第036話 最後の場所
父の連絡があってから丸一日が過ぎた。その間、僕たち三人は家探しをして、この家と土地の権利書を探しまわった。僕自身も祖父の書斎にあった、写真や書籍、アルバムを丁寧に調べて書類が挟まっていないか探しまわしたが、一向に書類らしきものもは出てこなかった。
幸ちゃんの方でも祖母の部屋を調べてもらい、また、掃除を兼ねて、物置きやキッチン周りを調べてもらったが、僕が結果を尋ねても首を横に振るだけであった。
そんな中、ステラが鼻息を荒くして『大切な書類を見付けたっ!』と言ってきて、期待して受け取ったものの、それは今まで祖父が購入した家電製品などの取り扱い説明者や保証書などで、家や土地の権利書などは見当たらなかった。
「簡単に見つかるものと思っていたが、なかなか見つからぬものだな…」
ダイニングテーブルのところで、頭を抱える僕に、幸ちゃんがお茶を差し出しながら声を掛けてくる。
「そうだね… なかなか見つからないね…」
僕は肩を落としながら答える。
「もしかして、盗まれたという事もありえるのか?」
幸ちゃんがそんな事を言ってくる。
「…確かに、半年前に祖父が入院してから、表向きにはこの家は空き家になっていたからね… その可能性もあるかも…」
僕は頭を上げ、リビングのソファーで、この状況に気を使って音を消しながらゲーム機を弄っているステラを見る。
「ねぇ、ステラ」
「ん? なに? 八雲」
ステラは少し不安そうな顔でこちらに振り返る。
「祖父が入院してから、この家に侵入しようとした人っている? 泥棒をしようとした人とか…」
ステラがずっとこの家にいるはずなら、見ているはずだ。しかし、ステラは首を横に振る。
「ううん、いないよ… 時々、郵便の人が来るぐらいで誰も来なかった。たまに隣のわかもっさんが家の前を通る時に、見上げていたぐらい」
「そうか… 空き家状態だけど、田舎だから平和だったんだな…」
僕は一先ず安心して視線を幸ちゃんが煎れてくれたお茶に戻す。
「とりあえず、盗まれた心配はしなくても良い方だな… しかし、ここまで出てこないとなると、八雲殿の実家にあるのではないか?」
幸ちゃんが僕の向かいに腰を降ろす。
「いや、その可能性はないね、それなら父さんは意地悪なんかせずに書類を送ってきてくれるはずだよ」
「そうか…ならばもはや手詰まりだな… 役所や弁護士、司法書士の所へ行って相談でもしてみるか?」
幸ちゃんは綺麗な所作でお茶を口にする。
「うーん、最後に一つだけ…ありそうな場所が残っているんだけど…」
「それは本当なのか?」
「あぁ… 一度、幸ちゃんにも見てもらった方が良いかな? 古い物には詳しそうだし」
僕は縋る様な目でチラリと幸ちゃんを見る。
「別に構わないが…場所はどこなのだ?」
「僕が自室として使っている祖父の部屋だよ」
「八雲殿の部屋?」
「そう…じゃあ、ちょっとついてきてもらえるかい?」
幸ちゃんはコクリと頷くので、僕は椅子から立ち上がり、幸ちゃんと二人で二階の僕の部屋へと向かう。
「ここが八雲殿が自室として使っているジョージの部屋か…」
僕の部屋に入ってきた、幸ちゃんは部屋の中を見渡しながら声を上げる。
「うん、まだ日が経ってないから、祖父が使っていた状態をあまり動かしてないんだ。僕の荷物として置いているのは、このPCと着替えくらいだね」
そう言って書斎机の上に設置しているPCケースに手を乗せる。
「それで私に見てもらいたいものとは?」
「この書斎机だよ、この机の引き出しに鍵がかかっていて開く事が出来ないんだ… 書類の在処はこうここしか残っていないと思うんだ」
「なるほど…かなり年期を積み重ねた書斎机だな… しかも、日本のものではなく、海外…恐らくジョージの故郷のイギリス製のものではないか?」
幸ちゃんは書斎机に手を触れながらマジマジと見る。
「そこの鍵穴のある引き出しが空かないんだけど… 幸ちゃん、開ける事は出来る?」
「私か? 私はただの座敷童なので、鍵を開けるような能力は持っておらぬ」
幸ちゃんは僕に向き直って答える。
「そうか…幸ちゃんでも開ける事は出来ないのか…」
「八雲殿がそう仰るという事は、鍵も見当たらなかったのだな? だが、私の力に頼らなくても他にやり方はあると思うぞ」
「本当!?」
幸ちゃんの言葉に期待に胸を膨らませる。
「鍵開けを生業としているものがいるのであろう? その者頼めばよいではないか」
「あぁ! そうだった! 書類を探す事に集中してたからその事を失念していたよっ!」
僕は早速、PCを動かして、鍵開けを検索する。
「よし! ちょっと遠いけど府内にあるね…」
僕はスマホを取り出して、そこの業者に電話する。
「はい!鍵トラブル110番ガキショップです!」
電話はすぐに繋がり返答が来る。
「すみません、鍵開けをお願いしたいのですが…」
「はい! 家、金庫、車、バイク、なんでも鍵開けしますよ! 何の鍵開けでしょうか?」
元気な声で返事がくる。
「その…家具なんですが、机の引き出しの鍵が開かなくて…」
「メーカーは分かりますか?」
「メーカー? いや、古い事務机で…メーカーなどは分からないのですが…」
「お客様、もしかしてアンティーク品の鍵開けですか?」
担当者の声のトーンが下がる。
「そうですね、アンティークの部類に入ると思います、しかも海外製です」
「すみません…うちにはアンティーク品の担当の者がおらず、アンティーク品の鍵開けは行ってないんですよ」
「そうなんですか…では申し訳ないですが他を当たりますね…」
僕は電話を切り、別の業者を探して連絡した。
しかし、どの業者も断られるばかりであった。どうやら鍵開けの対象がアンティーク品という事で、技術者がいなかったり、また高価な物だと保証できなかったり、トラブルになるので引き受けられないという理由があるそうだ。
その事を教えてくれた業者は付け加えて次の様な事も教えてくれた。
『書斎机の引き出しという事でしたら、我々には出来ませんが、お客さん自ら、バールでこじ開けるとか、引き出しの底板を突き破るという方法なら開ける事が出来ると思います』
との事であった。どうせ壊して開けるならその方がお金をかけずに開ける事が出来るという話だ。
僕は電話が切れた後、スマホを握り締めたまま呆然と立ち尽くした。
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