第10話 芋聖女、推しに翻弄される

「ええい、いつまで黙っているつもりだ!」


 あまりにもセイグリットと見つめていると、早く言わないかと怒られてしまった。


「聖女の力に解毒の魔法があるのは知ってますか?」


「回復魔法にもそれはあるよな?」


「魔力は回復魔法の解毒だけだと全ては取り除けないです。ただ、聖属性魔法の解毒ならそれも可能なので……それはどういう表情ですか?」


 セイグリットは呆然と私の顔を見ていた。


 やはりこの事実は知らないようだ。


 ゲームの中でもサラッと出てきたが、聖女の力が覚醒した主人公が裏ルートを出すために使う方法だ。


 あの時は攻略対象と山の中で迷子になって、洞窟で何日も過ごすことになる。


 その時に食料を確保する時に重要な知識だ。


 これがわからないと攻略対象と最後は一つになって死ぬバッドエンドとなる。


 ええ、主人公が攻略対象者に食べられるか、反対に食べるかの選択になる。


 問答無用でバッドエンドに引き込む最悪な展開だったのを覚えている。


「回復魔法でもそんな使い方があるんですね……」


 あれ?


 まさかの回復魔法の使い方も知らないのかな?


「回復魔法は聖属性魔法には劣りますが、治癒も魔力量によってはできますし、魔力の解毒もできますよ。多少解毒しきれずに食べすぎたら魔力酔いを引き起こし――」


「メークイン令嬢!」


「はぁい!?」


 急に顔を近づけられたらびっくりしてしまう。


 一瞬口付けされるのかと思ったぐらい近づいてきた。


「あなたは私の女神……いや、この領地の女神様だ!」


「いや、そこはセイグリット様の妻でいさせてください」


 私としては別に領地の女神にならなくても良い。


 大好きな推しの妻ポジションになれたら、どうでも良いのが本音だ。


「メークイン令嬢ってブレないですね」


「ははは、屋敷の中が賑やかになって楽しいですね」


 相変わらず二人は私達を見て楽しんでいるようだった。





 朝起きて準備を済ませると早速魔物の討伐に向かうことになった。


「メークイン令嬢、目の下が黒くなってますが大丈夫ですか」


 心配そうにセイグリットは私の顔を覗き込む。


 ええ、推しとのデートだとはしゃぎすぎて寝れなかったのだ。


 結局気づいたら朝日が昇っていた。


「もし辛かったら私の胸で休んでください」


 胸で休む……?


 それはどういう状況なんだろうか。


「では失礼します」


「ぎぃやああああ!」


 セイグリットは私を抱きかかえるとそのまま馬の上に乗せる。


 今まで生きててお姫様抱っこをされたことがないのに、急に推しにされて叫ばない人はいないだろう。


 もちろん芋子の時代もお姫様抱っこなんて未経験だ。


 この無自覚イケオジはサラッと私の心を殴ってくるから心臓に悪い。


 今すぐに救急外来に受診した方が良いレベルだ。


「ではセバス行ってくる」


「坊ちゃん、奥様をよろしくお願いします」


「ふん、まだ私の妻ではない」


 そう言いながらも私はセイグリットの腕の中に包まれるような形で森に向かった。


 胸で休むって推しにもたれて休んでくださいってことか。


「どう考えても無理だあああああー!」


 私の声は冷たい空気の中突き抜けて行った。

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