第23話

 50層、ボス部屋の前の土の小さな広場で座っている4人。ローリーが焚火を起こしてその周りに各自が防具をかざして乾かしている。この場所は地面が土なので火を焚いても問題がない。全員またパンツ一丁だ。ボス戦の前に完全に防具を乾かして体調と整えようと全員が言った。濡れて防具が重たくなることで動きが悪くなる。ボス戦では少しの動きの差が生死を分けることになる。それをここにいる4人は知っていた。もちろん体調をしっかり回復させる目的もある。


「ローリーの予想通りだったな。1人ずつ移動していたらヤバかった」


「全て船がトリガーになっていたみたいだな。船が動けば魔獣が気が付く」


 たった今クリアした49層の攻略を振り返ってランディが言った。


 ローリーは自分が予想した最悪の場合を想定して組んだ作戦が上手くいってホッとしていた。ランディが言った通りもし1人ずつの移動だったら島にいた4体が近づいてくることで上陸できず、一方で陸側にはジャングルを抜けて魔獣が襲ってくる。それに2人で対応しなければならない。最初の2人が船に乗っても結局また戻ってきて陸側で対応している2人に合流することになる。どれくらいリンクが続くのかは分からないが長期戦になったら間違いなく危なかっただろう。


 振り返るとこ大森林のダンジョンは30層以降はいやらしいフロアが多かった。特に奇をてらう造りになっているフロアは多くは無かったが全体的にジャングルで視界が悪いフロアが多くしっかりした腕、技量がないと攻略できないダンジョンになっている。


 この4人でも楽にクリアできたフロアが少なかったということは普通の冒険者ならまず下層まで降りて来られないだろう。必ずジャングルのどこかで事故が起こる。そんなフロアばかりだったという印象だ。


 この世界で存在が確認されている地獄のダンジョンは4つ。そのうち3つをクリアしているローリー。ランディも3つクリアしていると言ってもいいだろう。ここが最後のダンジョンになる。まさか自分が4つ目の地獄のダンジョンのボス部屋の前にこうやって来るとは思いもしなかった。龍峰のダンジョンで仲間が死んで蘇生薬が出た。それが無ければ龍峰のダンジョンを攻略してSランクになったことで十分満足していただろうと思う。


 仲間を生き返らせる、その思いだけでツバル、リモージュと攻略してきたローリー。途中で幻の種族と言われたエルフから知己を得るまでになっている。最後にここをクリアして眠っているビンセントを起こした時に自分の挑戦は終わる。


 最後まで気を抜かずにやろう。


 目の前に聳えている50層、ボス部屋の頑丈な扉を見ながらローリーは気合いを入れ直した。




 50層、ボス部屋の前でしっかりと休み、防具も完全に乾いた4人は今はフル装備の恰好で軽く身体を動かしている。


「ボスが何であってもやることは変わらない」


「だな。ビンセントが待ちくたびれているだろう」


「全くだ。あいつだけ年取ってないからな。そろそろ起きて貰わないとどんどん俺たちと年の差が開いちまう」


「皆が言う通りだ。ビンセントを叩き起こそう。ただボス戦だ。気持ちは分かるが前のめりにはならないでくれよ」


 ローリーが最後に言った。この面子で今更話す事はないがそれでも一言いうだけで気が引き締まることもある。


「行くぞ!」


 ランディがボス部屋の扉のスイッチを押した。



「モルボルだ」


 モルボルとはひまわりの形をした植物の魔獣でひまわりの花の部分が顔になっている茎には4本の蔓がありこれを鞭の様にしならせて攻撃してくる。厄介な魔獣だ。


「気を付けろ、蔓に直接触れるとマヒ、暗闇、沈黙などの状態異常ががっつり同時に来る。ランディ!盾で上手く受けてくれ。弱点は背後だ。先に蔓から落としてくれ、マーカス、ハンク、頼む」


 ランディが声を上げたと同時にローリーが指示を出した。

 すぐに広場に展開する4人。ランディがモルボルの正面に立ってヘイトを稼いでモルボルと対峙する。ハンクとマーカスは背後に移動しハンクはヒットアンドアウエイ、マーカスや矢で蔓に遠隔攻撃を始めた。


 ローリーはランディに付きっきりだ。状態異常も消せるのは1回の魔法で1つだけ。回復魔法で常に体力をフルにしつつ強化魔法が切れない様に上書きしていく。蔓1本1本がそれぞれ状態異常を引き起こすがどの蔓がどの状態異常かが個体ごとに異なるので分からない。


 ハンクとマーカスは彼らから見て右側の上の蔓を集中的に狙って攻撃していた。絶え間なく動く蔓に矢を命中させるのは至難の業だがマーカスが3本に1本は命中させている。当たった瞬間に蔓が硬直するそのタイミングでハンクが片手剣で蔓に傷をつけていく。ボス戦でのダメージソースは今の所ハンクとマーカスだった。ローリーは精霊魔法を撃つよりも今の時点ではランディのフォローに徹しきっている。



 蔓が1本切り落とされた。すぐに今度は右の下の蔓に攻撃を加えていく背後の2人。

 ランディは巧みな盾裁きでボスの蔓を受け止めている。蔓が4本から3本になると彼の動きに少し余裕が出てきたのを感じ取ったローリーはフォローの合間に蔓に精霊魔法を撃ち始めた。


 一度でも盾役の体に蔓に当たるとパーティの立て直しが厳しくなるモルボル戦。全員が自分の仕事を完璧にこなしてき、2本目、そして3本目の蔓を切り落として残り1本になると全員がヘイト無視で攻撃を開始する。ハンクとマーカスは頭の後部に剣と矢を射り、精霊魔法は最後の蔓に集中的に撃ち込んだ。


 蔓を全て倒されたモルボルはもう状態異常を起こすことができない。あとは4人がボスを囲んでタコ殴りにしてモルボルを倒すと光の粒になって消えたモルボルにかわって大きな宝箱がその場に出現した。



 宝箱の中に入っていたのはボスの魔石、金貨、それと片手斧、前衛用の防具とローブ。

それと透明なガラス瓶が1つ入っていた。ただ取り出してみるとその中身は今までの透明な液体ではなく、赤黒い液体だ。瓶の大きさも今までの蘇生薬よりも一回り大きい。


「何だこれ?これも蘇生薬か?」


 ローリーが手に持っているガラス瓶を見ている3人。それに顔を近づけたマーカスが言った。ダンジョンをクリアした喜びよりも宝箱の中身の方が気になる3人。


「リモージュのアラルに見てもらおう。これ以外NM連戦から出た根と粉もあるからな。まとめて鑑定してもらおう」


「そうだな。ひょっとしたら蘇生に関係があるかもしれないしな」

 

 ハンクが言った。




「大森林のダンジョンをクリアしたのか。おめでとう」


 カシアスのギルドに顔を出してギルマスに面談を求めた4人。その場で魔石や武器などの戦利品をテーブルの上に置いた。小瓶だけは見せていない。


「片手斧、杖、防具だがこれらは自分達で使う」


「分かった。この魔石を見ただけでお前さん達がダンジョンをクリアした証明になる。魔石の買い取りは金貨3,000枚だ」


 地獄のダンジョンのボスの魔石の相場は一番最初に彼らがリゼの龍峰のダンジョンをクリアした際にギルドが買い取った金額が大陸中で一律の価格として発表されていた。


「それで構わない」


 こういう場ではランディが窓口になって話をする。他の3人は黙って座っていることが多い。ギルマスにおおよそのダンジョンの様子を説明するランディ。


「なるほど。簡単そうで簡単ではないな。ジャングルの中で視界が悪い中木の上からも攻撃してくる。おまけに晴れの日ばかりじゃない。S級のお前さん達じゃないと下層にも行けないだろう」


 ギルマスのパブロは目の前に座っている4人の実績を知っている。ランディローリーはこれで全ての地獄のダンジョンをクリアしたことになる。桁違い、つまり化け物クラスに強いという証明だ。


「これからトゥーリアに戻るのかい?」


「ネフドのリモージュに知り合いの鑑定家がいる。そこで防具や武器の鑑定をして貰ってからトゥーリアのリゼの街に戻るつもりだよ。もう2年以上帰っていない。流石に地元でのんびりしたくなってる」


 笑いながらそう言ったランディ。



 カシアスのギルドは翌日、大森林のダンジョンがクリアされたと発表した。ランディらが次々とダンジョンを攻略し、クリアしていることは有名になっていたのでまたあいつらかという声やあいつらは化け物だという声があちこちの街のギルドでされていた。


 もっとも4人はクリアした翌日にはリモージュに向かう船に乗っていたのでそう言う声が当人達に届くのはリモージュに着いた後だった。

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