第7話 過去



 元は宿屋だったであろう複数の部屋がある木造のボロ屋に案内された。

 そのうちのひと部屋が私に当てがわれたが、ずっと使われていない部屋のようで、埃っぽい。


 寝れるようにだけ整えていると、カシラに下の階にある広い食堂に呼ばれた。


 机上には様々な飲み物や、お菓子が並べてある。


 カシラの座った机の向かい以外のテーブルには、この組織のメンバーたちであろう男たちが陣取っている為、私はカシラと向き合って座ることになった。


 不躾な視線が肌を刺すが、攻撃的なものではない。私のような少女がこの場にいるのは物珍しいのだろう。


 誰も彼もが身体だけでなく顔にも傷があるような人相の悪い男たちばかりだ。

 その中ではカシラは優男に見えなくもない。にやけ面のおかげだろうか。


「オレたちは何でも屋だ。貴族や商人、金を持ってる奴らから依頼を受けりゃ、何でもやる。雑用から情報収集、盗み、殺し…。アリス、お前は殺しの才能がある」


「はぁ」


 コップに注がれたオレンジジュースをストローでズーズーと吸う。数年ぶりに口にするジュースは甘酸っぱくて美味しい。


 カシラの話そっちのけで味わっていると、ちゃんと聞けと怒られた。

 虐げられない生活ができるなら、他はどうでもいい。


「お金がもらえるなら何でもしますよ」


「そりゃ良い心掛けだな。殺しの依頼が数件来てんだ。お前のお手並み、見せてもらおうか」


 ゴトリと目の前に置かれたのは装弾5発のリボルバー。


 どんな人間から依頼を受け、どんな人間を殺すのか、私はいっさい聞かなかった。興味もない。

 ただ指定された人物の眉間に、なんの感情も抱かないまま、硝煙の揺れる穴をあけていく日々。


 うるさい断末魔を聞きたくなくて、毎回1発で終わらせていたら、凄腕の殺し屋だと、裏の世界で一躍有名人になったようだ。


 そのおかげか衣食住に困ることはなく、暴力を振るわれることもない。

 天職だ。そう思っていた。


「アリス、指名の依頼が来たぜ」


 いつもより腑抜けたニヤケ顔で、後ろの依頼者であろう小太りの中年商人を親指で指すカシラに、私は小首を傾げた。


 今まで私が直接依頼主に会うことはなかったのに、なぜ。


 商人は私の姿を視認すると、カシラを押しのけ、鼻息荒く間近に迫って、両手を握ってきた。

 汗ばんでいて気持ちが悪い。


「ああ、間近で見れば見るほど可愛らしく愛らしい。君をひと晩、言い値で買おう」


 ひと晩?


「ええっと…仕事内容はなんでしょう」


 共に夜を過ごしてほしいとだけ言われ、次の日の夜に、商人が指定してきた宿へ向かった。

 簡素なベッドがあるだけの狭い一部屋。


 こんな所であんなオジサンとひと晩過ごすのか…。

 何をするのかは知らないけど、お金はもらってしまったし、仕方ない。


「さあ、ベッドに座って」


 私の肩をやたらと撫で回しながら、ベッドへと押しやるように座らせてくる依頼主である商人は、合流してからずっと鼻息が荒い。


 座って早々、馬乗りになって私を押し倒すと、商人の呼吸はハアハアと乱れ、生暖かい息があたって、ひたすらに不快だ。


 なるほど、これは──


「私は娼婦ではないので、どうすれば良いのか知らないのですが」


 間近に顔を寄せ、私の頬を両手でサワサワと撫で回してくる男を真っ直ぐに見ていると、彼の口角が三日月のように歪んだ。


「それが良いんだ。何も知らない君のような子と楽しみたいんだよ」


 どうやら、より興奮させてしまったようだ。

 商人は顔を赤くして私の身体のラインを撫で下ろしていく。


「では、寝てるだけでいいですか?」


 動きを確認しようと少し上半身を上げていたが、枕へ頭を預けると、商人は満足したように大きくうなづいた。


「ああ、君はそのままでいい」


 黒いワンピースの胸元のリボンを解かれ、急ぐようにショーツを奪われる。


 痛みがないのなら、仕事だし、何されよういい。彼の好きさせていれば、すぐ終わるだろう。


 私は気づかれないように小さくため息をついた。


 何が楽しいのか、ひたすらに脚の間に触れてくる商人に、不快感しかない。

 これなら、殺しをやっている方が断然楽だ。


 早く終わってほしさに、太腿の間に頭を突っ込んでいた男の身体を上に引き寄せ、早くしてと囁いてみた。


 私の言葉と行動が刺激したのか、理性を失った小太りの中年は、私の脚を大きく開かせ、中心へ押し入ってきた。


「──っ!? いっ」


 痛い!? 何これ。いたいいたい!!


 逃げようと蹴りを繰り出すが、全体重で抑え込まれ、布団へ沈められる。


 暴力とは違う、狹いところを無理矢理押し広げられる知らない痛みに、脳の奥がブチリと切れる音がした。


 痛いのは嫌い! くそ、ふざけるな!!


 目の前にある太い首に指を食い込ませると、男の力が僅かに抜けた。

 気づいた時には、サイドテーブルの上にあったライトを、力任せに商人の頭へと振り下ろしていた。


 殴ったのは、一度だけだったと思うけど…動かなくなっている。

 無意識に何度も打ちつけてしまったのかもしれない。


 ライトが床へ滑り落ち、大きな音を立てた。


 サイドテーブルにあった塵紙で、血の散った手を軽く拭き、汗で首元に張り付いた髪を払う。

 ベッドの側に落とされていたショーツとリボンを拾い、身なりを整えると、扉がノックされた。


「おいおい、やっちまったのかよ」


 返事も待たずに入って来た男は、私の姿を視認してすぐに扉を閉めた。


「いたんですか、カシラ。──コイツ、気持ち悪いだけならまだしも、痛いことしたんです」


 初めから様子を伺っていたのか、うつ伏せで事切れている商人を、呆れた様子でひっくり返した。


「ちゃんと出来るのか心配して見に来てやったんだが…まさか殺すとはなぁ」


 思わず殺してしまったけど、やりすぎたかもしれない。

 気まずさに、死体をつつくカシラから視線を外す。


「…こういう仕事は向いてないみたいです。二度と受けないでください」


 良いシノギになるかも思ったんだけどなぁと、ぼやいているカシラをジトっと睨みつけていると、彼は肩をすくめた。


「わかったよ。お前は殺しだけでも十分すぎるほど稼いでくるしな。早速、貴族様から暗殺依頼来てるし、やるか?」


 人使いが荒い。だけど、男に触れられた気持ち悪さを発散するにはちょうど良いかもしれない。


「次は誰を殺せばいいんですか?」


「ミハエル・バイパー男爵」



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