第2話

彼女は何も必要としていない。もう全て持っているから。だから彼女はとても落ち着いている。キョロキョロ と周りを探る必要なんてないからだ。右手には彼女の愛する子がいて左手の先は彼女の夫に繋がれている。彼女の両手はもう繋がれていて誰も必要とはしていない。

彼女は全く満たされていた。愛情の面では全く何も必要としていなかった。

それでも何かが彼女の中で何かを求めていた。心はもう満たされていたのだから、

後は肉体 なんだろうか。


昔エマニエル夫人という 映画を見たことがあった。当時は大ブームになって エマニエル夫人という その言葉だけが映画の内容とは関係なく一人歩きしていた。僕は見たという記憶があるだけでエマニエル婦人の 最後が全く思い出せない。婦人は 婦人が求めていたものをを手に入れることができたんだろうか。婦人は一体何を求めていたんだろう。僕はあの映画の結末を思い出せない。結末は覚えているほどのものではなかったのか それとも複雑すぎて僕には理解できなかったのか 未だに謎だ。もしかしたら それが結末だったのかもしれない 。結局 なぞはなぞのままどこまでも解かれることはなかったんだ。

もう一つ同じような内容の映画を昔見た。主演は ロバートレッドフォードで 舞台は確か アフリカだったはずだ。エマニエルと同じように出会う 女性 出会う女性と関係を持ち自由奔放にしていた彼の場合は何を手にしたんだったっけ。最後は確か男も女も2人とも梅毒になってしまって自由奔放な性の旅はそこで頓挫した。エマニエル夫人は病気にはならなかったけど どちらの映画も 結論は、はっきりしない。肉体的な快楽を求め続けてみたところで、こんなものかもしれない。精神的な何かを求め続けたところで、それもまた同じようなものなのかもしれない。何かを強く求めれば求めただけの強い 答えが帰ってくるとは限らない。何にも返ってこないのかもしれない。そんなことはいくらでもあり得ることだろう。求めれば完全にいつでも答えが手に入るなんてそんなことはない。修行の本質というものは そうしたものかもしれない。求めても求めても手に入らない 何かを求め続けることなのかもしれない。まあ強く求めれば 安直に答えが手に入るなんて、そんなはずはない。そんなに簡単な人生だったら誰も頑張って生きる 気にならない。


僕は全く手も足も出なかった。彼女は今のままで 何も必要としていない 満たされている。僕は彼女が好きで彼女に触れたくて仕方がなかった。初めから 勝敗は分かっていた。僕には全く勝ち目はなかった。しかし、僕はこの気持ちを抑えることができなかった。勝ち目はなくとも何とか彼女を振り向かせたかった。ゲームというほど軽い気持ちではなかった。ゲーム と呼ぶには僕は本気すぎた。諦めるには 彼女は魅力的すぎた。やはり 美しかった。僕はどうしても彼女を手に入れたかった。僕はひどい人間だった。自分でも自分がここまでひどい人間だとは思ったことはなかった。それでも良かった どうでもよかった どうしてかわからないが 僕 は 何としても彼女を手に入れたかった。その他のことはどうでも良かった。今彼女が完全に満たされていて 幸せでも僕はどうでも良かった。僕は彼女の夫に会ったこともなかった。会いたいとも思わなかった。彼女の夫のことは 僕には どうでも良かった。僕は、ただ彼女が欲しかった それだけだった。それが一夜限りの虚しいものであってもそんなことは 僕には どうでも良かった。ただ彼女が欲しかった それだけだった。美しかろうとそれが醜かろうとそんなことはどうでも良かった。僕は彼女、ただ彼女を抱きたかった。それで 彼女に永遠に嫌われようと そんなことはどうでもよかった。僕はただ彼女が欲しかった それだけだった。それ以外のことは些末なことだった。

性欲や 肉欲の快楽の果てにあるものはおそらく何もないんだろう。

快楽の果てにあるものなんて、虚無だけでたくさんだ。他には何もない それで十分だ。これが恋だとしても 単なる欲望だとしても これは絶対にうまくいかないだろう。初めにも言ったが、彼女は全てに満たされて満足しきっている。だからあんな風に落ち着いていられるんだが、人間が満足しきって何も求めない なんていうことがありえるんだろうか。生きている限り 人間は 何かを求め続けるのではないだろうか。彼女のあの落ち着きにはだからどこかにごまかし 、嘘があるのではないか。一見 完全に幸福に見える 彼女も必ず求める 何かがあるはずだ。人間である限り 完全に満ち足りていて何者も求める必要がないなんて言うことは決してないはずだ。満ち足りていて完全に落ち着いているように見える 彼女だけれども 必ず求める 何かが絶対にあるはずだ。人間である限りふとした寂しさや、虚しさを感じる瞬間は絶対にある。

あの時のマドンナ(あだ名)がそうだった。彼女は誰もが認めるほど綺麗で愛らしく人気者だった。もう何年も付き合った彼氏もいて大学を卒業したら おそらく結婚することになっていたんだろう。だが あの時 久しぶりにボーリング場であった彼女はまさにそうだった。あの時の彼女は完全に無防備で普通の女の子だった。いつものように 完全無欠で何者も必要としない彼女ではなかった。何か言いたげな、もっと言えばすがるような部分がはっきりと見えていた。あの時の彼女はいつものような強い女性ではなかった。完全無欠でもなかった。どこにでもいるような もろい女性だった。おそらく どんな女性にもあの瞬間はあるんだろう。

自分の弱さをつい 相手に見せてしまう瞬間が。


どんなに美しく 完全無欠な女性もふとした寂しさ 虚しさを見せてしまう瞬間が必ずある。その時の彼女はもう完全無欠でも完全に満たされた女性でもなく、ただ普通の女になってしまう。

美しい女性がオーラを失って、ただの女なってしまう瞬間が。あの時もそうだった。ただ彼女の美しさにやられていた僕は彼女の誕生日だというのを知ってすぐに一番近い花屋に行ってその日の朝に届いたばかりのバラを全て売ってもらった。彼女は頬を赤らめて 喜んでくれた。

ただ彼女のことはもう、追いかけないと思った。彼女にはもう心に決めた男がいて大学を卒業したら一緒になるつもり らしかった。幸せにね。

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美しい人 瀬戸はや @hase-yasu

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