変な夢、そして朝
——僕は、
一匹の、金色の蜻蛉。
細長い体をくねらせ、一対四枚の
後ろへ退がることは一切せず、ただ前だけへ飛び続ける、一匹の金の蜻蛉。
前しか進めない僕の前には、数多の人々の威容が立ちはだかっていた。
屈強で大柄な肉体、堅く武張った甲冑、手にした鋭い刀や槍や
一人一人が天下無双の強者であると一目で分かる無数の
この強者達の群れは、鼠一匹どころか、蟻一匹ですら素通りを許さないだろう。
それでも
蜻蛉である以上、退がる事はできないから。進むしかない。
やがて僕は、強者達の間合いへとその身を入れた。
途端、次々に刃が振るわれた。
鋭く、疾く、洗練された剣技だった。当たれば鉄や岩さえも断ち割りそうな斬れ味を内包した一太刀が、
しかし、僕はそのどれにも斬られることなく、前へ飛び続ける。
再び無数の太刀が迫る。
それにも当たることなく通過。
さらなる太刀の群れも、かすりもせずに素通り。
豪傑が振るう必殺の一撃が雨のごとく絶え間なく迫る。
だけど、一撃すらも、僕に当てるどころか、触れることもできない。
豪雨の中ひとしずくにも身を濡らすことなく歩くように、僕は刃を振るう群雄の中を無傷で駆け抜ける。
ただ真っ直ぐに。
その先に、自分の求めている「何か」があると信じて。
やがて、地を埋め尽くすほどであった豪傑の群れに、終わりが見えた。
その先に待っていた「何か」は——美しい少女だった。
絹帯のような長い黒髪、磨かれた黒曜石のごとき
女の子が、おもむろに手を前へ伸ばす。
その白く細い指先に、
そこが、僕の止まるべき場所であると、すぐに分かったからだ。
女の子はまるで慈しむように微笑むと、顔を——その桜色の唇を近づけてくる。
ああ、早く、それを、僕にください。
唇が僕の金色の体に触れ、その柔らかさを実感するのと同時に——
目が覚めた。
先ほどまでの光景が夢であることを自覚し、意識を覚醒させ、部屋の状況を確認するまで、一瞬だった。それくらいの目覚めの迅速さだった。
見慣れぬ天井。見慣れぬ壁と窓。嗅ぎ慣れぬ匂い。自室のソレとは明らかに柔らかさが違う布団。
ここは、望月家の客間だ。
昨日、結局自宅へ戻るわけにもいかなくて、結局この家で一晩過ごしてしまったのである。
僕が寝間着として着ているのは、望月先生からお貸しいただいた作務衣。しかしあのガタイの良い望月先生の着ている作務衣だ、チビな僕が着ると丈がめっちゃ余る。なので
ちなみにエカっぺも僕と同じくここに泊まった。だけど彼女は僕と同じ客間ではなく、螢さんの部屋で寝ることになった。う、羨ましい……ズルいぞ同性。
まぁ、それにしても。
「変な夢、見たなぁ……」
あまりにも幻想的で、それでいてまるで本当に自分の身に起こったかのような生々しさが心身に残る夢。
さらに、あの黒髪の女の子。あれは螢さんだ。
螢さんとチューする夢は、その…………何回か見てるけど、トンボになってキスする夢というのは我ながら斬新だと思った。そのせいか、恥ずかしさも、男子特有の生理現象すらも起こらなかった。
とりあえず顔とか洗いたいと思い、立ち上がって客間を出た。ちなみに客間は二階だ。
「あ、おはようエカっぺ」
ドアから出てすぐの廊下で、エカっぺと遭遇。彼女も寝起きであるためか、そのショートな金色の髪がところどころ跳ねている。
ちなみに着ているのは白い浴衣の寝間着だ。……望月先生が、亡くなった奥様の遺品を貸してくださったのだ。
「おはよコウ……って、やだっ。あんまり見ないでよ」
エカっぺも挨拶を返してくれるが、すぐに恥ずかしそうに髪をいそいそ
あぁ、寝起きのところを見られたくなかったのか。女の子だから当然か。
「僕は別に気にしないのに」
「あ、あたしが気にするのっ。とにかく、あんま見ないで」
とはいえ、何を代わりに見ればいいのか——と思った矢先に、その見るべき対象はエカっぺの後ろからヌッと現れた。
螢さんである。
彼女もエカっぺに似たような白い浴衣を着ていた。
その綺麗な黒い瞳は寝ぼけ眼で、焦点が定まっていない。いつもは一律に流れている長い黒髪は、今は周囲に拡散していて妖怪みたいだ。
寝起き螢さん寝起き螢さん寝起き螢さん寝起き螢さん……!!
螢さんはその小さなお口を手で隠しながら、あくびをした。
「……ふぁ。おはよぉ、コウ君」
「お、おはようございます」
「ふぁ」!? 「ふぁ」って何!? 何その可愛いあくび!? 僕のこと殺しに来てる!? 模写して良いですか!? くそっ、スケブと鉛筆は鞄ごと学校に置いてあるんだった!
「……変態」
そんな僕の気持ち悪い葛藤を察したのか、エカっぺの冷ややかな一言。
うぐ。少し興奮しすぎたか。エカっぺのおかげで頭が冷えた。
「それより……今日の話し合いは午前十一時からでしたっけ?」
僕は確認を取る意味も込めて、螢さんにそう尋ねた。
「うん。ちなみに今はまだ朝の七時。まだ時間があるから、朝食にする」
言うと、螢さんは階段の方へと歩きだした。寝ぼけ眼だが、足取りはしっかりしていた。相変わらず足音はしない。習慣レベルのようである。
その背中をエカっぺが追う。
「あたしも手伝うっ」
「いいの?」
「う、うん。一宿一飯の恩義、ってやつで」
「ありがとう。じゃあお願い」
そう言いながら、階段の奥へと消えていく二人。
「さて、僕も顔洗って着替えようかな」
僕も二人に続いて、階段へと向かう。
あの二人からどんな朝食が生み出されるのかは分からないが、どんなものを出されてもしっかり食べよう。
——今日はおそらく、長丁場になるかもしれないから。
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思春期男子特有のキモさを書く時だけやたら筆が進む不思議。
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