豚公爵の呪いを解こうとした私にも豚の呪いが! ~ 愛する人と結ばれるのか、愛する人を護るのか ~

甘い秋空

一話完結 私が豚になったら、お嫁さんにもらってくれますか?



「あ、しまった! 私にも呪いが……」


 豚公爵の呪いを解こうとしていた時、呪いに仕掛けられたトラップが、作動しました。


 頭の中で、一週間以内にこの呪いを解けなかった場合、私も豚になるとの、呪いの声が聞こえました。


 ここは、神殿の一室です。金髪の女王陛下と、銀髪の聖女である私の二人で、豚公爵の呪いを解いていました。


 豚公爵は、床に広がる魔法陣の中央で、お気に入りの椅子に座って、のん気に本を読んでいます。


 元は王弟陛下なのですが、呪いで豚の姿、手足は人間ですが、体形、そして顔が豚になってしまいました。



「どうした、お嬢ちゃん」


 豚なのに、オーダーメイドの軍服が凛々しく、姿勢よく立ち、所作も美しいです。


 彼は、拳闘の選手とのうわさがありますが、豚の体形からは、全く信じられません。



「トラップです。ギンチヨが呪いを受けました」

 女王陛下が説明します。


「俺のために、すまなかったな、お嬢ちゃん」


 豚の耳、豚の鼻なのに、薄い口ヒゲ、低音で活舌の良い声、落ち着いた話し方と、王弟陛下はダンディです。



「ギンチヨが豚になるまでの期限は一週間、それまでに王国を挙げて呪いを解きます」


 女王陛下は、トラップらしきバックドアの存在を解っていました。


 自分一人では危険なので、私の助けを得て、解錠しようと試みました。


 しかし、バックドアを開けた私は、呪いを受けました。


 立場のある女王陛下が、豚にならなくて、良かったです。



「呪いは受けましたが、同時に、解除方法も判りました」


 呪いの声と同時に、解除の声も聞こえたのです。


「愛する人と結ばれること、これが解除のカギです」


 それを聞いた女王陛下は、驚いています。

 豚公爵は、態度が全く変わりません。



「王弟陛下は、ご存じでしたね?」

 豚公爵の顔を見ますが、知らないフリをされました。



    ◇



 王宮の庭、王族用のガゼボで、豚公爵と向かい合って、二人だけで座ります。


「お嬢ちゃん。もし、呪いが解けなかった場合、俺が一生面倒を見るから、心配するな」


「それは、王弟陛下からのプロポーズですね」


 私の言葉に、彼の左の眉毛が少し上がりました。



 私が幼いころ、王宮の庭で、暴漢に襲われた時、助けてくれたのは、豚公爵様でした。


 それを皆さんに話したのですが、豚公爵様は、人違いだろと言って、知らないフリをしました。


 知らないフリをする時、彼の左の眉毛が少し上がります。私は、幼いころから、ずっと観察してきて、発見しています。



「お嬢ちゃんには、婚約者がいるだろ」


 そうでした、私は、第一王子との政略結婚が決まっています。



    ◇



「ギンチヨとの婚約を破棄する!」

 第一王子が、女王陛下の執務室で、宣言しました。


「なぜでしょうか?」


 もともとが、愛情のない政略結婚なので、事務的に答えます。



「豚と結婚できるわけがないだろ」


 すでに、王国を挙げて私の呪いを解くことが、秘密裏に動いています。


 第一王子が金髪をかき上げました。これは、自分に酔っている時の、クセです。


「私は豚ではありませんが、承知いたしました」


 浮気性の第一王子とは別れたいと思っていたので、ちょうど良いです。



 女王陛下が怒り、第一王子の王位継承権を剥奪すると宣言し、彼を部屋から追い出しました。



 女王陛下は、亡き国王とは政略結婚でした。

 噂では、王弟陛下が好きだったようです。



 豚公爵の呪いを解析した私には分かります。

 王弟陛下は、女王陛下が好きでした。


 王弟陛下と女王陛下が結ばれれば、豚公爵の呪いは解けるのに……


 なぜ、お二人は、一歩を踏み出さないのでしょうか。



「ギンチヨ、王弟陛下との婚約を考えてほしい」

 女王陛下からの、驚きの提案です。


「今すぐ返事をとは言わない。少し時間をかけて、考えてほしい」


 突然のことで、私は何も答えられませんでした。



「付いてきなさい」

 女王陛下が、部屋を出て、どこかに向かいます。



    ◇



「ここは?」


 広い地下室です。中央に、拳闘のリングがあり、観客が大勢います。


「「キャー、豚さん!」」

 女性の黄色い声援がすごいです。

 リングの上に、ノースリーブに短パン姿の豚公爵がいました。


「負けるなよ、ゴリラ!」

 相手の男性には、男性から声援がかけられます。


「ここは地下闘技場です。拳闘の試合が行われる会場ですよ」


「彼は、女性から声援をもらうのが、何よりも好きなのです」


 女王陛下の瞳は、リング上の豚公爵を捉えています。



 貴賓席から、観戦します。拳闘のことは、よくわかりませんが、殴り合って、倒れた方が負けのようです。



 相手のゴリラさんが倒れ、黄色い歓声が地下闘技場に響き渡りました。


「彼は、戦争の中で、心を失わなかったから、人間を見限ったのよ」

 女王陛下は、安堵の顔をしています。



    ◇



 神殿の一室で、豚公爵が、床に広がる魔法陣の中央で、お気に入りの椅子に座って、のん気に本を読んでいます。


「お嬢ちゃん、徹夜しているのか? 肌が荒れているようだが」


 私の、少しの変化に気がついたようです。


「休まないと、頭の回転が落ちるし、何よりも美容に悪い、良い男を捕まえられなくなるぜ」


 いつも優しい豚公爵です。



「王弟陛下は、豚になることが、怖くなかったのですか?」


「私は、怖いです」


 豚公爵は立ち上がり、私を優しくハグしてくれました。



「豚になるのは、怖いものだ」


「でもな、愛する人を失うのは、もっと怖いんだ」


「俺は、豚になったんじゃ無く、くだらない人間を捨てたんだ」



 私は、豚公爵の胸に顔を埋め、涙を流します。


「私が、もし豚になったら、お嫁さんにもらってくれますか?」


「女王陛下ではなく、私を選んでくれますか?」



 豚公爵の目を見ます。


「え?」


 一瞬、豚公爵の顔がイケメンに戻りました。



「今日、拳闘の試合を見に来ていたな」

 もとの豚の顔になっています。


「明日も見に来な、答えがそこにある」


 豚公爵は、私を離し、部屋を出ていきました。



「愛する人と結ばれると、呪いは解けるのですよ……」



    ◇



 拳闘が行われる地下闘技場です。

 なぜか観客はいません。


 リングの上には、豚公爵と、細身で筋肉質な黒髪の男性が立っています。


「あれは、第二王子のクロガネ様!」

 彼とは幼馴染ですが、なぜ?


 私の気持ちの奥底で、焼けボックイに火が着きます……



「王弟陛下、勝った方が、ギンチヨをもらうことで、よろしいですね」


「その賭けに乗った。ギンチヨが賞品なら、俺は本気で行くぜ、ひよっこが」



 豚公爵の重いパンチが唸り、クロガネ様の早いステップが紙一重で避けます。


 豚公爵の重いパンチが1発当たると、クロガネ様の早いパンチが2発当たります。


 素人目には、五分五分に見えます。両者の顔が腫れあがってきました。


 パンチの相打ち! 二人のヒザが、床に落ちました。

 それでも、彼らは、立ち上がろうとしています。



「もう止めてください」

 リングに駆け上がり、二人の間に割って入りました。


「王弟陛下に嫁ぎますので、クロガネ様を殴るのは、もう止めてください」


 私は、クロガネ様をかばい、豚公爵に向かってお願いします。


 クロガネ様が、立ち上がりました。



「貴方たち、何をやっているの!」


 女王陛下が、地下闘技場に駆け込んできました……




    ◇




 私が呪いを受けてから、一週間が経ちました。


 王国を挙げて、呪いの解除方法を探しましたが、わかりませんでした。


 王宮の庭、王族用のガゼボで、顔を包帯でグルグル巻きにした男性と隣り合って、二人だけで座ります。



「私が、もし豚になっても、貴方のお嫁さんにしてくれますか?」


 隣の男性は、包帯を巻いたこぶしを上げて、サムアップで答えてくれました。


 日が傾き、呪いの時刻です……




    ◇




 あれから10年が経ちました……


 地下闘技場の貴賓席で、女王陛下と試合を観戦する私は、人間の姿です。



「「キャー、豚さん!」」


 女性の黄色い声援がすごいです。


「負けるなよ、ゴリラ!」


 男性の声援も聞こえます。



 リングの上で、年齢は重ねましたが、連勝中の豚公爵が、格好良く、女性たちに手を振っています



 彼は、また、自由を選びました。


 もしかしたら、愛する人を想っての選択かもしれませんが、彼だけしか分からないことです……



 貴賓席の中で、初等部の男の子が、試合に興奮しています。


「おばあ様、僕も強くなりたい」


 女王陛下は、黒髪の男の子に微笑みました。




━━ fin ━━



あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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