第019話 恐怖の実験

 今日の掃除が終わり、とりあえず祖父のこの家の清掃・メンテナンスは終了した。後は生活していくうえで足りないとか不便だと思う物を買い足していけばいいだろう。


 そんな訳で、今日の夕食の準備をするのだが、問題はステラがとってくれた魚である。正直言って、僕は料理なんてしたことが無いから、ステラが取ってくれた豆アジを動調理したらいいのか分からない。


 ステラに尋ねてみても、『塩振って焼けば食べられるよ』との事であった。うーん、そうするしかないかな?


 とりあえず、豆アジを僕とステラで6匹ほど取り出し、軽く塩を振って、オーブントースターの中に入れる。それだけではおかずが寂しいので、コンビニで買ってきた冷凍の唐揚げを解凍して、他にお漬物や納豆を準備して、主食のパックのご飯、インスタントのお味噌汁を用意する。


「ステラ、夕食にするよ」


「はーい! わかった!」


 リビングの所でゲームをしていたステラはすぐさま、配膳の手伝いに来る。どうやらお腹が空いていたようだ。


「後はオーブントースターで焼いていた魚はとっ… うん、大丈夫そうだね」


 僕はちゃんと焼けているように見える豆アジを取り出しお皿に載せてリビングのテーブルへと向かう。


「ステラのとってくれた魚も焼いてきたよ」


「あっホントだ! 上手に焼けてるねっ!」


 バーベキューで焼くのと比べられてもどうかと思う。


「じゃあ、いただきます」


「はい!いただきます!」


 いただきますをするとステラは真っ先に唐揚げに手を伸ばす。僕の方は焼いてみた豆アジに手を伸ばすのだが、実際に食べようと思うと色々躊躇う。


「ねぇ…ステラ…」


「なに? 八雲?」


 ステラは唐揚げをモグモグしながら返す。


「ステラは…その頭や内臓も…食べていたの…?」


「頭や内臓は残していたかな」


 ステラの言葉に、僕は頭や内臓を食べなくて良いことに安堵する。


「あぁ、そうなんだ~」


「うん、頭や内臓まで食べちゃうと、次に魚を取る時の餌に出来ないから」


「あぁ…そう言う事なんだ…」


 本当は食べたいけど、次の漁の為に我慢していたのか…


 そう言う訳で、僕は頭と内臓部分を避けて、豆アジに齧り付く。


 ガリッ…


「ん?」


 小魚なのにかなり鱗の感触が強い。しかも身の歯ごたえがほとんどなく、すぐに骨の感触になる。しかし、ステラの見ている手前、食べるのを諦める訳にはいかず、殆どない身の部分を歯で削ぎ取るように食べる。


「これ…骨や鱗ばかりで…殆ど身が無いんだね…」


 口の中の身と鱗の感触に不快さを感じながら飲み込む。


「そうでしょ? だから、いっぱい食べないとお腹いっぱいにはならないの」


 そう言ってステラも歯で身を削ぎ取るように豆アジを食べていく。


「昔食べたアジのマリネはこんなに骨ばっていなかったんだけど…なんでこの豆アジは骨ばっているんだろ…」


 昔、母が作ってくれたアジのマリネの味を思い出しながら、次の豆アジを食べる。あれは酢につけていたから骨が溶かされて柔らかくなっていたのだろうか…


 そんな感じにステラの一人時代の食生活を体験しながら夕食を終えた。


 そして、夕食後、ステラに昼間言っていた実験を始める事を伝えた。


「ステラは、自分自身が他の人や、スマホに映らない事を知ってるかい?」


「うん、なんとなく…でも、手に持っているゲーム機や私の来ているジョージのワイシャツは見えるみたいだね」


「そうそう、それで、先日の洗濯機の事で気が付いたんだけど、泡がついてもステラの事が見えるようなんだよ、そこで僕はある事を思いついたんだよ」


「ある事って?」


「それはね…これだよ!」


 僕は昼間届いたあるものを取り出す。


「これってなに?」


 ステラが僕の取り出した物を覗き込む。


「これはファンデーションという化粧品だよ、女の人が肌を白く見せたりする為につかうものなんだ」


「へぇ~ そうなんだ~」


 ステラが興味なさげに声を出す。まぁ、ステラはまだ子供だし、そもそも白人のように見えるから、化粧をするまでもなく白い肌をしている。


「で、これをどうするの?」


 ステラがファンデーションから視線をあげて僕を見る。


「これをステラに塗れば、他の人やスマホにもステラの姿が見えるようになると思って」


「誰かに私を合わせたいの?でも、他の人に見えるようになったからと言って、私はこの家からあまり離れられないよ?」

 

「どのぐらいなら離れられるの?」


「うーん、お隣ぐらいまで… そう以上は無理かな?」


 ステラは頭を捻ったポーズで答える。


「それで十分だよ、じゃあとりあえず実験を始めるから、僕の目の前に座ってもらえるかい?」


「うん、分かった」


 ステラはダイニングの椅子を持ってきて僕の目の前にチョコンと座る。


「後、前髪を上げたままにしてもらって、目も瞑ってもらえるか?」


「こう?」


 ステラはデコピンでもされるような感じに僕の指示に従う。


「じゃあ塗っていくよ… このスポンジみたいなので塗ればいいんだよね?」


 僕はスポンジを使って、ファンデーションをステラの顔に塗っていく。ファンデーションの色とステラの素肌の色が微妙に違うのでどこまで塗ったかは分かり易かったが、眉毛を塗る時や、口元を塗る時にファンデーションだけでは足りない事に気が付く。


 唇に塗る口紅や、眉毛を描く別の化粧品も必要だよな…まぁ、今日は実験だしこれでいいか…


 そう思いながら、後でその他の化粧品を買い足そうと考えながら塗り続ける。


「八雲…まだ?」


「ん、もういいかな?」


 僕が答えると、今まで閉じていたステラの青い瞳がぱちっと開く。


「後は、このカツラを被ってもらえるかい?」


「うん、分かった」


 そう言って、昼間届いたパーティー用のカツラを被る。


「どう?」


 カツラを被ったステラは僕に感想を尋ねてくる。


「うーん、そうだね…やはり眉毛を描く化粧品や口紅もひつようかな?」


「どんなふうに見えるのか私も見てみたいっ!」


「あぁ、そうだね、じゃあ一度スマホで撮影してみるか」


 そう言って、ステラから視線を逸らしてスマホを取り出す。そして、手のひらで録画モードにした上でステラにスマホを向けようとする。


「八雲、私、どう見える!?」


 ステラがそう声を上げて瞬間、僕はステラにスマホを向けた。



「うわっ!!!!」



 スマホに映った画像に、僕は声を上げて驚く。



「どうしたの!? 八雲! そんな驚いて!!」



 驚いた僕の様子に、ステラは更に顔を近づけてくる。


「い、いや… 化粧をしていない部分の事を忘れていたんだ…」



 スマホに映った画面には、宙に浮かぶ顔だけの姿…しかも眼窩の中には瞳が無く、暗闇だけで、喋る口の中も歯や口内は見えずに暗闇だけの完全ホラーな映像であった。


「眉毛や口紅の事より…こっちの方をどうにかしないといけないね…かと言って…目や口の中に化粧することは出来ないし…」


「どれどれ、どんなのだったの? 私にも見せてっ!」


 そう言ってステラがスマホを手にして自分の画像を見る。



「ひぃぃぃぃぃぃ!!! 何これ! 怖いっ!!」



 画像を見たとたん悲鳴を上げて、スマホを僕に投げ返す。


「怖いって…これステラの画像だよ?」


「私って言われても怖いもんは怖いもんっ!!」


 ステラはスマホから身を逸らして怖がる。


「しかし、今思ったんだけど…妹が昔に心霊写真の乗った本を見せてくれた事があったんだけどね…今のステラの画像によく似たのがあったんだよ… それってもしかしたら、霊が自分の存在を知ってもらいたくて…顔に何かを塗りつけて写真に映ろうとしたのかな…」


「そ、そんなことどうでもいいから! はやくその写真を消して!!」


 こうしてこの実験は失敗に終わったのであった。

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