第027話 新しい同居人

 今、いきなりやってきた四条幸子と名乗る女の子の前に、僕とステラはリビングのソファーに今からお説教をされるかように畏まって並んで座っている。


 幸子さんは一応、お客様なので、おもてなしをしなければならないが、本来であれば、着物を着ている幸子さんに煎茶でもお出ししなければならないが、急な事なので道具がどこにあるか分からないし、そもそも僕もステラも煎茶の入れ方を知らない。なので、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶をそのままペットボトルのままお出ししている。


 最初にペットボトルを出した時は、幸子さんは何か思う所があったらしく、ピクリと顔が動いたが、はぁと小さくため息をついた後、ペットボトルの蓋を捻り一口、口に付ける。


「えっと…」


 僕は何か言おうと口を開くが、様々な事が入り混じっていてなかなか言語化できずに口ごもる。


「八雲殿も色々と困惑なさっておられるご様子の様だから、先ずは私の事から、自己紹介を致しましょう」


 そう言って幸子さんは僕を真っ直ぐに見る。


「八雲殿もご存じであろうと思うが、私は八雲殿の祖母四条静香の家の者だ」


「やっぱり…じゃあ、僕にとっては血の繋がった遠い親戚に当たるのか…」


 四条という名字に聞き覚えがあると思ったらそういう事だったのか…


「私は血の繋がったというか… いや、そのおなごの様な者と一緒に暮らしておるのだから、私も正体を明かしてしまっても良いか…」


 そう言って、幸子さんはステラを見据える。


「えっ? どういうこと?」


 僕が尋ねると幸子さんは僕に向き直る。



「私は四条家の家に住み着いておった、座敷童じゃ」


「えっ!? 座敷童!?」



 僕は幸子さんの言葉が信じられずに声を上げる。


「だから、こけしみたいな姿をしてるんだ」


「誰がだ!」


「ひぃ!」


 ステラが余計な一言を言って幸子さんに睨まれ、僕の影に隠れる。そこで幸子さんはコホンと咳ばらいをして僕に向き直る。


「私が座敷童だという事を信じられぬか?」


「いや、ステラの姿を見る事が出来たから、最初は霊能力者かなって思って…」


「あぁ、なるほど…そういう言い訳も出来たな…それなら当初予定していた家出少女を偽ることが出来たな… でもまぁ良い… こそこそと自分を偽って暮らすよりも最初からばらしてしまった方が楽だからな」


 なんだか裏で考えていた企てを曝露する。


「それで、どうして突然、僕の所に来たんですか?」


「それはだな、私が住み着いていた四条家の実家を…あのバカな娘婿が高層マンションにする為に取り壊してしまったのだ… それで私は居場所を失ってしまったのだ」


 幸子さんは苦虫を嚙み潰したような忌々しい表情を浮かべる。


「でも、どうして僕の所へ? 別に取り壊している間の家に住めばいいじゃないですか」


「仮住まいや、今後建つであろう高層マンションは昔ながらの日本家屋ではないからな…」


「でも、ここは和風ではなく、洋風建築ですよ?」


 この家は祖父の趣味でほぼ木製であるが擬洋風建築で立てられている。和風家屋の見た目には程遠い。


「私は古来より、木造の日本家屋に住み着く物の怪… 木の生気が全くないコンクリートの家屋には住めんのだ… だから、昔静香が送ってくれた手紙を頼りにこの家に参った次第なのだ…」


 そう言って、幸子さんは手紙と古ぼけた写真を差し出す。僕は差し出された手紙を見てみるが余りにも達筆過ぎて読むことが出来なかったが、写真の方には若々しい祖父と祖母の二人がこの家の前でにこやかに微笑んで映っていた。


 この写真からして、恐らくこの手紙は祖父と結婚してからの安否を伝える手紙だったのであろう…そんな気がした。そして、その手紙を今でも持っていたという事は幸子さんにとっても、この手紙は大切な思い出の品なのであろう。


「私は静香は良く話していたの…互いに良き友人であったが、静香はジョージと結婚する際に家の者にかなり反対されて… 絶縁されてほぼ駆け落ち状態で家を出たのだ… 私は静香の身を案じておったのだが… そこへこの手紙を届けてくれたのだ…」


 幸子さんは僕が見ている手紙と写真を愛おしく見つめる。


「いくら静香に会いたくても… 私も家に囚われた物の怪… 会いにいけぬ状態であったのだが… バカが家を取り壊してくれたお陰で、居場所を失ったが同時に自由に動けるようにもなった…」


 幸子さんの顔が毅然としたものから、感情が昂ぶって小さくわなわなと震えだす。


「だが…ようやく会いに来てみれば… お主たち二人… 静香もジョージもあの世に言ってしまったのだな…ほんに人の命とは儚く短い物だのぅ…」


 そして、膝の上の握り締める拳の上に、ぽたぽたと雫が落ちる。幸子さんは泣いているのだ。


「幸子さん…」


 なんだか余りにも気の毒な状況に声をかける。すると幸子さんは大粒の涙を流した顔を上げると、咄嗟にソファーを降りて、床に土下座をし始める。



「八雲殿! お願いだ!! どうか私を! 私をこの家に住まわしてくれ!」


「えっ!?」



 僕は言葉の内容ではなく、突然の土下座に驚く。



「ずっととは言わぬ! 邪魔だというのならば、三日ほどでもいい! 三日経てば私も満足して消えてこの世を去ろう!」


「いやいやいや! 幸子さん! 別に消えなくていいですよ!!!」


 彼女の言葉が自殺する前の最後の願いの様に聞こえたので、僕は慌てて止めに入る。


「や、八雲殿…」


 僕の言葉に彼女は泣き腫らした顔を上げる。


「別に三日なんて言いませんよ、なんなら気のすむまでずっといてくれていいですよっ!」


 彼女の身の上を聞いて深く同情してしまった僕は、弾みでその様に告げる。


「…いいのか? 八雲殿…」


「えぇ…構いませんよ… 同居人がもう一人増えた所で別に構いません… なぁ、ステラもいいだろ?」


 振り返ってステラに尋ねると、ステラも大きくうんうんと頷く。


「それに、幸子さんは祖母の大切な人何ですから、無碍扱いは出来ません… そんなことしたら、天国にいる祖母に怒られてしまいます… だから、幸子さんはここを自分の家だと思って過ごしてください…」


「ありがとう…ありがとう…八雲殿…」


 こうして、この家にもう一人の同居人が増えたのであった。


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