揚げを食いたきゃ稲荷にコンか!
橙ともん
第1話 御山ウネビ
揚げがなくては あたしは困る こんなあたしは言霊使い
揚げはおあずけ修行をしろと こんなあたしは言霊使い
誰を探せばいいのかどうか あたしが行くとこ 誰かに逢うさ
寝台特急ついて降りたら 知るも知らぬも日本国
ん?
背中に背負った大きな何か? あれはもしやの伝説の?
こんなあたしは言霊使い――
*
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
考えが甘かった……。
めちゃめちゃ甘かった。
今日の朝ご飯の代わりに食べたミカンはもっと甘かった。
……そんなことはどうでもいい。ほんと、どうでもいい。
俺の名前は、
まあ、俺の自己紹介もどうでもいい。言いたくもない。
誰も気にしてくれない。それでいい。
――いやいや、それでは物語が始まらないと作者からクレームが来そうだ。
だから、俺の事は後で自己紹介させてもらう。
今はそんな気分じゃない!
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
まただ……。また他人とすれ違った。
考えが甘かった。
この場所に来る途中に立ち寄ったコンビニ、注文したホットコーヒーは、ちょっと砂糖が多めだったから甘かった。
だから、それもどうでもいい。
会いたくない。誰にも会いたくない。
この道を通れば誰にも会うことないだろうと、考えが甘かった。
なんでこんなことになった。なんでこの道にはこんなにも他人がいる?
――ああケチったからだ。電車賃をケチったからだ。
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
「……………」
……なんで今日は、こんなに他人とすれ違うんだ?
なんでかって、そんなの分かり切っている。
今日は1月1日、正月だからだ。
正月の午前、もう少しでお昼。
正月でこんな時間に電車に乗れば、どうなると思う?
他人がいる。大勢他人がいる。しかも普通の他人じゃない。
普通の他人ってどんなのかと言えば、通学している高校生たち、出勤している大人たち、そういうのだ。
じゃあそういうのじゃない普通の他人って?
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「……………」
あんまりにも他人が多いから無視してやった。
もう十分挨拶したし。俺なりにこれくらいで納得したし。納得しないとやって行けない。目的地に行けない。
普通の他人っていう話だ。
正月に電車に乗ると、どういう他人と出会うと思う?
一言で言えば、家族連れのハッピー100点満点のファミリーと出会う。やたらと孫を可愛がるお爺さんとお婆さん。
やたらと喋りまくるファミリーっての、あとファミリーじゃないけど、イチャイチャしたカップルとか、不良っぽいのとか、ペットを連れて歩いている『ファミリー』ってのもいる。
そいつらにとっては、そういうコミュニケーションが普通なのだ。そうなのだ。
だから、俺は普通の他人って呼んでいる。
そいつらを見ていると、見たくもないから本当は見ていないけれど、空気で分かることがあって、そいつらはなんでそんなにもハッピー100点満点なんだ?
何がそんなに楽しいのか? 分らん。分かりたくない。
分かりたくないから電車に乗らずに、ついでに電車賃もケチることが出来るから、今こうしてこの道を歩いている。
だから、この道を歩こうと思って……。
それなのに。なんでこんなことに。
考えが甘かった。本当に甘かった。
ここに来る途中にすれ違った『い~しや~きいも~』の、あの石焼いもくらいに甘い。
俺は甘かった。
俺の名前は御山ウネビ。それは最初に言った。
高校2年生の17歳。男性。
極度な人嫌い。本物の人嫌い。
誰とも会いたくない。誰とも喋りたくない。
ずっと一人がいい。
そういう思いで生きている。
だから、学校でも誰とも喋らない。
友だちは勿論いない。ずっと一人。お昼休みも一人。掃除するのも一人。
しかし、体育とか何とかグループにならなければいけない時には、我慢して一人をやめる。
ここは我慢するしかない。
なんで一人なのか?
だって、この世界で人間と関わるほどめんどくさいものはないからだ。ほんとめんどくさい。
だから一人。これからも勿論一人。
それでいい。そう思っている。
それにしても、このリュックは重い……。
どうして雨は降らないって分り切っているのに、俺は雨がっぱを持ってきたのだろう?
こんな真冬に汗もかかないって分かり切っているのに、なんでタオルを持ってきたのだろう? しかも2枚も。
あとトイレットペーパー、なんでリュックに入れてあるんだろう?
……ああ思い出した!
ネットの旅サイトを見ていたら、これがあったら便利っていうコーナーがあって、それを見ていたら『これだ~!トイレットペーパー!』って世界中を旅し続けてきて十数年という男性が、自信たっぷりに教えてくれたからだ。
てか、旅しているわけじゃないのに、どうしてリュックを背負ってきたんだ、俺は?
てか、俺はどこに行こうとしているのか、目的地、まだそれを言っていなかったっけ。
初詣だ!
――関わりたくない。関わりたくない。
誰とも会いたくない。誰とも会いたくない。誰とも会いたくない。
神社、地元で一番大きい神社。境内。見た。
他人、他人――。
それも普通の他人、普通の他人、普通の他人――。
当たり前か。だって今日は正月だから。
それにしても、俺はなんで初詣に来たんだ?
初詣に大勢の他人がいるのは当たり前じゃないか?
来なければよかったんじゃないか? そう、その通り。じゃあ帰ろう。よし帰ろう。
いやいや、でも俺は初詣に来たかったんだよ。それには自分なりにちゃんとした理由があるのだから。
それは……人間嫌いを治すためだ。
……いろいろと考えたんだ。こう見えても。
やっぱ俺、この性格じゃこれから先かなりキツくなると想像した。
そもそも関わりたくないとか、誰とも会いたくないとか、そんなの無理じゃん。絶対無理。
人間としてこの世界に生まれてきた以上は、絶対他人と関わらないと会わないといけないと思うし。
いや、別にこれから先キツくてもいいのだけれど。
ってことを、この前先生に進路指導室へ呼び出されてこっぴどく説得された。
そういう出来事があったから……。
じゃあどうすればいいのだろうかって考えて考えて、そして、その答えが“ショック療法”だ。
つまり、無理やり人間が大勢いる場所へ行って、そこでじっと我慢して、気絶してもいいから耐えて、兎に角人間に慣れようと考えた。
そして、これだ!
コンパクトカメラ!
――ああ、このコンパクトカメラが何故ショック療法と繋がって、俺の人間嫌いが治せるのか分からないんだな。じゃあ教えてやる。
この初詣客達を見てみろ。よーく見てみろ。
みんな手に何かを持っているだろう。そうスマホだ。
みんな自分のスマホで初詣の写真を撮っているじゃなか! いいか、ここでよく考えてみよう。
俺くらいなんだな、男1人で初詣に来る奴ってのは。
しかも、その男は極度な人間嫌いときた。
人と接することを避けてきた俺が、この人ごみの中に入ったらどうなると思う。
どう考えても拒絶反応、禁断症状があらわれる。
正月早々、嫌や嫌やと叫んで暴れて走りまくって、1人で初詣にきた男がそういう状況を作りだしたら、補導じゃあ済まない。
新聞、テレビで報道されて、教育委員会が頭を下げて、体育館で全校集会、校長先生の話を聞いたあとは、担任の先生が自宅に来て両親と会う。
しばらく自宅待機した後学校へ登校すれば、クラスのみんなから白い目、ひそひそ話。何が言いたいかって、
逆に人間嫌いが悪化するんだよ……。
だから、コンパクトカメラ。
初詣に背中にリュックを背負った1人の男がコンパクトカメラで辺りを撮影している。
周囲の人達は、あらこの人って、もしかしたら旅人さん? この神社ってけっこう有名だから、どこか遠いところからわざわざ、大変ねー、と思われる。
いや、必ず思ってくれる!
俺はさりげなく、おおこの神社の初詣は魅力的、来てよかったーパシャパシャって写真を撮りながら、旅人のフリをして、でも本当はショック療法なのだけれど。
この話には続きがある。
撮った後の写真をどうすると思う?
それは人がいっぱい写っている画像をパソコンに保存して、俺はそれを眺めて人ごみの中にいた自分を思い出す。
思い出してイメージトレーニングする。
俺はここまで考えているんだ。すごいだろ?
――無理。考えが甘かった。
自分の弱さを忘れるために、露店で買った綿飴と林檎飴とチョコバナナくらい甘すぎた。
あんなに大勢いるとは想像を超えていた。多すぎるだろ?
いや、それははじめっから分かっていたつもりなのだけれど、まるで自分の部屋に数匹の野犬がいて、その野犬が自分の部屋で縄張り争いしているような、俺の初詣の第一印象。無理だった。
勿論、参道も歩くことが出来ず、その参道から外れて神社の奥深く、鎮守の森が深くなってくる場所、そこにベンチがあって屋根もあって、つまりここは休憩所。
目前には境内の観光スポットになっている、けっこう広々とした池があって、俺はそのベンチに座って買った綿飴と林檎飴とチョコバナナを食べていた。
やっぱ、あの人ごみは無理だ……。
中に入っただけで意識を失いそうになった。
それにしても……あの人達はなんで平気なのだろう。俺と同じ人間なのに。
一枚も写真を撮れなかったな。
別にそれはそんなに気にはしていないのだけれど、俺の極度な人間嫌い、ショック療法で上手い具合に改善のきっかけが掴めるかなって思っていたけれど、難しいな……。
これからどうしよう?
折角、神社に初詣に来たのだから、このまま自宅に帰るのももったいないし。
……と思っていて、俺は自分が食べていた甘すぎたお菓子を全部食べ終わり、しばらくベンチに座って考えていた。
しかし、そのしばらくはあっという間に解決する。
そうだ、神頼みしよう!
――その通り!
そもそも、神社に来てお参りするっていう行為は、神様にお願いして自分の思いを伝えることやん!
そうだそうだ、何も無理してショック療法しなくていいやん!
神様にお願いすればいい。神社はそういう場所だった。
そうだそうだ、お願いしよう。そうしよう。
そして、また1人であの道を通って帰りますか……。
でもあの境内の人ごみはな……ちょっと……、
ん?
俺はベンチに座りながら後ろを振り向いた。
そういえば、この神社には末社があったっけ?
稲荷神社、お稲荷さんが――
本殿は人が多かったけれど、この末社には誰もお参りに来ていない。
そりゃそうか、ここは地元の人間でも知っている人はほとんどいない忘れられた社。小さい時にきったきりだ。
行ってみますか――
俺はベンチから立ち上がって稲荷神社、末社へと歩いた。
思った通り誰もいない。しかも薄暗くてまったく初詣を感じさせない空気。
俺には居心地がいい。
しばらく歩いて到着。
ここが稲荷神社――誰もいないけれど、それでも正月だからお供え物が供えられていた。
俺は早速、御賽銭を賽銭箱に入れて、パンパンと柏手を打って二礼二拍一礼して祈った。
何を祈ったか?
人間嫌いが治りますように。違います。
どうか神様、今度俺が生まれ変わったら、人間が一人もいない世界へ生まれ変わらせてください。と祈った。
*
「ねえ~? ねえ~?」
「?」
「ねえ~ってば! そ・こ・の・お兄さん?」
「ん」
俺は辺りを見た……けど誰もいない。
「ねえ~ってば~! こっち、こっち」
「……」
俺は見た。その声が聞こえるところを。
……というよりも見てしまった。
稲荷神社の小さな社の後ろから、あれは女性の手だ。手招きしている。
……手だけが社の後ろから見えていて、その手がゆら~り、ゆら~りと手招きを……。
あ、これ見ちゃいけないやつだ。
「ねえ~? ねえ~? お兄さん。あたし見てたよ。あたし知ってるよ」
手招きしていた手を社の後ろに引っ込めて、今度は意味深な言葉を言ってきた。小声でボソボソと言ってきた。
「…………」
どうしよう?
って言うよりも、こういうのは見ちゃいけないやつ、あれだ、化けて出てきたっていうたぐいのやつ。
ここ稲荷神社だから、多分そういうたぐいの化けて出てくるやつが、要するに出たんだ。
よし、逃げよう。ゆっくりと逃げよう。
俺は何も聞こえなかった、見なかった。
だから、素通りっていう感じでここから消えよう。
「あはは! ねえ~? ねえ~? お兄さん。あたし見てたんだから。あたし知ってるんだから」
小声から少し大声な感じになって、その女性は俺にそう言う。
いやいや、ここで気にしちゃいかんのだ。
これはあれだ、ここで『えっ何が?』って返事をしたら、魂とか何とかが奪われるってことになって、よく真夏の深夜のテレビとかでやってる“ちょ~怖い話、傑作選!”の主人公が声の聞こえる部屋に入って。
どう見てもそれヤバイだろっていう扉を、絶対に明けちゃいけない扉を開けてしまって。
でも、扉の中には誰もいなくて、主人公がホッとため息をついて、安心して後ろを振り返ると……お化けがそこに!
っていうやつ、だから絶対に見ちゃいけないんだ。
俺は社を背にして、自然と自然体にゆっくりと歩こうとした。ら……。
「あはは! あはは! ねえ~? お兄さん。あたし見てたんだから。あたし知ってるんだから」
少し大声な声が、もう少し大きくなって、
「お兄さん……。ねえ? お兄さん……。お兄さん、この神社の賽銭箱に御賽銭を入れようと、ポケットから財布を出そうとした時に1000円札落としたよ。ほら、そこに。ほら!」
「えっ?」
……あ、俺やらかした?
自分で振り返っちゃヤバイだろって思っておいて、俺振り返ってしまった。
でもさ、こういう時誰でも振り返るでしょ!
だって1000円札だよ。絶対に落としちゃダメな金額じゃん。
初詣に電車賃をケチって、途中何度も他人とすれ違って、
「こんにちは!」
「……ああ、こんにちは」
愛想笑いしながら心の中では、こんな挨拶はどうでもいいから、とにかく他人はこっちに来るなって思いながら苦労してお参りして。
そのお参りも案の定神社の境内は他人、他人、他人だらけで、しかも、その他人は普通の他人だらけで。
俺なんで1月1日をわざわざ選んで、お参りしたんだろうって思いながら、そこまでしてお参りして……。
ああそういえば、この神社の外れにある森の中にも稲荷神社があったけな?
せっかくここまで苦労して来たんだから、稲荷神社にもお参りしてから帰りますかって。
……そこまでしてお参りして、で、
「1000円札落としたよ」
って、例えそれが化けて出てきた危ないモンスターで、そのモンスターに例え自分の魂とか心とかを奪われても、そりゃ振り返る。絶対振り返るって!
だから俺は振り返ったんだ。
……でも、でもなかった。
1000円札、なかった。
ない、ない、ない?? あれ? あれれ?
キョロキョロキョロって、まず足元を見て、次に賽銭箱の下と横を見て、その賽銭箱の向こう側を背伸びして見て――
もしかしたら鳥居の上とか、落としたよって言われたのに、なんで俺鳥居の上を見上げてるんだ?
いや、もしかしたらっていう気持ちがあったから。
でもない。ない、ない、本当にない。
……おい俺! 一番重要なことを忘れてないか?
もしかして、今の俺って“ちょ~怖い話、傑作選!”の主人公になってない?
続く
この物語は、フィクションです。
また、『旅友は神頼みの言霊使い』のタイトルを変更したものです。
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