デート?いやデッド
円形の広場の真ん中に、高さ五メートルはくだらない巨大な石塔がたてられている。周囲はベンチ、木々が植えられており、他の町から転移してきた者、やられて帰ってきた者などなどひっきりなしに出現と消滅を繰り返している。
広場からは四方に向けて大きな街頭に白亜の花崗岩で作られた道があり、それぞれの道は綺麗に舗装され、防具屋や食事処、酒場などといった露店はなく、行く人々はどこかカップルが多い印象だった。
都市国家ティターンを一言で表すなら《整然》である。
他都市と比べて規模はそれほど大きくはないが整備された道路に、シンプルかつ分かりやすい工房、泊まってみたいと思ってしまうほど魅力的な宿屋など市場にはそれなりに店が連ねている。
実際、他の都市をホームポイントに登録しているプレイヤーからはここをホームポイントにしたいと願うプレイヤーがいるがホームポイントは後から変更ができないため嘆くものが多いほどだ。俺もここの雰囲気は気に入っていて、まだ初めて1か月しかたってないが宿屋から見える湖畔の景色など最高だ。NPCの住人達にしても善人な人たちばかりで、AIとはいえ親近感がわいてしまう。
しかしこの落ち着き安らぐホームポイントでさえ俺の鼓動はいつもより数倍の速さで動いていた。
「トウジさん」
「は、はい!」
原因はこの女性の声だ。俺の名前を呼ぶプレイヤーは限られている……というよりこの状況では一人しかいない。
背後を振り向き、顔が強張らないように無理やり苦笑いで悟らせないようにする。
白髪のポニーテルを揺らすキサラギはこの世界においてタイマンなら最強の存在だ。正面切ってちょっかいをだそうものなら腰につるされた漆黒の刀で切り伏せられるのは目に見えてわかる。それとパーティーメンバーで俺だけ塩対応というか反応が素っ気ない。レドブルとアルファとはかなり砕けた様子で話すのに何で俺の時だけこう……少し余所余所しいというか距離があるのだろうか。
「ティターンに戻ってきましたが何かします?」
「そうですね俺の防具更新手伝ってほしいなあ……なんて」
「……」
あれ選択肢もう間違えちゃった?
『斬』といった言葉が脳裏をよぎったがそんなことはなくキサラギはポーカーフェイスのまま答えた。
「大丈夫ですよ。いくらでも手伝います」
「ええ……マジですか?んじゃ報酬は……」
と、手伝ってくれるかわりに何か金目の物とアイテムを渡しますねと言いかけると、目の前で断るキサラギの姿があった。
「そんな、いいですよ報酬なんて!私たち、ふ……」
「ふ?」
「ふ、フレンドなんですから!」
そう言い切ったキサラギはくねくねと体をよじらせてはこちらを見ては顔を隠している。初めて見る砕けた姿に思考がショートし戸惑う。
すまないキサラギさん。無償な好意ほど怖いものはないんだ。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、言葉を考える。
なぜここまで疑って行動しているのかというと一番の理由は俺が勘違いしてしまう可能性があるからだ。
『無償でしてくれるとかこいつもしかして俺のこと好きなのか!?』なんて若き日の俺はたまたまはじめた他のMMORPGで同じクランメンバーの女性プレイヤーに告白したら、『社交辞令みたいなものだったんですけど勘違いさせてごめんなさい』と痛い思い出がある。しかも後から気づいたがその告白したプレイヤーはネカマということもあってMMORPGをやるときは特に、そして女性アバターのプレイヤーには必ず条件を提示しそれを飲んでもらうといった俺ルールができた。それがあることで線引きができるからだ。
いやしかし機械っ子侍とかエモいわ~。マジドストライクなんだよなキサラギさんの格好。
そんな私欲駄々洩れの思考を取っ払い、あらためてキサラギに面と向かって話した。
「あーえっと……俺が落ち着かないんでアルバイト料だと思ってもらってくれませんか?」
「……トウジさんが言うならそうします」
よし。心の中で小さくガッツポーズ。
キサラギは肩を落としているように見えるが、つけているバイザーのせいで表情が読み取りにくい。
「それなら……装備のアイテムレベルはどれを目標にしますか?」
「ああ……そうだな。うーん」
防具、そして武器にはアイテムレベルと呼ばれる装備の性能を表す数値が設定されている。アイテムレベルが高いほど性能がよく強力な装備品というわけだ。現在のLWOで確認されている最高アイテムレベルは405となっている。
「あいつを倒すことを考えると平均アイテムレベル405は欲しいな。たしかキサラギさんの装備品は」
「えっと……見た目は変えてるけどブリ―シン装備一式ですね」
「おお……」
現在の最高アイテムレベル装備シリーズである。さすが剣聖殿。
「でもこの装備揃えるなら高難易コンテンツに挑まなくちゃならないし、週制限もあるから直ぐに揃えるのはのは難しいと思う。最低アイテムレベルも設定されているし」
「そうだよなあ」
腕を組んで再びうーんと悩む。
高難易度コンテンツというのはその名のとおり、通常クエストとはギミックなど複雑に設定されている難易度のことだ。もちろんクリアすれば報酬はおいしいが一週間に行けるクエストの数が決められている尚且つ、最低平均アイテムレベルも決まっており、通常ダンジョンを回って落ちた装備をそのまま着用して、ところどころアイテムレベルが違っていたりとキメラ装備となっている俺はコンテンツに申請することもできないため、仮に最低ラインを揃えたとしてもかなり先の話だ。
「ちなみに高難易度コンテンツの最低アイテムレベルは……?」
「375ですね」
「うげえ……俺まだ325だよ」
聞いた数字に思わず肩を落とすとキサラギはどこか焦ったような口ぶりになった。
「ま、まあ仕方ないですよ!ほらさっき70になったばっかりですし……そうだ!ジョブクエスト受けに行きましょうよ!一式貰えますし、アイテムレベルも370になりますし……えっと…見た目もいいですよ!」
身振り手振りで何とか言葉を探して案を出してくれた。
必死に励ましてくれるキサラギさんの努力を無下にはできないため顔を上げてとりあえずジョブクエストを受けることを前提に話を進める。
「それじゃそれに行きましょうか。えっと……何か気を使わせてしまって申し訳ない」
「いえいえいえ!わ、私なんかがトウジさんのお、お、お役に立てるのなら……ふへへへ」
後半何を言ってるかよくわからなかったがキサラギさんが優しい人で良かった。
「ところでクエスト受けたらすぐに防具貰えるのはありがたいな」
「いえ、もちろんお使いクエストですよ」
「あ、やっぱりか。なにか素材を取ってこいとか?」
「はい!重要な素材はマーケットでは買えないことはないですが、とりあえず時間がたっぷりとれるときに行くのがおすすめです」
含みのある言い方だった。時間がたっぷりという言葉に引っかかり、思わず聞き返した。
「えっと……時間があるときにっていうのは素材が全くでないとか……そういう類とか?」
「はい!その通りです!」
おそらく笑っているのだろう。目はバイザーで隠れているが口角が上がっているため少しづつ表情が読み取れるようになってきた。しかしいい笑顔~。
その笑顔からおそらくこのクエストのめんどくさいモノなのだと察するのに時間はかからなかった。
「え、でもマーケットでも買えるならそこで買えば」
ㅤ買えなくは無いという言葉を思い出し、そのことについて聞くと真顔でキサラギは淡々と答えた。
「ヒーラーは他より安く購入はできますが全部そろえるのに150万ギルかかりますよ?」
「……え?」
金額がどうやら一桁多かったようだ。キサラギさんもお茶目なところもあるんだな!ハハハッ!
「……まじで?」
「マジです、ちなみに所持金は?」
「30万ギル……」
「えっと……んじゃいっしょに素材集め手伝いますね」
「よろしくお願いします!」
深々とそれはもう見事なお辞儀をしてクエストの受注へと向かった。
午後3時。今日の気象設定は晴れと冒険にはうってつけの天気だ。森を明るく照らす陽光が周囲をレモンイエローの色彩に染め上げている。
都市国家ティターンと森に都市を構える《ガイア》の真ん中に位置するウェイウェール森林南部の小さな村にキサラギさんと来ていた。ここに住むイベントNPCが今回の目玉である装備作成のクエストを受けることができる。
名匠ドレイク。若くしてこの大陸随一の腕を持つと言われ、たびたび他のクエストでもその名前を聞くためその存在はプレイヤーの間でも知られていた。どこかの都市でそのNPCのクエストを受けれるのかと話題になったが彼の姿はなく、NPCに話を聞くと、酒の酔った勢いで恩師である親方をタコ殴りにし、破門された彼は各地を放浪していると聞くことができる。
「いやそれでも最初に見つけた人もすごいな。まさか鍛冶職人が村で万事屋じみたことしてるなんて思いつかねえよ」
「たまたまこの村に訪れたら落ちぶれて酒屋のツケ払うために鍛冶のみならず木工から裁縫に至るまで何でもこなす便利屋さんになった名匠を見てイメージが崩れたとは言っていたよ」
「そうだろうな」
理想と現実のギャップなんてそんなもんだ。勝手に期待するから損失も大きいのだ。
「とりあえず中に入りますか」
「そうですね」
酒場のドアは西部劇で出てくるようなウエスタンドアのような見た目で、押して開閉するタイプとなっておりダークオークの木材で作られていた。建物の見た目とは違ってドアだけ新品のようでまだつくられて日が浅いということがわかり、俺が疑問符を頭に浮かべていると中から怒号が聞こえてきた。
「一昨日きやがれ!ザレドの犬がっ!」
いやな予感がした。
すぐには押さず、キサラギさんにもこっちに寄るように手を引いてお互い入口の横にたった。
「ななな、なにするんだトウジしゃん!」
「しっ」
何処か顔が紅潮しているように見えるキサラギさんを静かにするように促すと同時にウエスタンドアを突き破って一人の商人が地面に倒れこんだ。頬には殴られてような跡があり、意識はすでに刈り取られているようで体がぴくぴくと痙攣していた。
「いいか、お前の主によく伝えておけ!お前の商売道具にはならねえってな!ってもう伸びちまってるか……」
壊れた入り口から出てきたのは上半身裸の悪役レスラーような見た目の男だった。
百八十センチはある体躯は筋肉と脂肪にがっちりと包まれ、その上に乗った顔はごつごつとした岩から削りだしたかのような造作で、髪型をつるつるのスキンヘッドで尚且つ頭にタトゥーが入っており、輩といった言葉が似合う人物だった。そしてその上にはNPCの名前が表示されており、《ドレイク》とかかれていた。
「えーっと、まさかとは思うがあんたがドレイク……さん?」
俺が恐る恐る尋ねると、睨め付けるように視線を動かした。
「ああん?なんだお前ら」
「ああ、えっと装備品を作ってほしくてきたんだけど……今大丈夫?」
「うるせえ!俺は今は機嫌が悪いんだッ!また今度にしろ!」
「は、はいっ!」
ドレイクはそう言うと踵を返し、店内に戻ろうとする。
いや怖すぎだろ。装備品つくってもらいたいがあまりの強面ぷっりに思わず勢いで返事しちまった。どうすればいいんだここから?
そんな悩んでいる俺を見てクスリと笑ったキサラギがドレイクの背中に向けて言葉をかけた。
「ドレイクさん、お酒はおごりますので是非、彼の装備品を作って貰えませんか?材料もこちらで集めますので」
キサラギがそう言った途端、ピタリとドレイクの歩が止まった。
「それは本当か?」
「ええ、なんならあなたの好きなソーセージも付けますよ」
「なんだよ~それなら早く言えよ!ほらこっち来いよお前ら」
先ほどの強面は何処へ。振り返った男の顔はだらしない笑顔が首の上に乗っており、まるで十数年来の友人に会った時のようなフレンドリーな対応で目が丸くなった。
そんなロールプレイが必要なのか!?口には出さなかったがそのやり取りに驚愕し、あらためてこのMMORPGのAIの賢さもそうだが出来のすごさに驚く。
「事前情報がないと必ず帰れと言われるんですよ」
「そういうことか……って知ってたのならなんで教えてくれないんだよ……」
「ふふふ、最初は何も言わず初見の反応を見て楽しむのが私なりのゲームマナーなんです」
手を合わせて笑うキサラギ。
最初に比べてお互い砕けて話せるようになってきたが、キサラギがこんないい性格をしているとは思ってなかった。
「おーい早く来いよ!」
奥のカウンター席に座るドレイクの言葉に頷き、入室した。
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