第36話

 夕刻になるとドロシーらが宿に戻ってきた。ちょうど夕食の時間だったので9人で宿のレストランで食べることにする。大抵の冒険者は外で食べるのだろう。宿の食堂にはこの時間は9人以外に食事をしている人はいない。人がいない食堂でテーブルをくっつけて9人が固まって座る。


 注文をし終えるとランディが今の状況を話した。

 まだ47層をクリアできていないと聞いてびっくりするドロシー達。


「6日間47層を彷徨ってたって言うの?」


「その通り。幸いに47層はスタート地点、階段のある小屋に戻って来られる。6日経って一旦仕切り直しだと地上に戻ってきたんだよ」


 話をするランディも47層について具体的なことは言わないし彼女らも聞いてこない。


「ドロシー、悪いがあと2日間待っていてくれるか。2日間で47層を攻略してくる」


 ローリーがそう言うと女性5人はともかくランディとハンクも思わずローリーを見た。

まさかローリーがあのダンジョンの攻略の糸口を見つけたとは思っても見なかった顔だ。

マーカスだけは事前に聞いていたこともありそうそうあと2日間待ってくれよと言う。


「何か気がついたんだね、わかったうちらはあと2日間待ってるよ、みんなもそれでいいね」


 ドロシーがそう言ってローリーを見てから女性達に顔を向けると全員が問題ないと言う。食事を終えると女性達は明日も休みになったと全員で外に涼みにでかけた。どこかの喫茶店にでも入ってお茶をするのだろう。


 女性がいなくなるとテーブルの上にマッピングをした地図を広げたローリーが昼間にマーカスと話をした事をランディとハンクに伝える。黙って聞いている2人。


「なるほど。確かにあれだけ崖下に敵がいて安全地帯があれば正解のルートと思いがちだな」


「それであの扉だろう?普通ならどうやって崖を登ってあの扉にたどり着けるか皆で考えるところだがそれはダミーの扉なんだな」

 

 彼の説明が終わるとランディとハンクが言った。


「おそらくそれがダンジョンの意図、狙いだろう。あとは錯視のテクニックで砂漠を真っ直ぐに歩かせない様にしている。俺は崖の中腹にある扉よりもこの奥の崖が右奥に下がっているのを見て違和感を感じたんだ。その違和感に気づいたのは昼間ここでマーカスと話をしている中で気がついたんだけどな」


 ローリーはマッパーとしても優秀だ。彼は歩いていたところを正確に地図に起こすことができる。6日かけて盆地の周囲を歩きながらもしっかりとマッピングしていた事が役に立っている。


「なので明日は小屋を出るとひたすら真っ直ぐ。12時の方向、真正面を進む。俺が最後尾を歩くので左右にズレたら声を出して修正するよ」


「わかった」


「たのむぞ、引率の先生」


 ランディが言って全員が笑った。2日前に落ち込んで帰ってきたときとは大違いだった。


 翌日47層に飛んだ4人は階段のある小屋を出ると真っ直ぐ砂漠の中を歩きだした。起伏があるが背後からローリーが指示を出してくるのでその通りに進んでいく。もちろん途中にはSSランクが徘徊しておりそれを倒してはまたローリーの指示で正しいルートをひたすらに進んでいった。


 周囲に魔獣がいない場所で砂の上に座って水分補給をする4人。座っている正面には盆地の崖が見えている。


「こうしてみると自分が右にずれていると思うよな」


「確かに。だから立ち上がると左前方に進みたくなる」


 崖は左が手前に、右が奥になっている様に見えていた。しっかりとマッピングをしていなければ言われる通りに左に進みたくなるだろう。


 朝1番で小屋を出て砂漠を歩いて夕刻になったころ先頭を歩いていたランディが起伏の上にたどり着くと声を上げた。


「左にオアシスがあるぞ!」


 全員が砂漠の起伏を登ると確かに左前方にオアシス、それも結構な大きさのオアシスが目に入ってきた。


「なるほど。ここでも左に寄せてやろうという意図があるな」


 ローリーはそう言うと今の位置を正確に把握する。歩いてきた距離、陽の位置などから自分たちが歩いてきたルートを確認するとしばらく真っ直ぐ歩いてから左に移動してくれと指示を出した。全員がその通りに砂漠を歩いてここで左にとランディが言った場所から左に曲がると彼らの正面に見えているオアシスに向かう。


 オアシスが見つかったがそこが安全かどうかはわからない。マーカスのサーチでは敵の姿は無いと言うが砂漠の中、あるいは池の中にいるかも知れない。戦闘体勢のままオアシスに近づくと周囲を警戒してから中に入っていった。


 直径50メートル程の大きな池の周囲に椰子の木が生えていて池の周囲は緑の芝生が生えていた。しっかりと探索して安全が確認されると全員が椰子の木の下の芝生の上に腰を下ろす。大きなため息が全員から漏れた。日陰の中をほぼ休みなしで7時間以上歩くのはきつい。しかも時折SSランクとの戦闘付きの進軍だ。


「ここは砂漠の起伏の底になってるんだな。ここからは周囲の崖が見えない」


 周囲を見渡していたハンクが言った。


「つまり崖下を歩いて移動しているとこのオアシスは見つからないってことだな」


「そうなるな」


 マーカスが言いローリーが答える。


「それにしても本当にこの砂漠にオアシスがあったとはな」


 流砂のダンジョンの下層で初めて見つけたオアシス。やっぱり知らず知らずの間にいろいろと刷り込まれていた様だとランディが言った。


 各自がテントを張って野営の準備を終えると芝生の上に食事を置いて夕食になった。砂漠は日が暮れると冷えるがここは池があり椰子の木が生えているせいかそれほど寒くなくむしろちょうど良い感じだ。全員がリラックスしている。


「もし誰かがこのオアシスを見つける事が出来たとしても翌朝は崖の方に真っ直ぐ進むから中央線からは外れて左に行っちまうって訳だ。いやらしいな。流石に賢者ローリーだこのカラクリを見事に解いてるじゃないか」


「まぁそれはこのまま中央を歩いて下に降りる階段かヒントを見つけてからにしてくれよ。自信はあるけどまだ100%じゃないからな」


「ローリーの言葉が正しいのは明日わかるだろう。それよりオアシスでしっかり休んで疲れを取ろう」


 食事をし水浴びまでした4人はテントの中でぐっすりと眠った。ローリーも自分の予想通りの展開になったのでこの日は悩まずにすぐに眠りに落ちることができた。


 オアシスでしっかりと休んだ2日目、朝食を摂りテントを畳んだ4人は崖ではなくオアシスに向かって歩いてきた砂漠を逆に歩いていく。来た道を戻っていった。


「ここで左に曲がってひたすら真っ直ぐだ」


 何も無い砂漠でローリーが声を出すと全員が左に方向を変えて再び進み出した。四方八方に崖が見えている。方向が狂いやすいが陽の位置と歩数から正しいルートを見つけ出して指示を出すローリー。


 歩いている4人の前方には崖が見えているが目の錯覚で崖に向かって真っ直ぐに歩いている様に見えない。


「ランディ、左に行ってる。右に戻ってくれ」


「わかった。畜生、崖を見ると無意識の内に左に行っちまう」


「それが罠だ」


 オアシスを出て6時間、陽は真上にあり灼熱の陽光が砂漠に落ちていた。その中をSSランクを倒しながら進んでいくと正面に起伏が出てきた。今までよりもきつめの起伏、歩き難い中その起伏を登り切った4人の先に黒くて四角い板の様なのが見えてきた周囲を見るとこの起伏自体が盆地の様になっていてその一番底の中央部に黒くて板の様に四角い何かが見えている。遠目から見てその黒い板の長さは1辺が2メートル位か。


 登った起伏を今度は降りて近づいていくと、それは黒い板でも何でもなかった。


 それは四角い穴で、下に降りていく階段が見えていた。


「小屋がなくて地面に剥き出しかよ」


「周囲は砂の起伏だ。少しでもルートを外れていたらまず見つけられない。小屋がないのも周囲から見つけにくくするためだろう」


 下に降りていく階段の前で立ち止まって話をする4人。

 

「やっとクリアだな」

 

 そう言ったランディが拳を突き出すと他の3人が同じ様に拳を突き出して合わせてからランディを先頭にして階段を降りて言った。



 彼らは延べ8日間かけてようやく47層の攻略に成功した。


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