MICE

 さかのぼって————二〇〇二年、七月一日。





 帝都東京足立区、帝都武道館付近のビルディングの間に広がる、薄暗い路地裏の一角にて。


「……貴様、いったい何者だ?」


 鴨井村正かもいむらまさは、落ち窪んだような眼窩がんかの奥から眼光を放ち、目の前にいる男を睨んで再び問うた。


 陽気な熊を思わせる男だった。

 一見細身に見えて、近づいてみると筋肉の高い密度が分かる体格。

 精悍だが男臭さが控えめな、角の取れた顔つき。さっぱりと切られた短髪。

 

 たいして珍しくも無い、一般的な日本人の成人男性に見える。


 しかし、その挙動から濃厚に匂う、死の気配。


 何より——先ほどの自己紹介。


 目の前の男は、やや面倒そうにその自己紹介を再び繰り返した。


「日本語には自信があるんだがね。まあいいや、もっかい言うぜ。——俺はトーシャという者だ。この日本じゃ「木崎圭介きざきけいすけ」で通っている。よろしく頼むぜ、『呪剣じゅけん』の旦那」


 


 どう見ても黄色人種にしか見えぬこの男——トーシャの口から発せられた、異人である証左となる発言。


「……貴様も中国人か」


「違う。俺はロシア人だよ」


 ロシア人——それを聞いた村正は、訝しげな目をして問うた。


「その割には、肌がなまっちろくないが?」


「白けりゃロシア人、ってのはあまりにステレオタイプな見解だと思うぜ『呪剣』。ロシアは多民族国家だ。お前の言うなまっちろい奴もいれば、黄色い奴も浅黒い奴もいる。……俺はこの国にルーツを持つだ」


 とりあえず、日本人と変わらぬ姿で外国人を自称した理由は理解できた。


 だが、まだ疑問はある。


「その『呪剣』という呼称、使? やはり貴様、さっきの中国人の仲間ではないのか」


「だから違うって言ってんだろうが。あの中国とは縁もゆかりも無ぇよ。切りつけた人間に呪いを付与して狂わせる『呪剣』……そんな「都市伝説」を知ったキッカケは、俺が日本に飼ってるスーカから聞いたからだ。その情報を手掛かりに、お前のことをずっと探していた」


「すーか、とは何だ」


「直訳すると「雌犬」だ。だがの間では「裏切り者」という意味も持っている。……この帝国の治安を守る内務省の官僚のくせに、俺達に協力している『裏切り者スーカ』のことだよ」


 つまりこの男は内務省ではないが、その内務省に情報源を持っているということだ。


 その情報源スーカを経由して、この男は『呪剣』という「都市伝説」を知ったのだ。


「なるほど、一応理解した……だがそのせいでもう一つ疑問が生まれたぞ。その荒唐無稽な「都市伝説」とやらを、?」


 至剣という常識を超えた神技と近しい存在である嘉戸かど宗家から聞かされたのならともかく、内務省の者から「都市伝説」という形で聞いたこの男。


 聞くに荒唐無稽なその「都市伝説」を、どうしてこの男は信じたのか?


 真実である、という前提を心に抱いてなければ、わざわざこのような形で『呪剣村正』を探し出して「話し合いがしたい」なんて言い出さないはずだ。


「……百聞は一見に如かず、だな。「こいつ」を見てもらった方が早ぇ」


 億劫げに言うや、トーシャは路地裏に落ちていた汚い木刀を蹴って宙に浮かせ、その柄を掴む。


 村正は警戒心を一気に引き上げる。


 だがトーシャは村正に背を向け、木刀を横一文字で宙に振った。


 その横一文字の空振りとタイミングを完全に一致させる形で——


「な——!?」


 村正は驚愕を隠せなかった。


 当然だ。


 何故ならその刀疵かたなきずが生じたビルの外壁と、トーシャとの距離は、目算しておよそ。木刀のリーチの遥か先だ。


 木刀に何か細工をしていた? 否。あの木刀は偶然落ちていたモノだ。やんちゃなガキ共が喧嘩に使ったモノだろう。


 すなわち——これは「技」だ。


 このような不可思議な技法は、普通の剣術ではあり得ない。


 考えられる可能性は、一つ。


「まさか、貴様もを……!?」


 トーシャは振り向き、したり顔でうそぶいた。


「貴様、ねぇ? つまりその『呪剣』、やっぱり「コレ」と同じく至剣だったわけだ」


「……帝国で、学んだのか」


「いや、違うね。ロシアだよ」


 村正はやや声を荒げた。


「嘘をつくな。ロシアでは至剣流の支部道場を作ることは出来ないはずだぞ」


「そうだねぇ。マーシャルアーツを隠れ蓑にしたカルトだとか、日本版ディアスポラだとか、散々な言いがかりをつけられてな。……俺が学んだ至剣流は、だよ。嘉戸宗家から離れた所で伝えてたから、免許制度とか完全無視だけどな」


「家伝だと……そういえば貴様、この国にルーツがあると言っていたな。貴様は、この国からロシアへ移住した日本人の末裔ということか?」


「そうさぁ。俺の祖先は会津戦争あいづせんそうで敗残した侍でね、西洋人に尻尾振りまくりな新政府が治める帝国に愛想を尽かして海外へ出て、その末にウラジオストクに定住したってワケ。この至剣流も、祖先から伝わったモンだ。一応、奥伝目録おうでんもくろくを持った皆伝者だったんだぜ?」


 言うや、トーシャはもう一度虚空に木刀を振る。またしてもその振った軌道と同じ刀疵が、向かい側の壁に刻まれた。


 それから村正へ向き直る。


「話を戻すか。——まあこういうわけで、俺も摩訶不思議な『至剣』を持つ身だ。だからこそ『呪剣』についても信じられる気持ちがあった。そしてお前を探し出したってわけだ、『呪剣』よ。……そういえばお前、なんて名前?」


「……鴨井村正だ」


「へぇ、妖刀と同じ名前かい。こりゃ因果を感じるねぇ。よろしく頼むぜ、妖刀村正くんよ」


 茶化すようなトーシャの物言いに、村正は眼を剣呑に光らせる。


「何故、貴様も至剣を使える?」


「いや、その理由はさっき言っただろうが。俺も至剣流を学んだからだっての」



 村正の口調が自然と苛立ちを帯びる。


「……俺は、あらゆるモノを捨て去って、その果てにようやくこの『至剣』を手に入れたのだ。しかし、貴様からはそんな執念が欠片も感じられぬ。それどころか、己の至剣を玩具のごとく扱っているように見えるぞ」


「おいおい酷い言われようだな。俺は俺なりに一生懸命地道に頑張ってこの至剣を得たんだぜ?」


「それは、貴様の方が俺よりも才覚に溢れていると自慢したいのかっ?」


「そう怖い顔すんなっての。……なぁお前さ、その至剣流をどこで習ったわけ?」


「嘉戸宗家の認可道場でだ。今はもう除名されているだろうがな」


 何を当たり前なことを、と苛々しながら答える村正。


 それを聞いて、やはり日本人にしか見えないその顔をニヤリと笑わせるトーシャ。叩き斬ってやろうかと思った。


「お前さ、はいくつよ?」


だ。……おい貴様、さっきから何を愚問ばかり繰り返す?」


 村正がいよいよ我慢の限界だぞとばかりに問うと、トーシャは勿体ぶるように数秒間沈黙してから、驚くべきことを口にした。


「俺が学んだ型の数は、だ」


「——なんだと?」


 何を馬鹿なことを。

 至剣流の型は、全部で五十のはずだ。

 二十四では、その半分以下だ。


 至剣流を舐めているのか——そう言おうとするのをさえぎるように、トーシャは二十四の、聞き覚えの強くある固有名詞を列挙していった。


「『石火せっか』『旋風つむじ』『波濤はとう』『綿中針めんちゅうしん』『雁翅がんし』『颶風ぐふう』『鴫震しぎぶるい』『電光でんこう』『法輪剣ほうりんけん』『瑞雲ずいうん』『鎧透よろいすかし』『閃爍せんしゃく』『風車かざぐるま』『浦波うらなみ』『委逶いい椿つばき』『浮船うきぶね』『龍虎剣りゅうこけん』『白虹貫日はっこうかんじつ』『聚蚊しゅうぶん』『麒麟きりん』『霹靂神はたたがみ』『曼珠沙華まんじゅしゃげ』『迦楼羅かるらけん』『みずちノ太刀のたち』。

 ——以上が俺の学んだ型の全てだ。

 を押し付けられた身とはいえ、お前も『至剣』を得られた身なら、俺が挙げたこれらの型の全てに「何か」を感じるはずだぜ? どうよ?」


 何も感じない……訳がなかった。


 何故ならそれらは、自分が五十の型の中から、二十四の型と、ぴったり一致していたからだ。


 それら二十四には、確かに「何か」があった。


 半減したとはいえ、二十四という決して少なくない数の型。


 それら多くの型の芯を貫き、一つの数珠のごとく束ねている糸のような「何か」が。


 確かに、あると感じていた。


 だからこそ、村正はほとんど本能的に、稽古する型を選別していたのだ。


 トーシャは、そんな気付きを得ている村正を、まるで憐れむような目で見ていた。


「——可哀想にな、お前。完全にを掴まされてたぜ」


「どういうことだ……」


 村正は警戒心と苛立ちを崩し、動揺を帯びた声で問うた。


「至剣流の型の数はな、もともとは二十四だったんだよ」


「なんだと……!?」


「大正時代あたりかね。至剣流剣術が学校教育にねじ込まれた時期から、型の数が突然モリッと五十に増えやがったのさ。増えた型の中には、新陰流、神道流、タイ捨流とかで見たことある動きがいっぱいだ。レパートリーは確かに増えたが、少なくとも至剣流本来の「根理こんり」からはかけ離れたクソ型ばっかりだ。何より——修行者が『至剣』を開眼させられる確率がガクンと低下した。これじゃ家元制度にした意味がねぇわな」


 信じられなかった。


 しかしこの男は、自分と同じように『至剣』を使える。


 おまけにその至剣流は、幕末からそのまま形を変えていないモノだ。なおのこと説得力があった。


「なぜ……そのようなことを」


 村正は、呆然とまた問うた。神託を乞う敬虔けいけんな信徒のような態度で。


 トーシャはそれに対し、哀れなモノを見る目を崩さず、答えた。


「詳しくは宗家しか知らねぇだろうが、考えられる理由は一つだ。——宗家がデカい顔してぇからだよ。至剣を開眼させられず悩む下々の門人。それら有象無象の上に君臨する、軒並み至剣を開眼させている華々しい宗家! どうよ? 嘉戸宗家のがモリモリ高まってるとは思わねぇかなぁ?」


 さらに畳みかけるようにトーシャは続けた。


「お前さ、さっき「今は除名されてる」って言ってたよな? それってつまりさ、破門されたって事だろ? 宗家からさぁ」


「…………その通りだ」


 己の恥部を晒すような気持ちで言った村正に、トーシャは語りかけた。


 悪魔が、耳元で甘くささやくように。


「そのお偉い宗家共はさぁ……きっとお前が目障りだったんだよ。有象無象の分際で、必死の努力の末に『至剣』を得た、お前のことが。しかも、それが超強力な『呪剣』ときたもんだ。目の前の人間一人二人を斬り殺す程度のモンじゃねぇ、使い方次第では一国も簡単に滅ぼせて、世界の勢力図すら変化させられるほどのな。なおのこと目障りな存在だと思うだろうよ。——お前の至剣は「特別」だ。だからこそ疎んじられて、追い出された。チンケな宗家だよなぁ」


 ……あり得る話だった。


 自分は確かに、『至剣』に対して、過剰に入れ込んでいたかもしれない。そのせいで、周囲から距離を置かれていた。

 だが、それだけだ。それ以外に、嘉戸宗家に迷惑をこうむらせるような真似は、いっさいしていない。賭けてもいい。

 自分はただ、至剣流を懸命に修行していただけだ。

 その末に、至剣を得ただけだ。

 嘉戸宗家に背くどころか、その宗家が示す「正道」を守り、その果てにたどり着いたのだ。


 それなのに——宗家は自分を追い出した。


 怒りが込み上げてくる。とめどなく。際限なく。

 元々憎かった宗家が、さらに憎くなった。

 「正道」を守ったのに、至剣の強力さを疎ましく思ってそんな自分を叩き出した宗家が。

 おまけに、その「正道」すらも己が権威のために歪め、それによって自分達門人を騙してきた宗家が。


 皆殺しにしてやりたい。


 自分が苦練に苦練を重ね、その上にさらに苦練を積み上げた果てにようやく手が届いたこの『至剣』で、思い知らせてやりたい。


「——思い知らせてやろうぜ? 伝承を歪めて門人どもを騙してる嘉戸宗家とかいう詐欺師どもと、詐欺師と知らずに嘉戸宗家を特別視してやがる有象無象どもに、お前の剣の恐ろしさを。お前が生涯を供物くもつに捧げて得たその『呪剣』、「俺達」のもとで思う存分振るってみないか? 「俺達」には、それを手助けする力がある。誰にはばかることもなく、存分に振えばいい。……お前の『呪剣』には、世界を変える力があるのだから」


 強い甘みを帯びたトーシャの問いかけ。


 村正はしばらく沈黙してから、返答した。


「……いいだろう。貴様の狙いが何かを窺い知る術は無いが、この『』を存分に振るえ、なおかつその力を世に知らしめられる機会をくれるというのなら、喜んで貴様に踊らされてやろう。——それ以外に、俺のやりたい事は無い」


 それを聞いたトーシャは、口端を吊り上げた。






 †






 ロシアには「玩具屋の隣」という俗語がある。


 これは、「KGB本部」という意味を持った、旧ソ連時代の隠語だ。


 ソ連国K家保安G委員会Bの本部は、モスクワのルビャンカ広場にあった。その隣には、ソ連から今なお続いている子供向けの玩具デパートがあった。それに由来している。


 ——トーシャが属している組織『玩具イグルシュカ』の名前の由来も、また。


 ソ連崩壊後、元国家保安機関職員チェキストがたどった道はさまざまだった。

 政治家になる者もいた。

 新ロシアの保安・国防関係のポストを務める者もいた。

 学者になる者もいた。

 機密文書を山ほど抱きしめて外国に亡命する者もいた。

 そして——犯罪組織に身を落とす者もいた。


 『玩具イグルシュカ』は、元チェキストが多数所属している、有数のロシアン・マフィアである。


 ロシアを拠点とし、世界中に支部を秘密裏に構えている。


 トーシャの所属は、その中の一つである日本支部だ。


 主な活動内容は、KGBと

 すなわち、諸外国に対する浸透工作や不安定化工作。

 KGB時代の表現で言うところの『積極アクチブヌィエ措置メロプリャーチャ』である。


 世界中に蜘蛛の脚のごとく散在した支部は、その頭脳である本部と……そして現ロシア政府高官の一部と繋がりを持っている。


 ——KGBは、このように形を変えて、今なお生き続けている。


 そのKGBの間では、かつて「MICEマイス」という言葉が使われていた。

 元々はCIAの使っていた俗語だ。

 Money金銭Ideologie政治思想Compromise妥協Ego自我——これら四つの英単語のイニシャルを取って並べて「MICE」である。

 これら四つは、人間に対する「付け入る隙」である。

 どれほど賢く人格に優れた人間であろうと、「MICE」のうちのどれか一つか二つを掌握してしまえば、たちまち自覚的か無自覚的な下僕と化す。

 旧KGBはこの「MICE」を利用して、あらゆる国の重要人物をコントロールし、浸透工作を繰り返してきた。

 その残党を多数抱える『玩具イグルシュカ』も、このやり方を受け継いでいる。


 ——トーシャは先ほど、鴨井村正の「MICE」のうち「E」を満たした。


 あの男の剣への入れ込みようは、数度話しただけですぐに理解できた。

 いわゆる、生涯を剣に捧げてきた生粋の剣士。

 こういう一本気な人間を御するのは実に容易い。

 トーシャは村正の中にある、唯一の、しかし強大な「自我E」を満たした。

 こうして『玩具イグルシュカ』日本支部は、『呪剣』という強大な兵器を手に入れた。

 

 ——それと同じような形で、の「MICE」も満たした。


「ただいま、圭介けいすけさん」


 その日の夜七時半ごろ。その緩んだ声とともに玄関を開けて入ってきたのは、このマンションの一室の主である箕輪澄江みのわすみえだ。


「おかえり、澄江さん。ご飯もう出来て——うおっ?」


 トーシャがキッチンから出てくるのを見るや、スーツ姿の澄江はトーシャの胸の中へ飛び込み、背中に両腕を回してきた。


「ぎゅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜……!」


 トーシャの胸に顔を埋めて、擬音をわざとらしく口で言う澄江。……甘えているのだ。


「ど、どうしたの、澄江さん?」


「今日、いつにも増して、圭介さんが恋しかったのっ。早くおうち帰って、こんなふうにぎゅってしたかったのっ。わるいっ?」


「いや……別にいいけど」


「うふふふっ。それじゃあお言葉に甘えて……ぎゅぅぅ〜〜〜〜!」


「……甘えん坊だなぁ、澄江さんは」


 さらに締め付けを強める澄江。その頭を撫でるトーシャ。


 ひとしきりそうしてから、澄江は離れた。


 風呂場へ向かうべくリビングを出る寸前、いたずらっぽい笑みで振り返り、


「一緒に入る?」


「い、いいよっ」


 恥ずかしそうに否定するこちらの態度を見て満足げに微笑み、澄江は今度こそ風呂場へ消えた。


 微かな衣擦れの音、バスルームのドアを開く音、シャワーが人肌を打つ音……そこまで耳にしたところで、トーシャは一度「木崎圭介」という仮面を脱ぎ捨てた。


 ソファーにドカッと腰を下ろす。澄江が愛している「木崎圭介」が絶対にしないであろう、乱暴な座り方だった。


 ——鬱陶しい雌犬スーカだ。


 煙草の一本でもいきたいところだが、「木崎圭介」は煙草をしない。おかげでここしばらく禁煙続きだ。


 ——国内の警察機構を一手に統括管理する、内務省。

 箕輪澄江がそこの官僚であることは、

 その上で近づいた。

 夜道を襲う悪漢を仲間に演じさせ、自分がそんな悪漢達から弱いながらも澄江を守ろうとする宿無し青年を演じた。そうして澄江に取り入った。

 澄江の生活圏まで踏み込んで、健気で清貧な青年になりすまし、澄江の心の内まで分け入った。

 海外で『積極的措置』を行っていたKGB職員は、異性の心を開く術を知り尽くしていた。

 どれほど聡明な人間も、情愛に溺れればその知能と判断力は極端に低下する。それによってベッドの上で秘密を漏らした国連職員や軍将校は少なくない。

 そうして澄江の「MICE」の「E」を満たし、今ではすっかりトーシャの愛の奴隷だ。

 

 澄江はすっかり自分に心を許しきり、本当によく喋ってくれる。

 ベッドで愛情を表現してやれば、まるでキャンディの包み紙のように口が軽くなる。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、己の職務に関する情報がその口からまろび出る。

 それによって『呪剣』のことも、その『呪剣』がやったと噂されている事件現場も、全部知った。

 箕輪澄江という有望な女官僚は、今や内務省に仕掛けられたバックドアだ。


 ——そろそろか。


 バスルームのドアを開け閉めする音を耳にしたトーシャは、再び「木崎圭介」に戻った。


 Tシャツにハーフパンツという簡単なパジャマ姿の澄江と交代で、自分も風呂へ入る。


 そうして風呂から出た後、作っておいた食事を食べる。


 完食後、トーシャが食器を片付けに入ったが、その最中、ずっと澄江が引っ付いていたため、やりづらかった。


 片付けを終えると、半ば澄江に引っ張られる形で、同じソファーの上にぼふんと座った。


「んふふふふ」


 トーシャの腕に甘えてくる澄江。


 誘うような、シャンプーの香りと、上気した頬と、潤みを帯びた上目遣い。


「ねぇ……圭介さん……」


 酒精に酔ったような、うっとりとした赤い顔。


 この女を酔わせているのは、愛という美酒だ。


 そして、こういう顔で自分に迫ってくる時は……だ。


(マジかよ……昨日の今日じゃねぇか)


 澄江の貪欲さに心中で呆れながら、体と表情では情欲を演じた。


 慣れた作業だ。


「澄江さんっ……!」


「あっ、んむっ……!」


 優しくソファに押し倒しながら、唇を唇で塞ぐ。


 唇と舌をねじ込み合うようなキスを交わし続ける。


 溶け合い、混ざり合い、一つになっていくように。


「はぁっ……んむちゅっ…………圭介さん、愛してるわっ……!」


「俺もだよ、澄江さんっ……俺だけの澄江さん……!」


 熱い愛撫に熱い愛撫で応じつつも、トーシャは内心で気が滅入りかけていた。


 ——本当に好き者だな、この女。ほぼ毎晩だと、俺の身がもたねぇぞ。

 

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