしてやるから」

「えー!せっかく我が漫研に乙女ーゲーマーを引き入れようと思ったのにー!」

私のやり方がこの世界で望まれているといいな

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