第8話 芋聖女、推しを操ります

「お嬢様はここの領主の奥様だったんですね」


 後ろから付いてきた彼女は屋敷を見て驚いていた。


「ねぇ、もう一度言ってもらっても良い?」


「お嬢様はここの屋敷に住んでたんですね」


「私が聞きたいのはそこじゃないわ」


「えーっと、領主の奥様ですか?」


「そうなのよー! 私セイグリット様の奥さんなんですよねー!」


 私が屋敷の前ではしゃいでいると、呆れた顔でセイグリットはこっちを見てくる。


 ええ、あの顔も素敵です。


 仮面をつけているが、その素顔まで想像できるほど脳裏に焼き付いている。


「メークイン令嬢は彼女を使用人にするつもりですか?」


「ええ、私もやることをみつけたから彼女が必要なのよ」


 私がやることはこの領地で食料を自給自足すること。


 それは芋農家で育った、芋娘の知識があるからできることだ。


 それにこの国はどことなく日本に似ていると思った。


 雪がなくなって晴れてくると、そのうち雨が降り出す。


 その後は日差しが強くなって再び寒くなる。


 それをずっと繰り返していく。


 寒暖差が激しいだけで、ちゃんと四季がある気がした。


 雪が溶けた時がじゃがいもを育てるには適した時期になる。


 芋聖女の出番はそこからだ。


「ならセバスに教育をしてもらいましょう」


 彼女をメイドとして雇うことになった。


「それなら私もセイグリット様に教育を――」


「あなたは少し口を閉じていたらどうですか」


 冷ややかな言葉を放つが、彼はそんなことを思ってはいないだろう。


「またそんな顔を赤くしてどうしたんですか? ひょっとして想像しちゃいました?」


「そんなことは一切していない!」


 王族の血を引いた悪魔は相変わらず照れていた。





 帰った時にはすでに食事の準備がされていた。


「明日からは普段通りの食事で構いませんよ」


 テーブルに置かれたたくさんの料理を見て、私は素直に思ったことを口にした。


 街の人達が食べるものがない中、私の目の前には食料がたくさんある。


 領主の妻としてはこの領地の人達を不幸にさせてはいけない。


「それは私を侮辱しているつもりか?」


 テーブルがミシミシと鳴っているように感じるほど、セイグリットは圧を放った。


 セイグリットには侮辱しているように聞こえたのだろう。


 ただ、今の現状を考えれば裕福な生活をしている余裕もないはずだ。


 それに怒っているセイグリットは私にとってご褒美にしか感じない。


 モブの推しキャラが怒るシーンなんてどこにもなかったのだ。


 むしろモブがそんなに目立っていたらモブではない。


「ええ、普通の貴族なら侮辱だと取られるでしょうね」


「それなら――」


「私はあなたの妻になる人です。この領地で生きる覚悟があります」


 この街では子どもは痩せ細り、大人の目には何も光が灯されていなかった。


 きっと逃げてきても、誰もがただただ死ぬまで時間を待っているだけだ。


「あなたはこの国とは関係ない。今すぐにでも――」


「はぁー、またそういうこと言う。そろそろ頭が良くて使える聖女が来たと喜べばいいのよ」


「あなたを妻にするつもりはありません」


 本当にこの人は頭が硬い。


 向こうがその気なら私も負けられない。


「私なら今のこの状況を変えられるわ」


「なっ!?」


 私には聖女としての力もあるが、一番重要なのはこの世界のことを知り尽くしている知識である。


 ゲームの世界と同じなら、この程度の食糧危機はどうにかできる。


「このままじゃ一年も経たないうちに領民は死ぬでしょう。それはセイグリット様もわかりますよね?」


 私の言葉にセイグリットは何も言い返せないのだろう。


 下唇を強く噛んでいた。


「セイグリット様が歩み寄ってくれたら私は嬉しいです。聖女の力っていろんな使い方ができますからね」


 ここまで言えば今の状況がわかっている人であれば、私に頼み込んでくるだろう。


 それだけ聖女の力は使い勝手が良い。


 そもそもその力を手放した私の実家は頭がおかしい気がする。


「わかりました。あなたの願いを一つ聞き入れよう。だから、私と一緒にこの街の人を救ってください」


 言質をしっかり取った。


 あとは何の願いを叶えてもらうかを考えよう。


「ぐふふふ」


 私の頭の中は推しとの妄想で埋め尽くされていた。

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