第52話 ほんの一時の休息
開園と同時に多くの人で賑わうネズニーランド。
日曜日だから余計に多いんだろうけど……多すぎない?
夏休みが終わってすぐだというのに、家族連れやカップルの多いこと多いこと……ちっ。
「はい!りんおねえちゃんはこれ!」
入ってすぐのところにあった売店。
ここに来てみんなが最初に立ち寄る場所と言っても過言ではないと思う。
そこで鏡花ちゃんが私に渡してきた物は、カチューシャの上に動物の耳の付いている例のやつ。
鏡花ちゃんはクマッキーのピンク色のネズミの耳が付いたカチューシャをすでに頭に装着している。
そして私が渡されたのは「グロッキー」という犬のキャラクターのたれ耳の付いているやつだった。
「え……これ?」
「うん!りんおねえちゃんにはグロッキー!」
いや、どうせなら私はプー太郎の丸い耳の付いたやつの方が……。
「ね!ね!」
くっ!おめかししているから、今日の笑顔の破壊力は普段の数倍の威力がある!!
「……どう?似合うかな?」
「うん!すっごく可愛い!」
じゃあ良かった。
目のところまで垂れてくる耳で前がよく見えないけど。
「鈴ちゃん可愛いよ!」
阿須奈までそういうなら本当に似合ってるのかな?
でもあなたは白薔薇姫のティアラなんだね。
神々しくて敬語で話しかけそうになるよ。
「30分待ちか……。どうする?並ぶ?」
最初に向かったアトラクションは、ネズニーランドで1番人気と言われている「パイレーツ・オブ・スプラッシュフォールコースター」。
二人乗りの小型のジェットコースターで、高さ10メートルから水の溜まっている池に落下し、そのままローリング状に旋回しながら洞窟内に作られている海賊のアジトを見ていくというものだ。
果たして回転しながら薄暗い洞窟内でちゃんと見れるものなのか?そんな好奇心から人気になっているらしい。
濡れた服も回ってる途中で乾くらしい。
ドラム式かな?
「30分待ちだったらまだ短い方だと思うわよ。昼近くになったら何時間も待つみたいだから」
小鳥遊母がスマホで情報収集しながら教えてくれた。
「私は髪が濡れるの嫌だから4人で行ってきなさいよ。その間、さっきの売店で時間潰してるわ」
「じゃあ並ぶかい?」
「うん!私はりんおねえちゃんと乗る!」
そう言って私の腕に抱き着いてくる鏡花ちゃん。
よしよし、一緒に乗ろうねえ。
私が頭を撫でると、カチューシャのネズミ耳がぴょこぴょこと動いた。
……見なかったことにしよう。
徐々に私たちの順番が近づいてくると、先に出発した人たちの悲鳴が遠くから聞こえてくる。
どうなんだろ?怖いのかな?
何か今更絶叫マシンとか怖く感じないんじゃないかって思ってる。
今の私はダンジョンの中だったらジェットコースターよりも速く動けるし、壁や天井を蹴って魔物と戦ってるんだから、それの方がよっぽどスリルあると思うんだけど。
でも、隣でわくわくした顔でうずうず身体を揺らしてドキドキしながら楽しみにしている鏡花ちゃんの前でそんなことは口が裂けても言えない。
ようやく私と鏡花ちゃんの順番がやってきた。
9月も初旬。まだまだ夏の暑さが残る中で並んでいた為、私は額にしっとりと汗をかいていた。
みんなこんな暑い中よく並んでるもんだ……。
「はい、次の方はここまで進んでください」
スタッフの人が笑顔で私たちを誘導する。
柵のところまで進むと、すぐに小型のコースターが走って来て、私たちの前でぴたりと止まった。
大体30秒に1台くらいのペースかな?
「はい、足元に注意してお乗りください。着席しましたら腰のベルトをしっかりと止めて、上のバーをカチッと音がするまで下ろしてください」
私が先に乗って、鏡花ちゃんの手を引いて隣に座らせる。
腰のベルトをカチッと、上のバーをカチッと。
……あれ?鏡花ちゃん、小さすぎて肩のところがスカスカなんだけど大丈夫これ?
「はい、高さ調節しますね」
スタッフの人がそう言うと、鏡花ちゃんの安全バー全体がウイーンと音を立てて下がってきて、ちょうど肩の高さで止まった。
ジェットコースターなのに身長制限が無いんだと思っていたら、成程こういうことか。
「いってきまーす!」
次に並んでいた阿須奈とお父さんに向かって無邪気に手を振る鏡花ちゃん。
そして、がたっ揺れたかと思うと、コースターはゆっくりと進みだした。
あ、この感じやっぱり緊張するわ。
動き出すとすぐに天井が無くなり外に出る。そしてそのまま左右に壁も何もないところを進んでいく。
目の前に見えるのは、ほぼ垂直になっているレーン。
前のコースターがその壁のようなところをゆっくりと登っていっているのが見える。
うん。怖いね。あれは怖いわ。
考えてみたら外での私は普通の女子高生なんだから、何かあった時にダンジョンの中みたいに動けないもんね。
この椅子に磔にされたまま崖を登って池に落とされてぐるんぐるんに回転させられるのとか、どう考えてもただの拷問じゃん。
何で私こんなもんに乗ってんの?
「りんおねえちゃん!楽しいね!」
「うん!そうだねえ!」
この笑顔の為じゃないか。何を言っているんだ私は!
さあ、どんな拷問でもウェルカム!カモーン!!
そんな馬鹿なことを思った自分を呪ったのは、これからすぐのことだった……。
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