第61話 やるなら殺らねば

「でも、どうやって私たちがそいつを倒せば……。殴れば良いの?」


「グワァ!!」


 私が掴んでいるドレッドダックを怯える目で見ながら苑子さんが聞いてくる。

 康平さんは、その苑子さんの背中越しに更に怯えながら見ている。

 臆病すぎじゃない?こんなのただのアヒルだよ?


「いえ、さすがにお2人がいくら殴っても倒せないです」


「じゃあ、どうやって……」


「鏡花ちゃん、ちょっとこっち来てくれるかな?」


 私は鏡花ちゃんを近くに呼び寄せると、そのちっちゃなお耳に顔を寄せる。


「このアヒルさんをちょっと持ってってくれる?それでね、ごにょごにょ……」


「うん、うん。うん、分かったよー」


 ちゃんと理解出来て偉い。

 私は鏡花ちゃんにドレッドダックを2匹とも預けると――


「まずは苑子さんからいきましょうか?」


 役に立たなさそうな康平さんを後回しにして、苑子さんの背後にまわる。


「じゃあ、これを両手でしっかり掴んでくださいね」


「え?え?」


 私は背中から苑子さんの両手を掴んで、そのままハンマーを握らせる。


「はい、いきますよー」


「え?!どこへー?!」


 そして一気にハンマーを苑子さんの頭の上まで振り上げて――


「鏡花ちゃん!」


「はーい」


 私の合図で鏡花ちゃんが1匹のドレッドダックを私たちの前へと放り投げた。


「きゃあぁぁぁ!!」


 自分に向かってくるドレッドダックに悲鳴を上げて、ジタバタと逃げようとする苑子さん。

 しかし、そんなのは知った事じゃない。


「ほいさ!」


 バタバタと羽を羽ばたかせながら飛んでくるドレッドダック目掛けてハンマーをドーン!だ。


「グエェェェ!!」

「いやあぁぁぁ!!」


 ドレッドダックの断末魔と、苑子さんの断末――悲鳴が重なる。

 あんまり騒がれると、まるで私が酷い事をしているような感じになるので止めて欲しい。


 飛び散ったドレッドダックは、その一片の肉片も残さずに地中へと吸収されていく。

 はい、お終い。


「はい。これが苑子さんの探索者カードですよ」


 私は足下に落ちていた黒いカードを拾い上げて手渡す。

 苑子さんは全身をガクガクとさせながら放心したような虚ろな目でそれを受け取った。

 見た目は面白いけど……大丈夫そ?


「探索者……カード……」


「ええ、ダンジョンで1匹でも魔物を倒すとそれが貰えるんですよ。まあ、今回はあまり関係ないんで、それについてはここから出てから自分で調べてくれると助かります」


 今回はレベルアップが目的なので、カードはあくまでもおまけだからね。

 これで少しは体力も上がったんじゃないかな?


「どうです?体の感じは何か変わってませんか?」


「……え?」


 苑子さんは手のひらをにぎにぎさせたり、その場で軽く飛んでみたりして確認している。


「えっと……体が軽い?いや、何だか今までに感じたことがないくらいの力が溢れてくる感覚がするわ」


 よし、無事にパワーアップしたみたいだね。


「さすがにこの辺の魔物と戦うのは無理ですけど、これで今までよりは楽に移動できるはずですよ」


「うん……そうね。さっきまでの疲れが嘘みたいに楽になったわ。気疲れもあったけど……」


 私は後半部分を軽く聞き流し、康平さんの襟首をがっしりと掴む。


「どこに行くつもりですか?」


 こっそりとどこかへ行こうとしていた康平さん確保。


「い、いや、えっと……ト、トイレ!そう!トイレに行こうか――」


「すぐに終わりますから後にしてください」


「漏れそうなんだよ!」


「漏らしても、離れて歩いてくれるなら構いませんよ?」


「鬼か!?」


「あれ?ここにもドレッドダックが?」


――きゅっ。


「グワァ!!」


「り、鈴ちゃん!康平が白目剥いて、顔色が青紫色になってる!」


「ちょうど良いんでこのままやっちゃいましょう」


 意識があるとうるさいし面倒だからね。


「え?このままって……」


 ぐったりしている康平さんの手にハンマーを握らせて、その背中に……抱きつくの嫌だな。

 前側から両手を掴んで康平さんごと持ち上げると、ハンマーからだらんと垂れ下がる康平さんの身体。

 うん。これなら大丈夫だね。


「鏡花ちゃんお願い」


「はーい」


「え?!そのまま?!」


「あ――」


 鏡花ちゃんが投げようとした瞬間、ドレッドダックが暴れたことで方向がズレた。

 真っすぐに飛んでくるはずのドレッドダックは、懸命に羽をバタつかせて上へと向かっていく。どうやら私たちを飛び越えて逃げるつもりみたい。


「あまーい!!」


 その程度で私から逃げ出せると思うなよ。

 ハンマーを振り上げながらドレッドダック目掛けて跳び上がり、一気にその身体目掛けて振り下ろす。


「グエェェ!!」


 悲鳴と共に地面に叩きつけられて四散するドレッドダック。

 そしてハンマーに対して海老ぞりになっている康平さんと一緒に着地する。

 ……すっかり忘れてた。


「えっと、これ、康平さんの分の探索者カードです」


 私はさっきと同じように落ちていたカードを康平さんに渡す。


「鈴ちゃん……そこ、康平の口だよ……」


 だって全然反応してくれないんだから仕方ないじゃないですか。



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