アンドロイド少女の恋

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アンドロイド少女の恋

普段から私は決しておねだりをするような子供ではなかったけれど

その時ばかりは、店先に並んだあなたを見た時は、ついお父様の袖を引っ張ってしまったのよ。


「どうしたんだい?マリアンヌ」


優しい声で私に訊いてくれるお父様に私は精一杯のアピールをしたわ。

お母様のお手伝いをするわ、学校のお勉強だって頑張る、一番は難しいかもしれないけれどそうなれるように一生懸命努力は欠かさないわ、それでも足りないなら私も働きます――どれだけお金を得られるかはわかりませんが、いえ、働けるところがあるかもわかりませんが、きっと見つけてみせますって。

でもね、私、そのときは気づいてなかったからお父様は随分と困ったでしょうね


「一体何をお願いしたいんだい?」


私、先に何をお願いするのかを言ってなかったの。

笑えるわよねこんな話、でもねあなたに伝えたいことはそれだけあなたのことを気に入ったということなの。

それは一目惚れ、いえ、それ以上の運命とも呼ぶべきものを感じたわ。

私はあなたと出会うべきだって、確かにその時の私には、あなたと共に生きてゆく未来がたしかに見えたのよ。

え?その後どうしたのかって?

私が、買ってくださいまし!とお願いしたらすんなりと買ってくださったわ。

きっとその時はまだ私のお家にも余裕があったのね……。

それから数時間後、お家に帰った私は、自分の部屋に急いで入ると、丁寧に折られた包装紙をゆっくりほどいたわ。私、普段はそんなに丁寧な性格ではないけれど、その時ばかりは、あなたを包んでいるものすべてが愛おしかったのよ、大事なものを傷つけないようにって包装紙からプラスチックの箱を取り出したわ。

そうして、そのプラスチックの箱からあなたを持ち上げて、ひとしきりあなたの全身をじっくりと観察したの。

ごめんなさい、恥ずかしいわよね、でもねあなたの真っ白な肌、私の手に吸い付くしっとりとした皮膚、きめ細やかな皺、柔らかいおにく、するりとした長い髪の毛、全部が全部、私の想像通りだった。店先のあなたと寸分違うものなんてなかったの。

同じものだから当たり前でしょうって?

たしかにそうね、でも、抱きしめたときの何かを共有したような感覚まではお店じゃわからなかったはずだわ。そういう相性みたいなものまで、私の想像通りだったのよ。

いえ、子どもの私はそこまで大人の知識はなかったわ。

もっと単純な言葉、でも複雑な意味での相性よ。

よくわからない?

とにかく実際のあなたは素晴らしいってことよ。

そんな感動を覚えつつ私はドキドキしながら説明書を読んだわ。

あなたを『始める』スイッチはどこかしら?あなたの体と説明書を読み比べながらここでもないこっちでもない、この突起は?こっちはどう?

きっとその瞬間をお母様に見られでもしたら大変なことになってしまってたわね。

あ、これは秘密の話なんだけど、その時に私初めて知ったのよ。女の子の大事な部分がそこにあるっていうことを。

ゴホン!それはさておき、さて説明書は全て読み終わったけれど一向にあなたの目を覚まさせる方法は書いてなかったわ。

後でわかったことだけど、その説明書には落丁があったんですって、それが元でちょっと大変なことになったのだけど、それはまぁまた今度お話しましょう。

とにかく私はどうすればいいのかとあれこれ悩んだ結果、とある童話を思い出したの。

ふふ、正解。よくわかったわね。

私は本にあるようにあなたの唇に私の唇を重ねたの。

――え?なによ、恥ずかしいの?今更恥ずかしがるようなことじゃないじゃない。


ほらね


えっと、どこまで話をしたんだっけ……、そうそう、唇ね、結局のところそれでもあなたは目覚めなかったわ。最終的にはお父様に聞いて、お父様から販売会社へ問い合わせをしてもらったのよ。


『襟元にある小さな穴の奥を細いドライバーで1、2秒間押し続けてください』


私の2時間の奮闘は、10分の電話でいとも簡単に解決したわ。

でも当時の私にはそんなことはどうでもよくって、あなたがその重い瞼を開けてくれたことが何よりもうれしかった。

その時のあなたのスモークグリーンの瞳の輝きは今も強く覚えているわ。

まばたきを1回、2回、そこに命があるのを強烈に実感したの。

あなたはここにいるんだって、今なら当たり前に思っているけれど、まだ家族と1人2人のお友達とだけの交遊関係の浅いその時の私にとっては、それは宇宙から新しい星が1つ生まれるぐらいの衝撃だったのよ。


あなたは確かに私の目の前で意識を取り戻し、自分がまだ何者なのかしらない無垢な瞳で私を見上げて、静かに鼓動を始めていたわ。


「あなたのお名前は、『ロザリア』よ」



あなたとの生活はとても充実していたわ。何もかもが楽しかった。

特にあなたが言葉を覚えて私と会話ができるようになってからは、あなたと過ごす時間がとんでもなく速く過ぎていった。

覚えているかしら、私が初めてあなたの身長を超えたときのことを。私が初めて女の子になった時のことを。

私はほんの少しだけ大人になった。

そうなると学校のお友達との関係も随分と変わったわ。

だれだれが好きあっている、誰と誰が付き合っている、だれはだれのことがきらい。

単純な子になるほど、スキとキライで世界を半分に分けられると信じているの。

そういえば、そういう相談もあなたにしたわね。


「くだらないわ男だの恋愛だの友達だのって、ねぇロザリアはどう思う?」


私のそんなくだらない話にあなたはまじめに付き合ってくれていたわね。

ロザリアの素敵に輝く瞳が私を見つめていて、私はそれを見つめていたわ。

そうして自然に私はあなたと2度目のキスをしたのよね。恥ずかしがらないでよ。私だって少し恥ずかしいわ。あの時のキスはお世辞にも大人のキスなんて言えたものじゃないんだもの。


「ロゼリア、唇だけじゃもう我慢できない、ねぇ知ってる?舌を使うのよ」

「そう……だして……かわいい……小さな舌」

「んっ、ねぇロゼリア、これ、すごいわ、こんなことお友達は知らないでしょうね」

「ほらすごい、こんなに胸もドキドキしてる……ねぇ」


「ちょっと触ってみない?」



――ごめんなさい、ちょっと思い出に浸っていたわ。

私はあなたとの関係が「愛」と認識してからは余計にそれが大きくなっていくと感じたわ。私自身少し怖いくらいに日々膨らんでいるのがわかった。

例えば、食卓で手と手が触れ合う時。

例えば、外に出ている時にあなたを思い出す時。

例えば、きれいなものや素敵なものを見つけてあなたにも観てほしいと思った時。

時々、その気持ちが苦しくなるときがあったのよ。いいえ、決してあなたのことが嫌いになったわけではないの、一緒にいたいと思っていたのも本当よ。

でもね、時々、ほんの少しだけ、隣で寝ているあなたを見て、爆発しそうになることがあったのよ。

あなたは気付いていた?それとも気付いていなかったかしら?

そういう時は夜中に外に出て、体を動かしたりして誤魔化していたの。


そんなある日だったわ。

学校の男の子のカバンを、私の友達が預かることになったのよ。

経緯はしらないけれど、二人はずいぶんと仲が良かったみたいだから、信頼されていたのね。

でもね、その友達はずいぶんとそのかばんの中身が気になっていたようで、私にこっそりみちゃおっかなんていうのよ。

私はそんなに興味はなかったけれど、他の友達がみんな見てみたいなんていうものだからすっかり私のその輪の中に入っていたわ。

でもまさかあんなものが入ってるなんて誰も想像していなかったでしょうね。

それは1冊の本。

そういった本が、本屋さんの奥の方に置いてあるのは知ってはいたけれど、中身がどんなものかなんてその時までは知らなかった。

なんてことはない低俗な雑誌よ。でもその内容は、私たちみんなの目をくぎ刺しにしたわ。

特に人気があったのは、裸の女性の写真なんかよりも書いてある文章の方ね。そこには私達の知らない知識がいっぱい詰まっていたわ。

そして私はそこに、たまにあなたに感じていた爆発しそうな感覚に対する答えを見つけてしまったの。


「ロゼリア、ちょっと実験をしたいのだけどいいかしら」


もちろん覚えているわよね、あの『実験』は私達2人にとってもとてもすごい経験になったわ。



それからも私とあなたで『実験』を何度も繰り返した。

ある程度同じやり方に慣れてくると、次は少しやり方を変えて、と何度も試した。

全然飽きることがなかったわ。それどころが『実験』を重ねれば重ねるほど、「愛」もまた深まるような気がしていた。あなたはどうだったのかしら?同じように感じてくれていたならよかったのだけれど。


でもそんな日々は長くは続かなかったわね。

『実験』のことが両親にばれてしまった。それも最悪な形で。

その時の『実験』はとても激しかったとは自覚している、でもあなたが動かなくなるなんて思いもしなかった。そこまで強くしていたとは思いもしてなかったわ。

急にあなたの身体から力が抜けているのだから、私、慌てたわ。

なんとかしようと急いで取扱説明書を物置から取ってきたはいいものの、そうね、それは落丁していた説明書だったからこんな場合のことなんて書いていなかった。

他の電化製品と同じように再起動すればいいのかしら?でもそれでもし取り返しのつかないことになってしまったら……そう考えると何もできなかった。

ぐでんと倒れ込むあなたを前に私はひそひそと泣くことしかできなかったわ。

その時ほど後悔と無力感を味わったことはなかった。

結局のところ私は恥や外聞いろんなものを捨てる覚悟で、もう1度お父様に相談したわ。なるべく『実験』の話には触れないようにしたのだけれど、無駄だったわね。

最終的にはすべてあらいざらい言うしかなかった。

でもその甲斐あって、お父様に販売会社に問い合わせていただいたの。


『襟元にある小さな穴の奥を細いドライバーで1、2秒間押し続けてください』


ふふ、まさか解決方法が起動時と同じだなんて思いもしなかったわ。

とにかくもう1度同じ手順を繰り返してあなたは目を覚ましたの。


でもね、その代償は大きかったわ。

時期も、タイミングも、何もかもが悪かったわ。

私のお家はその頃には景気が悪くなっていたし、私も進学を控えていた。

それでどうなったかというと、私のお家は引っ越しをすることになった。当時住んでいた家よりずいぶんと小さなお家。そんな家に私のいるところなんてなくて、私は一人、進学先の学校の寮へ入れられることになったわ。

あなたがどうしたのかは……それはさすがに言わないほうがいいかしらね。

なんでも共有してきた私達だけどそれも終わりの時がやってきたのよ。


それは想像していたことなのか?ですって?

ふふ、あなたしばらく見ない間にいじわるになったのかしら……?

もちろん、そんなこと想像するわけがない。

あなたと私いつまでの幸せに寄り添って楽しく暮らしていく、そんな未来しか見ていなかったわ。いえ、それは未来じゃなくてただの希望――妄想ね。


私はそれから4年間、その学校を卒業するまで1度たりとも家に帰らなかったわ。

両親のことは嫌いではなかったし、当時の状況はよくわかっていたけれど、なんとなく、自分の家じゃないその家には私の居場所はないと思っていたのよ。だから帰りづらかった。


でもね、あなたのことは毎日想っていたわ。今頃何をしているのかしら、私のことを考えてくれているかしらって。実際にあなたがどうなっていたのかは考えないで。


その間はどうしていたのかって?それってなんのこと?

ふふ、あなたでも気になるのね……少し意外。


もちろん他の女の子と同じように、素敵な彼氏を見つけてうまく付き合っていたわよ。あっちのほうもすごくよかったし。


ちょ、ちょっとなに?怖いじゃない、いきなり……大きな音出さないでよ。


ウソ、冗談よ。

それにさっきも言ったじゃない、毎日あなたのことを想っていたって。

知ってる?世の中には、1人で気持ちを静める手段だってあるのよ。

そのための道具だっていっぱいあるんだから。

そうだ!今度試してあげる!あなたもきっと気に入ると思うわ。



でもちょっと迎えに来るのが遅くなっちゃったわね。ごめんなさい。

だって、学校を卒業して帰ってきて、やっとあなたに会えるって思ったら、お家にあなたがいないんですもの。

お父様やお母様に聞いたらどこにいるのか知らないっていうし。

いままで反抗らしい反抗はしたことなかったけれど、さすがにこの時ばかりは私も怒っちゃったわ。

そしたら、ふふ、お父様がちゃんと見つけて下さったのよ。


え?どうやって見つけたのかって?

それはわからないけれど、私は根気よくお願いをしたら見つけて下さったわ。

ちょっとだけ語気が強かったかもしれないけれど、それは後で謝っておくから大丈夫よ。

お父様もお母様もきっと赦してくれるわ。


そんなことより、久しぶりに会えたんですもの。

今度はあなたのお話を聞きたいわ。

眠っていたからわからない?

それもそうね、こんなところにいたんじゃ、寝るぐらいしかできなさそうだもの。


じゃあ、これまでのことはいっぱい話をしてきたから、今度はこれからのことを話しましょうか。


そうね、まずはどこかに家を借りましょうよ。

大きくなくたっていい、あなたと私2人が生きていけるぐらいの。

それからそうね、旅行なんてどうかしら、私、学校でいろいろ学んだのよ、世界にはいろんなところがあるってことも覚えてきたわ。ステキなところがいっぱいあるんですって。


なにか心配そうね。大丈夫よ、もうあなたを離したりなんてしないから。

もう私とあなたを引き離せる人なんていないもの。

とりあえず今夜は、いままで会えなかった時間を埋めましょう。

これからのことはその後にでもまた話せばいいわ。



「ねぇママ!私あれほしい!ねぇ買って!絶対仲良くするから!!お世話もする!お手伝いもする!だから買って!」

「えぇ、どうする?パパ」

「ちゃんとお世話するなら買ってあげてもいいんじゃないかな」

「でも食費だってかかるわよ?それにちゃんと言うことを聞くかどうか……」

「『内臓チップで制御してますのでご安心して飼うことが可能です』だってよ、大丈夫なんじゃないか?」

「じゃあ何かあったらあなたが世話してくださいね、私いやですよ」

「よし!じゃあ決まりだな!買ってやるから大事にするんだぞ」


「わーい!やったぁ!私、絶対にこのニンゲンだいじにそだてるね!」


END

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