第009話 覚悟
今、女の子は、娘であるか孫であるかは分からないといい、死んでないとも言った。
だが、それは本当なのであろうか?
僕はあまり心霊現象などのオカルトに興味は無かったが、オカルト好きであった妹が色々と話していたことがある。
死んで地縛霊となった者は、死んだときの記憶が無く、自分が生きている者と考えてその場所に居続けるらしい… この女の子も同じ状況ではないだろうか…
ならば、僕の質問が悪かった。色々と女の子から話を聞き出して情報を整理していくほかはあるまい。
「君はいつからここにいたんだ? 何年ぐらいなんだ?」
「うーん…そんなこと、急に聞かれても分かんないよっ だって、あれから何日経ったって数えながら生きていないでしょ?」
女の子のステラはそう返す。確かに生まれた日から日数を数えながら生きていないよな…
「じゃあ、覚えている最初の記憶ってのはどうだい? 何か印象的な物はないかい?」
ステラが祖父と一緒に暮らしていた、テレビや新聞でニュースなど見ていて、印象的な事柄があれば、その出来事から逆算出来るかもしれない。
「うーん… 私の最初の記憶… 記憶… 確か、ジョージが黒い服を着て、ずっと悲しんでいる光景だった…」
「祖父が…黒い服を着て悲しんでいる?」
「そう… 写真の中で微笑んでいる黒髪の女の人… ジョージにとってはすっごく大切な人だったみたい…」
「祖父にとっての大切な人って…!」
ステラの話から、祖父が黒い服を着て悲しんでおり、大切な黒髪の女の人の写真を見ているって… それは、祖母が亡くなった時の話じゃないのか?
そうなると、ステラがこの家にいるようになったのは、僕が6歳の時に祖母がなくなった12年前ということになる…
だがそれでは、祖母が亡くなってから祖父が誰かを養子にして、その子が亡くなってステラになって地縛霊になったという仮説は成り立たなくなる…
「恐らく、その記憶は祖母が亡くなった時の話だと思うんだけど… それは本当なのかい? 君はその時から祖父…ジョージと一緒に暮らし始めたのかい?」
「うーん…」
僕がステラにそう問いかけると、ステラはソファーの上にあぐらをかいて頭を捻って考え出す。
「正確には、その時はまだジョージを見ていただけ… 来る日も来る日もジョージは写真を見て泣いてた… 私は最初、そんなジョージを見ているしか出来なかったんだけど… ある日、ジョージが天井に縄をかけて首を吊ろうとしていたの… その時、初めて、私はジョージに触れる事が出て来て、声を掛ける事が出来たの… そんなことしちゃダメだって…」
僕はステラの話に唖然とする。ステラの言っている事が本当であれば、祖母を失った寂しさと悲しさから自ら命を絶とうとしていた祖父を止めてくれたのが、ステラという事になる。
そうなってくると、ステラは祖父の家を荒らした悪ガキ…いや悪霊か…ではなく、祖父の命の恩人という事になる。
「その時から、ジョージと一緒に暮らす様になったんだけど… 半年前、ジョージが倒れて、それで病院に行くことになったの… でも、ジョージはすぐに返ってくるって言ってたんだけど… 次の日も…その次の日も…ずっと返ってこなかった… そして、半年が過ぎてから、貴方が来たの…」
そう言ってステラは今にも泣き出しそうな目で僕を見る。
「君…ステラは祖父…ジョージの所へお見舞いにいかなかったのかい?」
そこまで祖父の事を思っているなら、病院にいかなかったのかと尋ねてみる。
「だって、私…行きたくても、この家から離れなれないんだもん…」
そう言って、ステラは目を伏せる。
やはり、その言葉から察するにステラは地縛霊なのか?
「ねぇ…」
そんな事を考え込んでいる僕にステラが声を掛けてくる。
「なんだい?」
「昨日…お巡りさんが来た時に言ってたけど… ジョージって…死んじゃったの?」
ステラは涙を湛えた瞳で、そう尋ね、唇をかみしめる。
僕はステラのその言葉や、その表情や仕草から、どう答えようかと思い悩む。だが、すぐにステラの姿を見て気の毒に思って嘘をついても、ステラは帰るはずの無い祖父を何年も何年も待ち続ける事になる。そちらの方が祖父の命の恩人であるステラに取って酷い仕打ちになる。
だから、僕は覚悟を決めて、真剣な顔でステラに向き直って答える。
「祖父は六日前に病院で亡くなったよ… ずっと意識を失ったまま、眠るように亡くなったらしい…」
僕は父から聞かされた祖父の最後の光景をステラに伝える。
「うっ…」
ステラの大きな瞳から、ポロリと大粒の涙が零れる。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!! ジョージィィィ~~!!! ジョージィィ~~~!!!」
ステラはワンワンと大声で泣き始める。その姿は、幼い時の妹が、ペットのハムスターが死んでしまった時の姿と重なる。外聞も何も考えず、ただひたすら死を悼むときの泣き方だ。
「ジョージィィィ~~!!! ジョージィィ~~~!!!」
ステラは今は無き祖父の名を呼びながら泣き続ける。僕にとってはあまり関わりの無い祖父であったが、ステラにとっては本当にかけがえのない人物だったのであろう。
そのステラの姿が、関わりの少なかった僕が祖父の悲しみをあまり感じなかった代わりとして、ステラが悲しんで泣いてくれている様にも思えてきた。
そう思うと、僕は自然と立ち上がり、ステラの側に行き、あの時、妹にしてやったように、その肩を抱いて頭を優しく撫でてやる。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!! ジョージィィィ~~!!!」
そんなステラも悲しみの為、誰かに縋りたかったのか、僕に縋りついてワンワンと泣き続ける。
そして、その時、僕は覚悟を決めたのであった。
祖父の命の恩人で、僕たち本当の家族の代わりに祖父の寄り添い一緒に暮らしてくれたステラの恩に報いる為、僕はこの家を守ろうと… ここに住んで、恐らく地縛霊だと思うステラが成仏するその日まで、この家に一緒に住んで居場所を守ってやろうと考えたのだ。
ステラは一頻り泣いた後、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまったので、僕はステラを朝そうしていたようにソファーに寝かしつけた。
その後、僕はリビングから、海が見渡せるテラスに出て、スマホを取り出す。そして、徐に父に電話をする。
「どうした? 八雲」
僕の電話に父はすぐに出た。
「ちょっと、お願いがあるんだけどいいかな?」
僕は躊躇いがちにそう切り出す。
「なんだ、言ってみろ」
父は短く答える。
「僕…しばらく、この家で過ごして見ようと思うんだけど…いいかな?」
僕がそう問いかけると、電話の向こうの父が暫し押し黙る。僕は否定されるのではないかと思いながら父の返答を待つ。
「…お前…アメリカの方の家や、仕事の事はどうするんだ?」
父は僕の申し出を断るのではなく、僕の事を案じて尋ねてくる。
「大学はもう卒業したし、勤め先もIT関連の仕事だから、基本、在宅ワークなんだよ、だから、ネット環境さえあればどこでも仕事は出来るから大丈夫だよ、父さん。母さんの実家にも僕から連絡しておくよ」
僕はまったく問題が無い様を伝える為、極めて普通に伝える。
「…そうか、お前が問題ないと言うのなら、父さんはお前を止める理由はないよ」
電話の向こうの父は、少し肩の荷がおりたような明るめの声で答えてくる。
「ありがとう! 父さん! じゃあ、暫く家を住めるように整えたら、一度、そちらに戻るよっ!」
僕も明るい声で父さんに答える。
「そうか、分かった、頑張れよ、八雲… そうだ、お前のメールに父さんのカード番号と暗唱番号を送っておくから、それを使って家の整備に必要な物を買いなさい。以前、渡した金では足りないだろ? お前の世代なら、カードを使ってネットで買い物の方がなれているだろうからな」
父はここに住む許可だけではなく、資金援助まで申し出てくれる。
「ありがとう! 父さん! 僕、頑張るよ!」
「あぁ、爺さんの家を頼んだぞ」
こうして、父の許可を得て、僕は晴れてこの家に住む事になったのであった。
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