第006話 それは私の担当外です

 僕はハムスターのように暴れる女の子を抱きかかえたまま、玄関へと向かい、女の子に逃げられないようにしながら、片手で玄関の扉を開ける。


 すると、パトカーではなく、バイクに乗ってきたと思われる中年の警察官が懐中電灯片手に玄関の前に立っていた。



「貴方が通報をなさったファイン…八雲さんですか?」


 

 警察官は懐中電灯で僕を照らしながら尋ねる。



「すみませんっ! 僕が連絡をしたファイン・八雲ですっ!」



 僕は女の子を抱えたまま、警察官に声を掛ける。



「通報では、家に子供が侵入して家の中を荒らしていたと連絡を受けておりますが…」


 怪訝な顔をしながら尋ねてくる。


「はい! そうです! この子がその犯人ですっ!」


 僕は抱えていた女の子を警察官に抱えながら突き出す。


「…? だから、どこです?」


 警察官は、目を丸くしながら尋ねてくる。


「いや、だから、今僕が抱えている女の子ですよっ!」


 僕は、等身大の女の子の人形を抱えていると勘違いされたと思って、少し赤面しながら答える。


 すると、怪訝にしていた警察官の表情が、徐々に怒りの表情へと変わっていき、怒りの言葉を喉元の所まで込み上げた所で、ぐっと押し込み、はぁ…と呆れたような顔をしながら溜息をついて僕を見る。


「良いですか… ここがめったに事故や事件の無い平穏な場所だからと言って、いたずらに通報をしたり警察官をおちょっくたりしてはダメなんです」


「えっ? 何の事を仰っているんですか? 今、こうして見ず知らずの子供が他人の家に侵入して家を荒らす行為をしている所なんですよ!」


 僕は見た目が幼く身長も低い方なので、もしかして、少し年の離れた子供喧嘩して通報したと思われたと考えたので、改めて今、僕が捕まえている女の子は、見ず知らずの他人で喧嘩などではなく、列記とした犯罪行為が行われたことを説明する。


「でも、犯人を捕まえたと仰っていますが、貴方の他に誰もいないじゃないですか」


「いやいや、この子、金髪で目も青くて人形の様に見えますけど、人間の女の子ですよっ!!」


 やはり、僕が人形を抱きかかえていると思われている様なので、恥ずかしさに耳まで顔を赤くしながら再度、警察官に訴えかける。


「金髪? 青い目? 女の子? 一体、何の話をなさってるんですか…」


 警察官は呆れるような、残念な人を見るような目で言ってくる。


「いや、夜だし、ライトを当てられているから、違うように見えるかも知れないけど… 僕の抱えている女の子が犯人なんですよっ!」


 僕は絶叫するような大声で説明する。



「何を言ってるんです? 貴方、女の子なんか抱えてないじゃないですか…」


「はぁ?」



 僕は警察官から帰って来た言葉が理解できずに、目を丸くして声を上げる。



「確かに、ワイシャツを誰かが着ている様にしながら、抱えている姿は、仕事外の時間であれば、面白いと思いますがね… 今は真面目に公務中なので、そう言った冗談をされても困るんですよ」


「えっ!?」


 僕の見ている光景と、警察官の見ている光景とが全く異なる様な発言に、逆に警察官の方が冗談をしているのではないかと考えたが、警察官の表情は至って真顔である。


 僕はその信じられない状況に、改めて抱きかかえている女の子の姿を見る。


 警察官がいったように、この子が着るには大きすぎてだぶだぶなワイシャツ姿である。しかし、僕の目にはただワイシャツだけではなく、ちゃんと女の子が着ている状況である。



「しかし…君…それ、どうやっているんだ? もしかして、マネキンとかトルソーにワイシャツを着せてから、洗濯糊で固めたりしたのか?」


 

 警察官はそう言って、僕が誰も来ていないワイシャツを抱きかかえている状況に、興味をそそられて、ワイシャツに手を伸ばしてくる。



 ぺちんっ!



 その時、僕に抱きかかえられていた女の子が、手足をバタバタとさせて、警察官の手を叩き落とす。



「つぅっ! えっ!? なに!? 今の!!」



 警察官は叩き落とされた手を抱えて、驚いて目を丸くする。



「今…何もない所で手が叩き落とされたような感覚があったんだけど…」



 突然の目に見えない現象に、警察官は困惑し始める。



「すっすみませんっ! 今、女の子がじたばたして手を…」



 一応、僕が叩いたと勘違いされては困るので、弁明のつもりでそう告げる。



「えっ!? 女の子!? それはつまり…君には女の子が見えていて…私には見えてないといいたのか?」



 警察官が目を白黒させながらそう言ってくる。



「えぇ… 最初から言ってるように、僕が今、女の子を捕まえて抱きかかえているんですが…」



 僕もこの状況に困惑しながら警察官にそう返す。



「…そう言えば… この家に前に住んで居た外国人の老人が… 半年ほど前から姿が見えないんだよな…」



 警察官が眉を顰め、真顔になりながら、祖父を事を言い始める。



「えぇ、それは祖父の事です… 先日、亡くなりましたが…」



 僕が気落ちしながらそう答えると、腕の中の女の子がピクリと動く。



「えっ? 君の祖父? でもここに住んで居たのは、髪は白くなってきていたが金髪の青い瞳の白人で、イギリス紳士を思わせるような人物だったが、君はどう見ても、頭の上からつま先まで完全な日本人じゃないかっ!」


「いや、それを言われると困るんですが…僕にはそう言った特徴が全くでなかったんですよ…」


 こういう時に僕が祖父の容姿を受け継いでいなかった事を後悔した。


「よく考えたら… なんで… 半年もの間、人のいなかった家に人がいるんだ? しかも、前に住んで居た方は亡くなったという事だが…」


 警察官は青い顔をして独り言のように呟きながら、僕や祖父の家に視線を向ける。


「そもそも… なんで明りがともってないんだ? 普通、人が住むなら、電気を通して明りをつけるだろ…」


 そう言って、ゴクリと唾を呑み込みながら、僕の顔を見る。


「そう言えば、昔、噂か落語話で聞いた事がある… 幽霊が出たと言いに来た人間が幽霊だった話を…」


「いや、僕は人間…」



 サっ! タタタッ! ガチャ! ブルンッ! ブブブブゥーン!!



 そこまで言いかけた所で、警察官は何も言わずに振り返って、乗ってきたバイクに駆け寄り跨って、言葉通り一目散で走り去っていく。


「えぇぇぇぇ~」


 その追いすがる隙も無い状況に、僕は困惑と混乱の声を漏らす。

 

 そして、バイクのエンジン音が聞こえなくなるまで呆然と立ち尽くした。


 そして、腕の中の女の子を見る。先程までは捕まえられたハムスターのように暴れていたが、今は借りてきた猫のように大人しくしている。


 一体この女の子は何者なんだろうか…





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