上達、そして女学院
二〇〇一年九月十日。月曜日。
まだ日が上りきっていない瑠璃色の空が天に広がる、早朝。
僕は今日も今日とて、登校前の朝稽古。
望月さんに出会って以来、僕はすでにこの朝稽古の習慣を一ヶ月は続けていた。
最初はぎこちなかった型の動きも、随分と馴染んでいる。
手も、木刀の握り心地を、当たり前のことのように感じてきている。
何より、一週間以上前の、切紙剣士との激闘。勝利。
僕は、剣士として、着実に成長している。
そんな実感を覚えていた。
†
「————時は来た」
「何のよ」
かっこいい感じの口調で言った僕に、エカっぺから冷ややかな突っ込みが入る。
朝のホームルームを控えた一年三組の教室で、僕ら二人はいつものごとく
鼻息荒く、僕はエカっぺに告げる。
「決まってるじゃあないですかエカっぺさん。
「負けるでしょ」
断言されてしまった。
「相手は免許皆伝者よ? 至剣流の剣士は日本中に死ぬほどいるけど、免許皆伝にまで至れる人はほんの一握りの才能ある人だけ。その才能という前提の上にたゆまぬ稽古と研鑽を重ね、『
現実を容赦無く突きつけられ、「う」と唸る僕。
そうだ。至剣流の
だからこそ『至剣』という剣技にも滅多にお目にかかれない。
ゆえに、都市伝説扱いされたり、
……ちなみに、陸軍の英雄である望月
そういう事情があるからこそ——一族のほぼ全員が『至剣』を得て免許皆伝を果たしているという
彼らのように『至剣』を手に入れたいと思って修行に励む者は多い。そしてそれは、たいてい叶わずに終わる。
望月螢さんは、そんな『至剣』を得た、最強の剣士の一人なのだ。
「で、でもさ! 最初から負ける気で戦うなんて変じゃないかっ。たとえ勝てなくても、やるからには勝ちに行くから! ——というわけでお願いします、エカっぺ先生」
「はいはい、アレでしょー? 望月螢さんがどこにいるのかって」
僕にこれから聞かれるであろうことを前もって予想していたように、エカっぺは気だるげに、しかし
「まずは家ね。……望月螢さんは望月大将の義理の娘だから、必然的に住んでる家は望月大将の家よ。この千代田区の中にあるわ。だけど場所は知らないわ。そもそも、そこにわざわざ赴くよりも、もっと確実に会える場所が一ヶ所あるわ。同じく千代田区にね」
「どこですかっ?」
「望月さんの通ってるガッコ。——「ヨシ
「ヨシ女、って…………まさか、『
びっくりしている僕に、エカっぺは「ん」と頷く。
葦野女学院。通称「ヨシ女」。
明治時代からの歴史を持つ由緒ある女学校にして、この国の最高学府である帝都大学の付属校の一つ。
お金持ちや政治家、高級官僚、さらには皇族まで。
そういう「イイトコ」の娘ばかりが通っている、いわゆるお嬢様学校。
「すごいなぁ…………剣術が一流なだけじゃなくて、学校まで一流なのかぁ」
「イイトコの家は、自分の子をイイトコの学校に通わせたがるのよ。特に娘はね。変な男に引っかかって、間違って妊娠でもしたら目も当てられないもの。隔離みたいなもんかな。あと、同じくハイレベルな家柄の男とか、将来性のある男と出会って結婚するための社交場みたいな役目も果たしてるわけよ。ヨシ女が最高学府である帝都大学の付属校の一つになってるのも、多分そのあたりが理由かもね」
この国の義務教育は中学校までだ。それ以降の進路は人によって異なる。
頭の良い人なら大学の付属高校に行くし、専門学校に行ったり、士官学校に行ったり、あるいはそのまま働きに出る人も少なくない。
女の子の中には、中学卒業後すぐ嫁入りする人も結構いる。良い家柄の女性ならば特にそうだ。
……余談だが、日ソ戦の勝利後に日本と軍事同盟を結んだアメリカの某高官は、このような女性の在り方を「女性を犬猫のごとく扱う時代遅れの女性観だ」と批判し、「改善」を提案しているそう。
——なるほど、葦野女学院か。
目的地を見定めた僕は、これからの予定を決めた。
「——うっ! 急に腹痛が!? ごめんエカっぺ、僕早退するから! あとはお願いします!」
「いや、頭押さえながら腹痛って意味分かんないし…………って、あれ? ヨシ女って男入れたっけ?」
呆れ果てたエカっぺの声を聞き流しながら、僕はダッシュでヨシ女へ向かった。
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今作の日本では、中卒から働きだす人も少なくないため、中卒労働者に対する偏見は現実世界ほど酷くはないです(皆無ではありませんが)。
あと、文中に書いた通り、中卒で嫁入りする女性も結構います。
螢さんが十四歳の段階から求婚されまくっていたのには、そのあたりの事情が関係しています。
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