第163話 あとは任せた! 君の死は忘れないよ! たぶん!!

「あぁ……また屋敷の中に逆戻りか?」

「ど、ど、どうするのカエちゃん!? この状況!!」

「あはは……どうしよう?」

「なんでそんなに落ち着いてるのカエちゃん!?」



 カエは屋敷の廊下を駆ける。腕にレリアーレを抱え、再びの無限回廊に身を投じていた。



——アハ! アハハハ!!



 廊下中には少女の不気味な笑い声が反響していた。カエは楽観的に状況を享受していたが、レリアーレは声が聞こえる度にビクッと身体を震わせている。

 2人は声から逃げていたのだ。



『お姉ちゃんの中に、一杯……流れているからね』



 サテラがそう言葉を呟いた瞬間——周囲が暗闇に包まれた。

 いや、違う。周囲が暗闇になったわけではない。いきなり室内へと飛ばされていたのだ。

 暗い室内では閉じた瞳孔にとっては暗闇と大差ない。暗いと感じるのは当然だ。


 そして……


 ヒュッと視界に銀の輝きを見た。カエはこれを反射的に避けた。すると、背後ではドンッと壁に銀のナイフが刺さっているではないか。あの輝きは、飛んできたナイフの輝き……避けていなければ、ナイフが刺さったのは壁ではなくカエの顔だった。その時、カエの頬に一雫の汗が伝った。



「——いやぁあッ! カエちゃん助けてぇ〜〜え!!」

「——グエッ!?」



 あのナイフが何処から飛んで来たのかは分からない。しかし、どこからともなく少女の笑い声が聞こえてくる。この笑い声は誰のものなのか? カエの思考には、先ほどまで行動を共にしていた少女の顔が思い浮かんでいた。おそらくは彼女が……ナイフの持ち主だと消去法で思うことにした。

 そして、この状況に大いに恐れ慄くレリアーレは力いっぱいにカエに抱きつき、首を絞めた。口から苦痛に呻く声をこぼしている。カエが苦痛に声を溢したのだ。よほど怖かったのだろう。

 だが苦しんでいる場合じゃない。

 次の瞬間にはヒュッと再びナイフが飛んで来たのだ。



「——ッ!? リア! ごめん!!」

「——きゃぁあッ!?」



 レリアーレを抱き寄せナイフを避けると、彼女を抱えて走り出す。この場に居ても狙われるだけと考え、再びの無限回廊に踏み入ったわけだ。


 そして現在——何処に逃げてもいいかもわからず闇雲に駆けている。



「それでどうするのカエちゃん!?」

「——ッチ! どうするったてな。ここはもう危険だ。一旦離脱するしかないだろう?」

「ど、どうやって!?」

「もう四の五の言う暇はない。建物を壊してでも脱出する!」

「ほ、本気で言ってるの!?」

「ああ。ただ、その前にフィーシアと合流しないとな……」

「カエちゃん? アインのこと忘れてない!?」

「あん? あの男なら大丈夫だ! ワタシハアイツをシンジテイル!」

「だったら、棒読みじゃなくて心の底から言ってあげてよ!!」



 この屋敷に来てからというもの、嫌な気配を感じていた。だが今は、その気配は最大限の警鐘をカエに伝えて皮膚には心なしかピリピリとした肌寒さを感じている。

 ここはもう危険だ。そう判断したカエは全力の逃走を開始する。



「か、カエちゃん!? お、追って来てる!!」

「はぁあ?!」



 カエは実際には背後を確認していない。だがこの時、レリアーレの目は白くぼんやりとした少女を見つめていた。

 


「アハッ! アハハハッ!!」



 彼女は笑って追ってきている。それは背中で感じる寒気から分かっていた。



「か、カエちゃん!! な、ナイフが!?」

「——ッチ!? ダイヤモンドダスト!!」



 レリアーレの警告に、カエはダイヤモンドダストを起動した。背後にシールドを展開する。カンッと廊下に金属質の音が鳴った。防御に成功したようだ。



「このまま走り抜ける! リア。背後の注意を頼む!」

「わ、分かったかわ! 任せてちょうだい!」



 現状、カエは逃走に全力を注いでいた。背後を確認しながらでも逃走は可能だ。だが、今は腕の中にレリアーレがいる。なら、背後を彼女に任せて、今は逃走と防御に全神経を注ぐ。あとはこの状況を維持し、大切な相棒を探し出して脱出するだけだ。

 しかし、言葉では簡単に言えるが、何処に向かっているかも分からない無限回廊でフィーシアを見つけ出すのは難しい。ただ今できる行動は限られる。

 闇雲に逃げてるようで、考え無しの行動というわけではない。



「——ッきた……」



 現に、彼女の方からやって来た。



「……ま〜す〜たぁ〜〜……!!」



 カエは確信していたのだ。暴れながら逃げていれば向こうから来てくれると。



「フィーちゃんの声?! まさか、カエちゃんはこれを予想してたの?」

「まぁ〜ね。フィーは私以上に探索、索敵能力に長けている。ちょっと騒げば見つけてくれると思ってた」

「で、でも——この無限に続く廊下は? フィーちゃんの方も術中にあったら追いつけないとは思わなかった?」

「いや……それはないと思う。たぶん、術を発動してるのはサテラちゃんだろう? 今、彼女はこっちに夢中だ。なら……集中してる分、フィーに向く意識が薄れるんじゃないかって……その隙に見つけて貰えば合流できると考えたんだ」

「なるほど! さすがカエちゃん! ……って、ナイフよ!? カエちゃん!!」

「おう——ッダイヤモンドダスト!!」



 フィーシアはカエの頼れる相棒だ。彼女を信じているからこそ、ここまで自信満々と語っている。

 

 そして……


 バンッ——と1つの扉が開く。

 カエとレリアーレの居る位置からまだ離れているが廊下の1枚の扉が開くのが見えたのだ。

 きっとあそこに彼女がいる。そう思えた瞬間には加速して一直線に扉をめざしていた。ただただ相棒との再会を目指して……。


 だが……



「——カエちゃん!!」

「——ッ!? テメェ〜えかよぉお!!」

「……え? ——ぐぇえッッッ!?」




 扉から現れたのはフィーシアではなかった。

 ピョンッと飛び出して来たアイン目掛け——カエは反射的に足を出す。それはアインの鳩尾に突き刺さり身体は回転しながら廊下を吹き飛んでいく。床板に叩きつけられゴロゴロと転がると、やがて動きを止める。彼は沈黙してピクりとも動かなくなる。



「ちょっとカエちゃん何してるの!?」

「……粛正?」

「——なんでッ?!」

「私の期待を裏切ったからだ。フィーの声が聞こえて野郎が飛び出て来たらこうなる」

「——なんでよぉおッ!?」



 レリアーレはカエの正気を疑った。

 しかし、彼女は床に唾を吐き捨てるかのようにアインを一瞥している。自身の行動を一瞬たりとも後悔していないような態度である。

 アインは期待を裏切ってしまった。その結果が死へと直結したのだ。



「ちょっと大丈夫ッ!? アイン!!??」



 レリアーレは抱きかかえられた状態から飛び降りるとアインの元へと向かう。



「——マスターァア!!」



 それと入れ違いでフィーシアが登場する。今、アインが飛び出して来た同じ扉から白い彼女が飛び出して来た。



「——フィーシア!」

「——マスター!!」



 カエは瞬間的に彼女と抱きしめ合った。

 僅か数時間会っていなかっただけだが、何年かぶりに最愛の恋人との再会を果たしたかのように熱い抱擁を交わす。

 死屍累々のアインとは正反対の2人だけの空間を作り出していた。



「いッたぁ……酷い目にあった。カエちゃんいきなり何するんだよ?」

「うるさい。急に飛び出してくるのがいけないんだ。猛省しろ。罪を償え」

「なんでだ?!」



 回復魔法による復活を果たしたアインは、蹴られた位置の脇腹をさすりながらカエに苦言を口にする。

 彼には蹴られる筋合いなんてないはずだ。にも関わらず実施されたカエの奇行に文句の1つを呈するのは当然の権利だ。

 しかし、カエの冷たい視線が突き刺さる。せっかくのフィーシアとの2人の世界。そこにに登場した邪魔者に対する殺気が少々こもったチクチクする視線だ。

 アインは文句言う資格がある。だが、言っても意味はない。なぜなら相手は、妹が絡むと理不尽な存在だからだ。



「——ッん。そうだアイン。1つお願いを聞いてくれない?」

「……え。藪から棒に……なんだ?」

「今困っててね。君にお願いしたいことがある」

「なに?! カエちゃんが僕に!?」

「そう……アインにしか任せられないんだ」



 ただ、復活した彼に対しカエは突然話を逸らすように話題を変えた。

 


「分かった! 俺にできることなら任せてくれ!」



 奇妙なことである。だが、アインは二つ返事で了承を口にしてしまった。

 カエの力に惚れ込んだアインが、今まで彼女と旅をして来て頼られることなんて一度たりともなかった。

 突然の申し出を疑うべきではあったのだが、カエの信頼はアインにとっては甘美なものであったのだ。



「そうか——なら任せた!!」

「ああ……って……え?」



 カエはフィーシアを肩に担ぎ駆け出した。そしてすれ違い様にレリアーレを腕に受け止めると廊下の奥へと駆けていった。

 アインは過ぎ去っていった少女達をポカンッと眺め、カエの口にした「任せた」の言葉を必死に考えていた。しかし、それは少女達の姿が見えなくなっても答えを見つけられなかった。

 

 そして……


 

「あはは……」

「——ッえ?」



 背後に響く子供の笑い声。

 振り返るとそこには1人の少女が立っていて……その手には銀に輝くナイフが握られていた。

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