第025話 灼熱の地獄の草刈り

 日本の夏というものは恐ろしい… アメリカで留学していた僕は、ここで暮らす様になって改めて実感する。


 先日のクーラー無しでの生活もそうなのだが、庭一面に生い茂る雑草のジャングル… 僕が着た当時は、芝生程度しか生えていなかったのに、あっという間にこの有様だ…


 ただでさえ、ステラを捕まえた時の警察官に幽霊屋敷と思われているのに、こんな雑草のジャングルと化したら近所の人まで、ここをお化け屋敷と思われるかもしれない。お隣さんの若本さんにも、ジョージさんの孫の八雲は庭の管理すらできないやつだと思われたくない。


 なので、今日は庭の草むしりを始める事を決心する。ちなみにステラにも手伝ってもらう事は了承済みだ。


 ステラにも軍手を渡して、二人で庭へ向かう。


「じゃあ、玄関の方から毟って行こうか」


「うん、分かった」


 そして二人でちびちび草を毟り始める。実際、本格的に草むしりをやるのは始めてなんだが、結構重労働で難しい…


 ずっと中腰だし、なかなか抜けないし、途中で茎を折れたり、地面にへばりつくような生え方の雑草があったりと、面倒この上ない。


 しかも、どこぞからプーンと蚊が飛んできて、鬱陶しい事に、耳元辺りで『吸ってもいい?ねぇ?吸ってもいい?』と言わんばかりに飛びまくる。追い払ったり、叩き潰そうとしても、すぐに逃げられて、土で汚れた軍手で、自分を汚すだけになる。


「八雲~」


 ステラが不満そうな声を上げる。


「…なに? ステラ…」


「かゆい~ 蚊にさされてかゆいし、こんなの毟っていても全然終わらないよぉ~」


 ステラは服の上から刺されたのか、腕や背中、至る所を掻き毟っている。しかも、開始して30分しか経っていないが、畳み一畳分の面積しか毟れていない…その一畳分の場所も、途中で千切れた本体が至る所に残っていて、とても草むしりをしましたとは言えない状況だ。


 僕は自分の計画が甘すぎた事を実感する… 謂わば、普段着で登山をするような計画性の無さであった。


「庭の草むしりが…これ程までに過酷だったとは…」


 呆然と家の敷地よりも広い雑草の生い茂る庭を眺めていると、滲み出る汗が頬を伝って地面に滴り落ちる。


 まだ、日陰の玄関側を始めているだけなのに、この暑さである。なんの装備もなしで、突き進めば日向側に入った時に、容赦ない夏の日差しに焼かれてしまうのは間違いない…


「八雲ぉ~ かゆい~ このままじゃ、蚊に全部の血を吸われちゃうよぉっ!!」


 確かに、蚊に血を吸われ、夏の日差しを浴びつづければ、草むしりが終わる前に干物の様になってしまうかもしれない…


「準備不足だったね… ステラ、僕はちょっと必要な物の買出しにいって来るよ」


「買出しに行くのなら、虫刺されの薬もお願い~ 後、八雲が買出しにいってる間、私はどうしてたらいいの?」


「ステラは家の中で休んでいてくれていいよ」


「分かった♪」


 ステラは鼻歌交じりにクーラーの効いている家の中に入り、僕は車に乗り込んで買出しに出かける。


「虫刺されの薬の他にも、蚊よけスプレーや蚊取り線香も必要だな…しかも腰からぶら下げられるやつを… 後はホームセンターで目についた草刈り道具を買いそろえないと…」


 そう思いながら、車をホームセンターに走らせる。


 ホームセンターでは、草刈り道具の他に日光を遮る麦わら帽子や、農作業用の腕カバーを買い込む。ドラッグストアでスッとするタイプの虫刺されの薬を買い、作業終了後のご褒美にする為、箱アイスも買う事にした。


 家に戻ると、クーラーの効いたリビングでたれぱんだのようにだらけているステラの姿があった。


「…ステラ…すごいだらけ具合…だね…」


「八雲…スキルも熟練度もない、私には草むしりは無理だよぉ…」


 そこで僕は買ってきて置いた箱アイスをステラに見せる。


「フフフ…ステラ、これを見ても同じことが言えるのかな…」


「はっ! それは箱アイス!! しかも色んな味が入っている奴だっ!」


 ステラが瞳をキラキラさせる。


「ステラが頑張れば、一本だけと言わず二本食べさせてあげてもいいよ」


 するとステラが寝そべるたれぱんだ状態から、威嚇するアリクイのように立ち上がる。


「庭にあれだけの雑草がはえているんだから、一杯経験値や熟練度が入って、スキルMax状態になれる! そして、アイス二本を手に入れる!」


 そう言ってステラは立ち上がるアリクイの様に闘志を燃やし始めた。


「じゃあ、ステラ! 頑張って草むしりを始めよう!」


「おう!」


 こうして腕カバー、麦わら帽子、携帯蚊取り線香、作業手袋、高級草刈り鎌を装備した上、虫除けスプレーで対蚊コーティングした僕たちは、完全武装対草刈り用局地戦重装備になり、再びあの地獄の草刈り戦地へと赴く。


「おぉ~ たかが草刈り鎌だと思っていたけど、予想以上に使いやすくてやりやすいね! 根本からガリガリ草を刈れるっ!!」


「さっきまで群がってきた蚊も全然よってこないよっ!」


「まぁ、暑さだけは何ともならないけど… これは作業が捗るね!」


 やはり、軍手一つで臨んでいた最初とは異なり、完全武装した今の状態では作業効率が全く異なる。これなら今日中に庭全部の草刈りができそうだ。


 最初とは異なり、面白いように草が刈れるので、僕たちはどんどん草を刈っていく。そして最初は二人並んで草刈りを始めていたが、途中から二手に分かれて互いに競うように刈り始めた。


 しかし、そんな時…


「あっ」


 ステラが不意に声を上げる。


「ん? どうしたのステラ」


 僕はステラの方に振り返る。


「亀吉がいた」


「亀吉? あぁ、あの放し飼いをしている亀のことか」


 するとステラが亀吉を持って立ち上がる。


「でかっ! えっ? 亀吉ってそんなおおきいの?」


 ステラが飼っていたぐらいだから、拳ほどの大きさだと思っていたが、人の顔ぐらいの大きさの亀を持ち上げる。


「亀吉ぃ~ 久しぶりだね~ ご飯食べる?」


 亀はステラに持ち上げられてもぞもぞと動く。


「ねぇ、八雲ぉ~ 亀吉にご飯あげていい?」


 ステラは僕に亀吉を見せながら聞いてくる。


「ん、別にいいけど何あげるの?」


「昔はよく魚肉ソーセージをあげていたんだけど… 私のとった魚でも上げてみようかな?」

 

「あぁ、それならいくらでもいいよ」


 実はステラが取ってくれている魚は余り始めている… 僕がまともに料理出来ないのと、ステラ自身も普通の食べ物を食べて舌が肥えてきたので、あの豆アジの塩焼きを二人とも食べなくなってきたのだ…


 だがしかし、ステラはゲーム課金するお小遣い稼ぎの為に、毎日ペットボトル漁をしているので、溜まっていく一方である。


「じゃあ、八雲、ちょっと亀吉を持っててね」


 ステラは僕に亀吉を預けると、家の中に魚を取りに行く。僕に渡された亀吉は甲羅の中に首を引っ込める事無く、もぞもぞと動いている。


「亀吉ぃ~ お魚持って来たよ~」


 そう言ってステラが亀吉の前に豆アジを差し出すと亀吉は何の躊躇いもなく豆アジに食らいつく。


「この亀吉って…淡水の亀だよね… 海水の魚も食べるんだ…」


「亀吉は好き嫌いをしない子だから何でも食べるよ」


 そうしてステラから差し出された豆アジを五匹もぺろりと平らげる。良かった…これで今日は豆アジの塩焼きを食べずに済みそうだ…ありがとう亀吉…


「じゃあ、草刈りの続きをしようか、ステラ」


「うん、分かった、じゃあ亀吉またねぇ~♪」


 ステラが亀吉を地面に置いてやると、日陰の方に歩いて行った… 本当に庭で生活しているんだな…あの亀…


 そうして、僕たち二人は日が沈む前に庭の草刈りを終える事が出来たのであった。


「あぁ~ よかった~ 日が沈む前に草刈りを終わる事が出来て…」


 僕はクーラーの効いたリビングでソファーに体を預けながら声を上げる。


「私も、アイス、二本も貰えたし、亀吉にも出会えてよかった~」


 ステラは嬉しそうに二本目のアイスを食べている。


「ところでステラ、祖父と一緒だった頃は、草刈りどうしてたの?」


 老体の祖父があの広い庭の草刈りをどうしていたのか疑問になった。


「ん、ジョージがいた時は草刈り機を使ってたね、それで一時間ほどで終わらせていたよ」


「…草刈り機?」


 僕はソファーに預けていた頭をもたげて、ステラを見る。


「うん、バリバリぃ~って大きな音を立てる草刈り機を使ってたね、危ないからって近寄ったらダメって言われてたし、勿論使い方も教えてくれなかった」


「それって…どこにあるの?」


「外の物置き」


 僕はその言葉にテラスから外に出て、物置きを探す。すると家の裏側のプロパンガスが設置されている近くにロッカーの様なものがあり、それを開くと、様々な園芸用道具やエンジンの草刈り機があった。


「始めから…知っていれば…」


 僕はそう呟いたのであった。



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