ニザヴェッリル

 《アチーブメントリスト 『好敵手』を獲得しました。今後一部NPC との会話が変化します》

 

 スレイプニヒルとの戦闘後、都市国家ティターンの石塔前でリスポーンした時に出てきた内容だ。アチーブメントは何かを達成した時にもらえる称号のようなものだ。敵を倒し数だったり、移動距離だったりとその称号は数千個まであると言われている。

 俺はその時は特に何も思わなかったがこのドレイクとの出会いが大きくこのLWOの物語にかかわるだなんて思いもしなかった。

 


 店内は閑散としていた。

 それもそのはずだ。時刻は午後三時、本来ならNPCはまだ仕事に勤しんでいる時間帯だからだ。ここに来る直前、村のはずれにある農場でも多くの人が汗水たらして家畜や農作物の手入れなどしていた。

 それ故、酒屋に今の時間帯に入り浸るやつなど碌な奴はいない。

 

「お前さんが俺の装備品を欲しがっているねえ」


 ジョッキに注がれてたエールを勢いよく飲み干し、酒を水のように飲みほしては店員にもう一杯と空になった木製のジョッキを渡し、キサラギを横目にみてソーセージにかじりつく。


「装備品を作るのは構わないがお前さんすでに着ているやつ以上の奴なんて作る気はないぞ」

「ああ、えっと…わたしではなく彼です」

「ああん?」

「あ、どうも」


 酒をおごるのはキサラギだったので受注者がキサラギだと思ったのだろう。さっきからキサラギしか見なかったのはそういう理由だったか。

 俺、キサラギ、ドレイクという順番でカウンター席に座っていたためキサラギの背中越しに俺を見つめるとめんどくさそうな気だるい顔から一変、目を見開きしばらく硬直していた。


「えっと……どうかした?」


 数秒間、半裸のおっさんと見つめあうという誰得な時間が続いたため思わず沈黙を突き破り、こちらから話しかけた。


「おまえさん!そうかついに……」


 俺の顔を見た後にぶつぶつと何やら呪文のように小言を言い始め、キサラギと共に反応に戸惑った。


「え、これってこういうクエストなの?」

「いや私の時はすんなりと受けてもらってそのまま素材の採集にいったけど……」


 こちらも小言が聞こえる距離感でコソコソ話す。キサラギもこんな状況は初めてのようで戸惑っており、そのあとすぐに何かに気づいたのか距離をすぐさまとる。

 どうしたのだろう?耳が赤いように見えるが俺が何かしただろうか……?

 悶々としつつキサラギの距離感に困っているとドレイクが席を勢いよく立ち上がり俺のほうへと寄ってきた。


「お前さん、何も言わず俺についてきてくれねえか?お前さんに紹介したい人がいる」


 ドレイクは俺の両手をぎゅっと握り、三白眼の瞳に熱がこもっていた。

 熱烈な勧誘に思わず、クビをゆっくりと縦に振った。

 それと同時に一つの電子音とともに目の前に半透明の矩形が出てきた。

 

 《EXクエスト ニザヴェッリルの招待状を開始します(推奨レベル不明)》


 EXクエスト……!!

 叫びそうになる口を両の手で押さえ目を輝かせる。

 LWOには特殊なクエストが二つある。それがユニーククエストとEXクエストだ。どう違うのかと言われるとユニーククエストともにEXクエストは出現条件不明、受諾条件不明。そしてクエストクリア報酬の恩恵がでかいのは一緒である。ではどう違うのかユニーククエストは条件さえ満たせば誰でも受注は可能だがEXクエストは出現条件、受注条件を満たせた場合でも、その場に居合わせた者しか受注できない一度きり不公平クエストだ。つまりこの瞬間、全プレイヤーの中で俺とキサラギしかこのクエストを受けることができない。

  

 「すまない、では行こう」

 

 ドレイクはそう一言告げ、俺の手を放しそのまま出口へと向かった。

 嘘だろ……ここにきて超重要そうなクエストが出てきたんですけど。


「えっとこれって……」


 キサラギにも表示されたようで俺のほうを向いて興奮しているように見えた。

 

「キサラギもこれが出てきたとなると……いや今はとりあえず彼についていこう」

「うんそうだね!」


 彼女もゲーマーだと再度認識した。やはり見たこと聞いたことないクエストとなるとワクワクがやぱっり止まらねえよな!

 席を立ちあがりドレイクについていこうとすると後ろから呼び止められた。


「ちょっと」


 まとめられた後ろ髪にチェニックに灰色のエプロンを着込んだおそらく女性店主だろう。どこか不貞腐れた様子でこちらを見ていた。

 

「はい?」

「あの人のツケ代払ってくれるんでしょ?今までの分、33万ギルはらってってよね」

「「……」」


 あのくそ野郎……。

 ドレイクは後でシバくことが確定し、ツケ代に関しては二人で半分づつ出し合い、酒屋を後にする。

 すたすたと無言で歩いていくドレイクの後ろを雛鴨のように俺とキサラギはついていく。村のはずれにある森へと続く小路はほのぼのとした空気に包まれていた。

 梢の隙間から差し込む光が金色の柱をいくつも作り出し、その隙間を蝶がひらひらと舞う。残念ながら実体のないビジュアルだけの存在であるため追いかけても捕まえることはできないが。

 柔らかく茂った下草を、さくさくと小刻みの良い音を立ててキサラギが不思議そうに言った。


「にしてもこんなところがあったなんて……」

「マップを開いても表示されていないとなると……ここは隠しエリアになっているようだな」

「けどなんでトウジさんには発生して私にはでなかったのだろう……あ」


 何か思いついたように声を上げるキサラギ。

 

「恐らくだけどキサラギが思っている通り俺が超越種に遭遇したことが原因だとは思うけどそれだったら他にも遭遇した人がいるのに何で俺だけなんだ?」

「……そうか。超越種の遭遇報告はかなり頻繁に聞くけどそれだったらこのクエストは70になったら誰もがここにきて受けるはずだから報告があってもおかしくない……のか」

「そうなんだよ。だからこれから起きることはあいつらにも他言無用だ」

「ついたぞ、ここから行くぞ」


 二人の会話を遮るようにドレイクが声をかけた。

 目の前にあったの木造の一軒家だがかなり古臭く、ところどころには植物が侵食しているため廃屋にしか見えなかった。

 そのままドレイクは何事も気にする様子も見せずに廃屋のドアを開けるとそこには渦巻く魔力の流れがあった。ドレイクはドアを開けたまま顎で入れと言わんばかりに促してくる。

 

「鬼が出るか蛇が出るか……やっぱり未知への探求ほどゲーマー魂を震わせるものはないな!」


 そのまま俺は勢いよく飛び込むと視界が真っ暗に染まったと同時に浮遊感に襲われ、そのまま落下した。


「うおおおおおお!?」


 気づいた時には空にいた。視界に広がる蒼穹の下には大陸が見え、町なども見える。しかし見たことのない建築物のようでPVで見たLWOの大陸であるリーヴスラシルとは別の大陸のようだ。その証拠に大陸の全容が上空からでもわかるように大陸は宙に浮いているようで海が下に落ちている。そしてこのゲームの象徴ともいえる巨木、世界樹もないため完全に別世界に来たようだ。


「きゃああああああ!!!」


 俺の落ちている頭上で女性の叫び声が聞こえた。といっても一人しかいないのだが剣聖も中身は女の子のようだ。

 しかしこのままでは地面とぶつかってペちゃんこどころか肉塊になってしまう。いやゲームだからそこまでリアルに寄せた表現はしないが、デスペナルティを喰らうのは間違いないだろう。ステータスの幸運による体力1残しが発動することを祈るしかないのか?

 なんて非現実的な思考をしていると隣に禿げ頭のドレイクがやってきた。


「大丈夫だ。そのまま地面におりても死にはしない」

「あ、そうなの?」

「こんなことで動揺していると先が思いやられるぜスレイプニヒルの好敵手さんよ!」


 ドレイクがそう言ったのちに、垂直降下していた俺の体はブレーキがかかったかのように減速し始め、最後はふんわりと羽毛のようにゆっくりと地上に着地した。

 続けてキサラギも下りてきたが腰が抜けたのかその場でしばらくへたり込んでいた。


「大丈夫か?キサラギ」

「も、もう無理……わたし高いとこ無理……」


 へたり込むキサラギの手を引っ張り、引き起こすと産まれたての子鹿のように足がまだおぼつかない様子だった。


「おいおい大丈夫かよ!そんな装備品に身を固めておきながら肝っ玉は小さいんだな!ぬはははっ!!」


 高笑いするドレイクを横目に草原に降りると未だ体が浮いているような感覚はするも特に俺は問題ないが、キサラギはしばらくは立てないようなのでそのままにしてドレイクのそばに寄った。


「見ろ。あれがニザヴェッリルの街だ」

「おお……」


 ちょうど立っている場所が小高い丘になっているため少し離れた町全体の景色が分かった。全体的に緑と紫、赤、茶色などといった和を連想させる色合いとなっており、俺たちにとっては馴染み深く感じた。

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