閑話

 王都の中心には、景観の美しいと評判の広場が存在している。いつもならば辺りには屋台が立ち並び、人々が行き交う賑わいを見せているはずだ。だが、今はがらりと様相を変えている。

 中央に組まれた、簡素な舞台。その上に、物々しく断頭台が鎮座している。それを取り囲むように騎士たちが並び、民衆が所狭しと集まっていた。


 ざわざわと群衆が、口々に囁いている。王国の歴史の中で貴族の―――否。民の処刑が行われるのは、数百年ぶりのことだ。事前に大罪人として触れを出されていたのだが、処刑されるのはまだ十六の少女という話である。

 幾重もの噂、推測が飛び交い、民たちの中で好き勝手に少女像は書き換えられていく。忌々しげに、学園では王太子の婚約者でありながら放蕩と振る舞っていたようだと言う者がいた。かと思えば、慈善活動に積極的で孤児院への訪問も積極的に行っていたらしいと語る者もいる。

 やがて人々の騒々しさを鎮めるように、かんかんと鐘が激しく打ち鳴らされた。舞台へ上がる階段の前に、引き立てられるようにして連れてこられた人影がある。民の目は、否応なしにその人物へと吸い寄せられた。


「リーゼロッテ・アルトマイヤー、前へ!」


 処刑を取り仕切る宰相が、声高に告げる。その声に、少女は一歩を踏み出して民衆の前に姿を晒した。

 粛々と、しかしその少女は決して顔を下げることをしない。牢での生活のせいか、くすんで不揃いな銀髪はそれでも陽光を反射した。頬も少々こけているが、利発そうに映るその美貌に儚さを加えている。格好は、庶民が着るようなワンピース一つ。手には枷を嵌められ、靴を履く自由すら許されない。

 やがて、彼女は断頭台の前へと立つ。そして脇に立つ処刑人に、何事かを囁いた。その処刑人は少し複雑そうな表情をしたものの、少女に頷いて返す。ありがとう、と口を動かしてそっと少女はその場に膝をついた。そして、少女は枷を嵌められたまま、祈るように胸の前でそっと両手を握る。


「神よ!」


 凛とした声が、水を打ったように広場に響いた。


「我が命に、誇りに誓って! 私は罪を犯してはおりません!」


 少女の視線は、ただ真っ直ぐ前を向いている。彼女の瞳が揺らがぬ様子を、その場にいる誰もが食い入るように見つめていた。


「もし、私に慈悲を頂けるのであれば! 死後はどうか、我が魂を御身の元へお導き下さい!」


 誰もが息を呑む。自らの処刑の間際、少女が口にしたのは命乞いや免罪を求める言葉ではなかった。朗々と神に訴える声には、死への恐怖は微塵も感じられない。人々はその祈りに、少女の姿に、次第に疑問を覚えた。


 ―――あの少女は、本当に罪人なのだろうか、と。


 国王暗殺の手引きをした、という事実は承知の上だ。だが、それを以てしても稀代の悪女である、大罪人である、などと誰が信じられようか。

 静まり返った広場の中心で、少女は音もなく立ち上がる。気圧されたような処刑人が、我に返り、断頭台へと近付いた。大罪人の処刑を行うため、少女の首を断頭台に横たえようと手を伸ばす。


 その瞬間、光が奔った。


 誰もの目を眩ませるような閃光。そして、地面が揺れていると錯覚するほどの轟音が、辺りに響き渡る。子供はその衝撃に泣き叫び、大人たちは恐れ慄いた。そして、眩んだ目が視界を取り戻し始めた時に、気付くだろう。

 今のは、雷鳴だ。


 顔を上げた人々の目に飛び込んできたのは、轟轟と燃える炎である。断頭台がひしゃげたように歪み、炎に包まれていた。周りを取り囲んでいた民衆たちは恐れ、次々に逃げ出していく。

 恐慌状態となったこの状況で、断頭台もなく処刑を行えるはずもない。民衆たちに押されながらも、どうにか罪人の少女は動ける騎士たちによって牢へと連れ戻された。


 しばらくして、どうにか火は消し止められたものの、その場にいた者からすぐに話は広がっていく。処刑の直前に降り注いだ雷光によって、少女の処刑は先延ばしにされることになった。だが、その日は雲一つない晴天である。

 噂は次々に飛び火し、人々のリーゼロッテ・アルトマイヤーへの印象を書き換えていく。疑惑の少女から、冤罪に怯まない悲劇の少女へと。

 王宮がただの偶然であると説き伏せても、彼女が大罪人であるという証拠をいくら並べ立ててももう遅かった。見せしめのように人々が集まる広場を処刑の場に選んだことが、仇となっていたのだ。


 そして、その内に誰かが言った。あれは、奇跡だと。


 無実の少女への処刑を止めるために振るわれた、神の怒りなのだと。

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